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第46話

 差し出されたパンを持ったハーフリングの少女は、目を丸くした。


「柔らかい……」


「ん?」


「なにこれ、こんな柔かいパンがあるわけないじゃん!」


「じゃあ、これは何なの」


「それはパンみたいでパンじゃない……パンもどきみたいな……」


 俺は思わず吹き出してしまった。


「パンもどき!」


 しばらく笑いの発作が収まらなくて困った。


 少女が気を悪くしているのは分かるんだけど、パンもどきがツボって笑いが止められん。パンもどき!


 ひー、ひー、と腹筋が痛くなって、やっと笑いを収めると、俺は涙を拭って言った。


「焼き立てのパンはこんなもんだよ」


「う、嘘よっ」


「まあとにかく食べてごらんよ。パンもどき」


 コトラとブランにも促され、少女は恐る恐るパンに噛みついた。


  ふかっ。


「……おいしい」


「おいしい?」


「なにこれ、このパンもどき、何なのよっ」


 何よ、何なのよ、と繰り返しながら少女はパンを食べる。


「水もあるけど、飲む?」


「この味を消したくない」


「この水なら大丈夫だ」


 ヤガリが保証付きで渡した水袋を口に含んで。


「……何これ、何これ、真似水?」


 真似水!


 ヤバい、またツボった。


「……何がそんなにおかしいのよ!」


 あ、いけない、怒らせた。


 俺は慌てて頭を下げて詫びる。


「何でこんな美味しいもの持って歩いてんの? あんたたち商人? でも商人なら普通街道通らないよね? なんで? あんたらなんでこんなとこにいんの?」


 急に食いついてきたなこの子。


「アムリア国を目指してるんだ」


「アムリアぁ?」


 少女は目を丸くした。


「何で? なんであんな滅んだ国行くの? てかアムリアは滅んだって知らないの? もう王族も貴族も逃げ出してボロボロの国に行って何すんの?」


「人はいるんだろ?」


「そりゃあいるよ。元々人がたっくさんいたところだって言うからね。でも、金ってヤツに意味がなくなったから、食糧も資源もない。もう動けない人間しかいない場所だよ、あそこは」


「そう言うところに行くために旅をしてるんだ」


「物好きの極みじゃない? 人がボロボロのとこ行って何楽しいの? ボロボロの人がいるのを見るのが楽しいの?」


「そーいう特殊な性癖はない」


「じゃあなんで? なんでアムリアに行くの?」


「北や西の方に、復興している場所があるんでね。そこで働いてくれる人がいないか探しに来たんだ」


「なんだ奴隷商人か」


「ちっがーう」


 まさか奴隷商人と間違われるたぁ思わなんだ。


「違うの? そこのお姉さんなんか食糧と引き換えにしても欲しいってジジイはいるのに? パンもどきや真似水を持っている取り引き先があって、それと引き換えに売ってるんじゃないの?」


「だから売ってないって。サーラのこと言ってるんだろうけど、言っておくけどサーラを捕まえようと思ったら大火傷確実だからな」


「確かに色っぽいお姉さんだけどさあ、大ヤケドって言い過ぎじゃない?」


「いや物理的に」


「物理的?」


 サーラは楽しそうに笑う。いや事実言ってるだけなんだけど。


「ていうか北や西で復興してるって、一体どこのこと?」


「森エルフの大樹海とか、ドワーフの無窮山脈とか、ヒューマンのビガスとか」


「え? マジ? 何それ正気? 大樹海に無窮山脈が復興したって聞いたことないんですけど?」


「本当だよ。俺たちそっちから来たんだから」


「じゃあこのパンもどきってビガスで作られたもの?」


「一応」


 ビガスで【再生】したパンだからビガス産で間違いはない。


「マジ? 北とか西とか行ったらこんな美味いもん食べれて飲めてそんなキレイな服着れるってわけ?」


「ああ」


「うわマジか。マジなのか」


 そして俺たちに視線を走らせる。


「そうだよねえ、エルフとドワーフとヒューマンに、おまけにプラスしてロバや猫が一緒に、美味しいものもって旅してるなんて、そんな異常事態でもない限り無理だよねえ」


 異常事態……いや異常事態だけど……復興も異常事態っちゃあ異常事態だなあ……。


「でもでも、あたしら働くような場所じゃないしなあ」


「働けないの?」


 う~んと少女は天を仰いだ。


「あんた、ハーフリングに会ったことないの?」


「うん。これが初めて」


「ふーん?」


 少女は疑い深げに俺を見ていたが、軽く肩を竦めて息を吐いた。


「一飯の恩義があるから答えたげる。あたしらハーフリングは見ての通り、小さい。ドワーフみたいな筋力がない。エルフみたいな魔法がない。ヒューマンの万能さもない。そんな連中と一緒に働けるわけないっしょ。畑や森、鉱山なんかで働くことができないから、あたしらは草原で生きるしかないの。あたしのばあさんはアムリアにいて鍵師をしていて、あたしの父さんから鍵師の技も教わったけど、今の世の中、鍵師が生きてける場所なんてない。分かる? あたしらは草原で生きるっきゃないんだよ。例えその草原が腐り落ちたとしてもね」


「そうかあ」


「その草原にはまだハーフリングがいるのか?」


 レーヴェの言葉に、少女は首を竦めた。


「いるけどガンガン減少中だよ。草原の果物もほとんどなくなってるし、住める丘もイカレてきてるし」


「だよ、なあ」


「だから何家族とかは生きてける草原を探しに旅だってったけど、それっきり。残ってる一族は草原と心中するつもりだよ」


「……そっか」


「おまえはどうしたいんだ?」


「あたし?」


 ヤガリに聞かれて、少女は自分を指さした。


「そう、おまえはどうしたいんだ」


 ヤガリにもう一度聞かれて、少女は首を傾げる。


「草原を出てもいいかなあ、とは思ってるんだけどね、他の人間におこぼれもらって生きてくのもあれだし、どこ行っても生き延びられないならーって」


「でも、その草原は、さぞ綺麗だったのだろうな」


 レーヴェが無念そうに呟いた。


「あたしは見てないけどね。あたしのばあさんの代で草原は壊れちまったってるから。だけど、古いハーフリングはみんな言うよ、この草原が世界でいちばんきれいだったって」

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