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第45話

 サーラの言った通り、泥魔獣はトーチに掲げた火に怯んでいた。


 泥で出来た魔獣ではなく、ある魔獣の肉体が腐り果てて泥に変質したらしく、切っても突いてもダメージは受けなかったが、ヤガリの、恐らく心臓の辺りを狙った戦斧の一撃で砕け散り、動きを止めた。


 それでもサーラの言う通り、落ちた泥を全てトーチの火で蒸発させ、魔獣退治は終わった。


「はーっ、焦った……」


 剣がぬぷりと肉体で受け止められた時はどうなるかと思った。


 叩き斬る戦法が得意なヤガリがいなかったら、俺か、あるいは炎の守護獣であるサーラが魔法を使うしかなかっただろう。


 だけど、サーラは微笑む。


「あんな低級の魔獣ごときに魔法を使うなど魔力の無駄遣い。そうは思わないか?」


 ……まあ、な。


 たかだかトーチの火に怯む程度の魔獣に、生神や守護獣の魔法は強すぎる。もう一本トーチがあればあっちが逃げていった可能性だってあるんだし。


「はあっ、はあっ、はあっ……」


 サーラの腕の中で、まだ小さい少女は息を荒げていた。


「泥魔獣は、倒した。まだ他にいるかい?」


 少女が俺を見る。まん丸の瞳にいっぱい恐怖を溜めこんで、サーラの腕からも逃れようとしている。


 ……そうか。逃げてきたんだな。


 擦り傷やひっかき傷がたくさんついた、むき出しの腕や足の細さが痛々しい。


 俺は力のない太陽を見上げた。


「そろそろ昼にしようか」


「いいのか? 襲われた所で」


「街道だったら何処ででも結果はあまり変わらないと思う」


「確かに」


「ハーフリングの少女」


 サーラは両手で小さな少女を自分の目の高さまで持ち上げて言った。


「お前が我々を信用できないのも無理はない。この世界、味方など何処にもいないと思って逃げて生きてきた人間ならばなおのことな。だが、今一度、一度でいい、人間を信じてみる気にならないか?」


「そ、そんな顔して、騙そうったって、無駄なんだから!」


「そうか。ならば仕方ない」


 サーラはさっさと少女を下ろした。


「これから我々は昼食にしようと思っているのだが、その昼食にも付き合えない程信頼されていないのであれば、これ以上親切心を起こしても仕方あるまい。どこに安全な場所があるかは知らぬが、そこまで久遠に逃げていくが良い」


 少女は目を丸くしたり点にしたり。


 たたたたっと走っていって、木陰からこちらを伺っている。


 よっぽど壮絶な人生歩んできたんだろうなあ……。


 ていうかサーラ、人間に紛れろって言ってたわりには人間離れ感半端ない。


 とりあえず、昼の準備をしよう。


 ヤガリが枯れた森の中に入っていって適当な木の枝を集めてきて、レーヴェが魔法……レーヴェはまじないとか言ってるけど……で場所を安全に守る聖魔法、聖域サンクチュアリで場所を守る。サーラとコトラが地面に落ちているものを片付け、ブランに下げていた毛布を下ろして丸めて座る場所を作った。


「しゅう」


「ブラン、ここらの土は聖域になったから食べても大丈夫だぞ」


「しゅう!」


 薪を持って戻ってきたヤガリに言われ、ブランは黙々と土を食べ始め、俺たちはトーチから移した火で起こした焚火の周りに輪になって、干し肉と魚の燻製をあぶり始めた。


 肉と魚の焼ける香りが辺りに漂い始める。


 パチン、パチンと爆ぜる薪の音。


「最初の頃はこれだけ臭いと音を出していたら魔獣とかが来るとか思ってたんだけどな」


「魔獣は余程飢えていない限り勝ち目のない敵にはかかってこない」


 サーラはパンをちぎりながら平然と言う。

「魔物は、魔獣が勝てないと思う相手には挑まない方がいいということを知っている」


「つまり、俺たちにかかってくる魔獣や魔物は滅多にないってことか?」


「ああ。知性が高く、出し抜けると考える魔物や、自分が強いと思っている魔獣なんかだと襲ってくるな」


「ふーん」


 そこに突き刺さる視線。


 木陰に隠れたままの少女が、視線を送ってくるのは、パンと干し肉、燻製魚。


 相当がりがりだったしなあ……。


「シンゴ、頼んでこない相手まで救おうとするのはお節介だ」


「サーラ」


「彼女はきちんと働く思考を持った人間だ。助けてほしい時は助けてくれと言えるはず。理由があって助けを求めない人間まで無理やり助けようとしていたら手が何本あっても足りんぞ」


「あー……うん」


 子供みたいに見えたけど、ハーフリングって何だろう。


 俺は目を閉じ、俺の肉体のどこかに封じられているM端末に意識を飛ばした。


【ハーフリング:ヒューマンの半分くらいの身長である小人族。草原の丘を住居にして、一人あるいは家族単位で暮らしている。相当高齢になっても幼い顔立ちをしている。身が軽く素早く手先が器用で、動物や昆虫の意図を感じ取ることができる。他人種間で生きる時は手先を器用さを活かした仕事をしている】


 ふーん。そう言う種族なのか。


 でもこの辺り、丘ってあったっけ。


 頭の中で今度はマップを広げる。


 ああ、この街道の近くに元草原があったんだ。


 ハーフリングも困ってるんだろうけど……。


 確かに、彼女はこっちのことを疑っている。こんな時に街道を歩いている人間なんて、絶対まともな人間じゃないからな。でも、泥魔獣から助けた礼くらいしろよなとも思い、それはおじさんの教えじゃないと心の中で首を振る。


 俺たちが食べているのを、少女はじっと見ている。


 と、突然コトラが俺の持っていた燻製魚をひったくった。


「あっ、コトラ」


 たたたたっと走っていって、ハーフリングの少女の所に行く。


「ぅな」


「……え?」


 少女も、俺たちも、驚いた。


「ぅなーお」


 少女の足元に置いて、長く一声、鳴く。


「しゅう」


 のそのそとブランも歩いて行って、キレイな尾っぽを左右に振る。


「く、くれるの?」


「ぅな」


「だけど、お前らの御主人が許すわけないじゃん……この世界でそんなことしたら、あんたら次の干し肉にされるよ?」


「ぅーな」


「しゅーう」


 最初は呆れたように見ていたサーラは、クスリと笑った。


「獣の贈り物なら、否とは言えまいな」


「ブランがいいと言うならおれは別に構わない」


「私も構わん。元々困っているわけでなし」


「コトラもいいと言っているしな。我も構わん」


「と言うわけで、好きに食べて、それ」


 言って、俺は干し肉に噛みついた。


「ぅな、ぅなっ」


「しゅう」


 コトラに足を押され、ブランに背中を押されて、恐る恐る少女がやってきた。


 ヤガリが置いてあった毛布を一つ丸めてハーフリングの少女用の場所を作り、ブランとコトラがそこに座らせる。


「……あんたたち、何なの?」


「何だろうね」


 ハーフリングの少女に、そう答えるしかなかった。

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