第43話
「さて、まずどの辺りから行こうか」
神殿にあった古い地図とM端末の自動マッピングを見る。
無窮山脈と言う世界の北の果てのような所まで行ったと思ったけど、まだその北にも何かあるらしく、そこは黒く塗りつぶされている。
まだ世界……中央大陸と呼ばれるらしい……の半分も行ってないので、地図も部分部分しか出ていない。
「やっぱり、人の多そうなところから回るのが一番かな」
「なれば、アムリア国に向かうのがよろしいかと」
シャーナが提案してきた。
「アムリア?」
「西にあったヒューマンの王国です。泉の森エルフや無窮山脈のドワーフとも交易を広げて大勢の人間が暮らしていたと父が言っていました」
「知ってる?」
「ああ」
「もちろん」
レーヴェとヤガリが同時に頷いた。
「木々や薬で大きな取引があった。当時の王はなかなかのやり手で、エルフとドワーフ両方の交易をしながらどちらにも敵対も味方もしなかった。エルフとドワーフが一触即発にならなかったのも王の力あってのことだ」
「おれの生まれる前だからよくは分からないが、いい取引先だったと両親が言っていたのを覚えている。あと、エルフとドワーフが同じ国の中に住んでいるのは奇跡だとも言われていたな」
なるほど、すごい国だったらしい。
「今は?」
「分からん」
レーヴェの答えは相変わらず素っ気ない。
「ドワーフも鉱脈が枯れてからは取引が出来なくなった。だから連絡は取れていない」
「人はたくさん住んでたんだね?」
「ああ。大陸最大の国と呼ばれていた」
「じゃあ、まずはそちらから行こうか」
俺は古い地図を確認した。
原初の神殿の東側に「アムリア」と書かれていて、神殿を挟んでエルフの聖域と無窮山脈とも同じくらいの距離を保っている。つまり、行きやすい国と言うことだ。
「街道とかなんかはあった?」
「昔……五十年くらい前のことになるが、当然取引がある種族や国々との街道は繋がっていた。ただ、今はどうなっているか分からない。魔物や魔獣があちこちに出てきていると聞く。安全とは思えない」
自在雲は神具だ。俺が新たに自在雲を作らない限りその数は増えない。しかも、生神か神子がいないと使えないのであれば、使えるのはこちらの正体をばらしても仕方がない時だけ。
歩いていくしかない。
魔物や魔獣が出ると言うけど……多分、このメンバーなら大丈夫だろう。
「シンゴ様……いえ、シンゴ」
シャーナが皮の袋を取り出した。
「こちらをお持ちください」
受け取ると、何だかやけにずっしりしている。じゃら、と音も聞こえる。
まさか……。
袋を開ける。
予想していた通り、金色や銀色の、人の横顔とこちらの数字が刻印された小さな円盤がたくさん入っていた。
「これ、お金、だよね」
「人としてアムリアに行くには必要でしょう?」
シャーナはにっこり笑顔。
「今の世界で硬貨がどれほど通用するかは分かりません。パンや干し肉の方が有効な場合も多いでしょう。が、ないよりはいいと思います」
「ていうか、大丈夫なの、お金を俺に渡して」
「はい。原初の神殿に送られたお金です。原初の神殿はシンゴのものなのですから、神殿に捧げられたお金ももちろんシンゴのもの。必要なだけお使いください」
そう言う理屈になるわけか。
「分かった。ありがとう」
「ブランは連れて行って大丈夫か」
不安そうに鼻を鳴らしていたブランの顔を撫でて、ヤガリが聞いてきた。
「大丈夫だと思うが」
レーヴェはチラリとブランに視線を走らせる。
「特殊なロバだ、と思わせておいた方がいいだろうな。神が直々に創った神獣だと分かれば、欲しがる者も出る。盗みになる可能性だってある。ブランを盗み出せる者などいないとは思うが、余計な怪我人は増やさない方がいいと思う」
ブランはぶふん、と鼻を鳴らして頷いた。
「確かに。ブランは戦闘力も高い。盗み出せる者がいたら聞いて見たいが、土しか食わず荷も運べて強いとなれば、欲しがる人間もいるか」
「なるほど、ドワーフのために創られた神獣かね」
サーラはじっくりとブランを見ていた。そして頷く。
「しかし、神の力を顕現させたような神威を持つ存在ではない。頑丈なロバで話はつくだろうし、欲しがる者もいるだろうが、命懸けで奪いに来ようとする者はいないな」
「ブラン、大丈夫。でもお前は大人しくしてなきゃいけないぞ」
俺がブランの鼻面を撫でてやると、ブランはふしゅう、と鳴いた。
そこで、シャーナがヤガリを誘って立ち上がった。
「どうしたの?」
「少々お待ちください」
少々待つと、シャーナとヤガリが大荷物……とまでは行かないけど、そこそこの荷物を持って戻ってきた。
「これは?」
「これまでこの神殿に訪れた方々が残して行ったものです」
トーチ、ランタン、ほくち箱、背負い袋、水袋、毛布、手斧、ナイフ、と言った旅道具だ。
残して行ったわりにはきれいだな、と思って、そう言えばこの神殿丸ごと【再生】したんだった、と思い直す。
「これも神殿への捧げ物?」
「いや、違うな」
サーラが口を挟んできた。
「これはここに辿り着いて生涯を終えた者たちのものだ。そうだな、リザー?」
「はい。長い旅を続け、ここでお亡くなりになった方々のものです」
「怒られないかな」
「怒られませんとも。この神殿で忘れ去られるよりはシンゴのお役に立った方が、元の持ち主の方々も喜ぶでしょう」
重い道具をブランに背負わせて。
俺、レーヴェ、ヤガリ、サーラ、そしてコトラとブランで、アムリア王国に行く準備ができた。
シャーナが子供たちと一緒に手を振る。
「安全をお祈りしています」
「おにーちゃんもおねーちゃんも、きをつけてね」
「いいこにしてるから!」
「ああ」
俺は笑うと、東に延びる街道跡を辿って歩き出した。
これから、本当の世界再生が始まる。




