第36話
無窮山脈に行くと、そこでは声が飛び交っていた。
「銀鉱石はまだ続いていそうか?」
「そろそろ限界かな」
「生神様に頼まなきゃあ……」
「俺が何?」
声をかけると、ドワーフたちが目を見開いてこちらを見て、そして深々と腰を折った。
「これは、生神様!」
「ちょうどいい所に!」
「困ったことでも?」
「はい、こっちへ」
ドワーフたちは聖域から居住区に出て、そこから続く坑道へと案内した。
「アシヌスはどう?」
「素晴らしい生き物だ! 可愛く強く逞しい! もう全員朝に夕にブラッシングして撫でて……」
うん、ドワーフは思った以上にモフモフが好きらしい。
「荷も運んでくれるしコボルトやラスト・モンスターが襲い掛かって来ても撃退の手伝いをしてくれる、本当に賢く素晴らしい」
「うん、そこまで言ってくれれば俺も創った甲斐があるけど」
そこで、思い出して、俺は言った。
「悪い、ドワーフのために創ったアシヌスだけど、原初の神殿で守っているヒューマンの子供たちの護衛に、もっと小型のアシヌスを創った。……やっぱりアシヌス、小型でも許せない?」
「許せない? まさか」
鉱山長が首を横にぶんぶんと振った。
「子供を守る為だろう? ヒューマンであっても子供には友達が必要だ。これから生神様が世界の再生を続けていくのに、幼子を敵から守らなければならない時もある。その為にアシヌスが選ばれたのであれば、俺達は怒りやしない。むしろアシヌスについて語り合える相手がいることが嬉しい」
……予想以上にアシヌス大人気だな。
俺と鉱山長とそのアシヌスが先頭を行き、その足元でコトラが進む。数人のドワーフとアシヌスが並び、一番最後尾にレーヴェとヤガリくんとブランが歩いていく。
「これが分かるか」
言われなくても分かった。
それまでキレイな断層を見せていた壁が、その先からはボロボロのグズグズなのだ。
「あー……前の【再生】で届かなかったかー……」
「ああ。大体円を描くように鉱脈が途切れてる」
「掘りつくしちまったのか?」
ドワーフも随分人数が減っているはずなのに。
「いや、アシヌスが元気で立派に働いてくれるから、採掘が進んで」
そこまで進むもんか? いや、癒しが傍にいると仕事が捗るのは確かだけど。
「生神様がもう少し来なかったら、溶鉱炉の方に主力を移そうと言う話になっていたが」
ああ、鉱石掘り出すだけじゃ意味ないもんな。
「この先が続くと、神聖銀鉱脈に通じるはずなんだ」
「神聖銀?」
「ドワーフの一流の職人しか細工できない、神の金属だ。もっとも、そんなものでもラスト・モンスターは食ってしまうので困ってたんだが、アシヌスがいる今ならあいつらは敵じゃない」
確かにあいつら、戦闘力は皆無だったしな。
「神聖銀の武器が行き渡れば、生神様の言う敵対勢力との戦いが有利になる。だから掘りたいんだが」
「OK。今度はここを中心に【再生】する」
M端末を取り出す。
「【再生】……Y!」
タップすると、グズグズだった壁面が、綺麗な断層のある壁になった。
「おおおお!」
「すごい!」
ドワーフ大喜び。しゅうしゅう聞こえると思ったらアシヌスも大喜び。
「あとは、溶鉱炉を少し直してもらえれば」
「溶鉱炉?」
学校で習った反射溶鉱炉を思い出す。
「ああ。古の時代に鍛冶の神が与えて下さった神鉱炉なんだが。神の力が失われて、普通の溶鉱炉しか使えないんだ。神聖銀を作るには神鉱炉が必要で」
「よし、案内してくれ」
「我々はアシヌスに乗るが、生神様は」
「ヤガリくんはブランに乗るよな」
「ああ。……シンゴはどうする?」
俺は何もない所から自在雲を引っ張り出した。
「レーヴェ、コトラ、乗って」
「ああ」
「ぅなっ」
アシヌスたちがドワーフたちを乗せてぽっくりぽっくり歩き、俺たちは自在雲で
ゆっくりゆっくり進む。
「あの、済まない、シンゴ様」
「?」
急にレーヴェに謝られ、俺は首を傾げた。
「泉での、長老の対応のことだ」
ああ。なんかヒューマンも差別するようなこと言ってたな。
「エルフは古の時代、一番最初に生み出された人間と言われている」
ピリッと、空気が凍った。
ドワーフたちだ。
「済まない、ドワーフの諸君には不愉快かもしれないが、生神様と、ヒューマンと、ドワーフに謝罪したいんだ」
「謝罪?」
ドワーフたちが胡散臭そうに言う。
「そうだ、長老発言の謝罪だ」
確かに言ってたな。神草はエルフが神から下賜されたもので、俺が創ったような束縛蔦のようなヒューマンに渡されたような植物と一緒にするなとか。
「異世界から来たという生神様は知らないだろうが、創造の時、全能神はエルフを最初に創り、神聖な森を守らせた、と言われている。森から川へ、海へと広がっていったが、エルフがなかなか増えないので、ヒューマンやドワーフ、フェザーマンと言った人間を追加で創った、と言われていて、古いエルフはそれを信じている。神聖な森を預かるために生まれた我々を、海や川へ行った同族や大地を掘り返すドワーフ、平地を耕すヒューマンと一緒にするな、とな」
おーい空気がピリピリ通り越してびっしびし言ってるぞ。
「だが、人間と呼ばれる種族は、同じ全能神に創られ、それぞれの神に守られた者たちで間違いはない。ドワーフは鉱山で鉄や宝石と言った宝を掘り出し、ヒューマンは田畑を耕して皆の食料を整える。森エルフは薬草などで人間を救う。そこに上下などないはずだ。しかし長老はそれを認めない。森エルフが人間の中で最も尊いと信じている。……ヒューマンと、ドワーフを見下す発言を、私が謝る。……済まなかった」
「……あんたは変わったエルフのようだな」
鉱山長が言った。
「そんなことを言う森エルフは初めてだ」
「かも、知れない。だが、私がずっと考えて辿り着いた結論を、皆に知ってもらって、そして……申し訳ないと思っていることも、知ってもらいたかった。シンゴ様に会わなければ、私もこの結論に辿り着かなかっただろうが」
「気にするな」
ヤガリくんがぼそりと言った。
「オークとの戦いも、ゴブリンとの戦いも、お前はおれに背中を預けた。つまりそれは、森エルフの言うところの『下劣なドワーフ風情』を信用したということだ。おれも、信用できないヤツと戦線を共にはしない」
「! ……済まなかった」
「あんた」
鉱山長の声色が変わった。
「名前は」
「レーヴェ。レーヴェ・オリア」
「ならレーヴェ。俺達だってただの図々しいエルフを無窮山脈に入れたりはしないさ。あんたは生神様の神子で、ヤガリが信用した特別なエルフだ」




