第25話
「村?」
「はい……我々は西のビガスから逃げてきました」
「西のビガス」
シャーナが呟く。
「あの地域なら、まだもつとこの神殿から出て行った人々がいたのに……」
「……はい、ビガスは穀倉地帯でしたから、まだ穀物も動物もいました……あの時までは」
「あの時?」
俺の言葉に、娘を連れた父親が頷いた。
「私はアンガスです。これは娘のイリス。ビガス民長の息子です……」
「……アンガスさん、説明してくれないか? 《《あの時》》って一体?」
アンガスさんは痩せ細った顔を青くして俯いた。
「ビガスは昔から凶作などに備えて、大量の穀物を確保していました。伝説で言う生神様が降臨するまでは何とかもつか、と父と話していました」
「もたなかったのか?」
「理由はいくつかありますが、大きなものは二つ。リザーの神官長が言ったように、穀物がある、と言う噂が流れて、大勢の人間がやって来たこと。そして……」
アンガスさんは娘を抱く手を震わせて、言った。
「キガネズミの大量発生」
「キガネズミ」
シャーナは口を押えて青ざめ、リーヴェは軽く首を振り、ヤガリくんは深いため息をついた。
何か、よっぽどヤバいモンスターっぽいけど。
俺は端末でヘルプした。
【キガネズミ:凶作の時に現れる、敵対勢力に創り出された超小型の魔獣。子供の掌大の大きさしかないが、常に飢え、満腹すると言うことを知らず、飢餓の時に数千と言う群れで現れて確保していた穀物を食い荒らし、異常なスピードで増殖していき、食物がなくなれば最終的に共食いを始めて全滅する】
「無窮山脈のラスト・モンスターに近いのか……いや、食い物を食い荒らす分、ラスト・モンスターより質が悪い」
「キガネズミが現れたのですか」
シャーナが深刻な顔をした。
「では、ビガスは……」
「穀物を食い荒らされ、飢えたネズミは人間さえも食い荒らし始めたのです……!」
「うげ」
俺は自分の顔が青くなるのを感じた。掌大のネズミに食い荒らされる人間って、それキツイわ……。
「父……村長は残った穀物を比較的若い民に渡し、そこから出すことによって、生き残る可能性を少しでも増やす道を選び……数組に分けて、あちこちに向けて旅立たせました……。私たちは原初の神殿で生神様が降臨される可能性に賭けてここに辿り着いて……」
「よく頑張った」
俺はアンガスさんの肩を叩いた。
「あんたたちはここに辿り着けた」
「生神様……!」
アンガスさんは膝をついて頭を下げた。
「まだ、ビガスには、残っている人がいるかも知れないのです……! どうか、キガネズミを滅ぼし、この森のように……!」
「まず、キガネズミをどうにかしないとなあ……」
俺は腕を組んだ。
人間ですら食い荒らすネズミ。ネズミと言えば猫で、コトラなら簡単に倒せるだろうけど、問題はその数。数千もいれば、コトラ一頭では抑えきれまい。レベル差があったとしても数千の暴力は一番強い。
ゴキブリにホウ酸団子みたいに、何か毒カ薬を蒔くのがいいんだろうけど、毒とか薬とか言う属性は俺にはないし……。
満腹を知らない生き物か……。
ふと、思いついたことがあった。
試してみる価値はあるだろう。
「みんな、戻ってきて早速で悪いけど、ビガスに行くことにした。ついてきてくれるか?」
「当然ですわ」
「決まっているだろう」
「聞くまでもない」
「ぅなっ」
「ふしゅう」
三人と二匹が頷いたので、俺は一旦片付けた自在雲を呼び出した。
その前に、と食料倉庫に行く。
相当腹ペコだったんだろう、再生しておいたパンや干し肉はほとんど食い尽くされていた。
「【再生】【増加】」
あっと言う間にパンと干し肉で倉庫は一杯。
適当な数を道中用の食料として持って行こう。
「来る? それともここで待ってる?」
ビガスの民たちは顔を見合わせた。
「キガネズミが出たということは、最早ビガスは助からないと言ってもいいでしょう……生神様が成しえない唯一のことは、人を蘇らせること。村長さんも生きていらっしゃるかどうかわかりません。村が蘇っても、人が蘇ることはないのです……それでも」
シャーナさんは真っ直ぐに彼らを見た。
「それでも、皆様は、ビガスに戻りたいと仰りますか……?」
アンガスさんは真顔で頷いた。
「私は、行きます」
「アンガス!」
他の家族がアンガスさんを止めようとする。
「村長が生き延びているかもわからないんだ……そもそも村は我々が出た時点で終わっていた……居住地だけ蘇っても……」
「それでも、私は、ビガスの次期民長だ……村を守るのが、私の仕事だ……」
「私たちは……」
「分かっている、ここでイリスと一緒に待っていてくれ……ようやくたどり着いた安全な場所から出ろとは言わないよ……」
「お父さん」
「イリスはみんなと一緒にここで待っていてくれ。安全になったら迎えに来るから……」
生神の許しがあれば、神子でなくても神具を使える。
だから、全員自在雲に乗って、アンガスさんの案内の元、俺たちはビガスに向かった。
道途中を【再生】せず、ひたすら雲を急がせる。
可能性は、まだある。
アンガスさんの言うビガスの方面に向かって、導きの球から薄い光の筋が伸びている。
ビガスに誰かが生きていて、困っている証だ。
一人でも生き残っているうちに、急がなきゃ……!
くん、とコトラとブランが鼻を鳴らした。
「どうした、コトラ、ブラン」
「ぐるるるるる……」
「しゅうううう……」
警戒と威嚇。
俺は自在雲のスピードを緩めた。
「きぃ、きぃきぃ」
甲高い鳴き声。
俺は雲を少し上空へ移動させて、端末で思った種を作った。
そして雲から地面を見下ろす。
黄色い大地。
……いや。
大地じゃない。これは、毛皮?
キガネズミ!
うわ、数千って言うだけある。気持ち悪い。物騒で怖い。こんなの中に放り込まれたらコトラも貪り食われてしまう!
「ビガスは……食い尽くされたのか……?」
「いや、まだ生き残りはいそうだ」
導きの球は村の方角に向かって光を伸ばしている。
「多分、食い物と生き物の匂いにつられてここに来たんだろ」
「どうなさるのです、真悟様?」
「直接戦闘も援護戦闘も危険だと思う」
ヤガリくんが慎重な意見を言った。
「うん。だから試してみようと思って」
俺は、【増加】で【創造】した種を増やして、地面に落とした。




