第153話
「ここ……は」
解放されたサーラの混乱する意識が伝わってくる。サーラだけでなく、全員が混乱している。
そりゃそうだろ、最果ての地でいきなり争いに巻き込まれて封じられて、目が覚めたら水墨画の世界だったら誰だって混乱するよ。
「私……は、魔神に……」
「サーラ! レーヴェ! ヤガリ! コトラ! ミクン! アウルム! ブランも! よかった、全員無事だったか!」
「シンゴ?! ここは一体……」
「それは我が説明する! シンゴは魔神に集中しろ!」
ベガの絶叫が耳と頭脳の両方に届いた。
それもそうだ、相手は魔神、力の源を叩き割ったくらいでぶっ倒れる相手じゃない。
俺はすぐに魔神に目を戻す。
魔神の仮面は、善悪を見抜くという第三の目を印すルビーが砕け、その欠片がまるで血しぶきのように散っていた。
「ぐう……う」
魔神は膝をついて、仮面の砕けた額を抑えて震えている。
「馬鹿な……馬鹿なっ」
「皆を封じることで、防御の力が失われていたんだ」
俺はゆっくりと、ゆっくりと間合いを詰める。
「封印なんて真似をしなければ、第三の目が失われることもなかったのに」
魔神が気付いた時には、俺はもう、天剣の間合いに入っていた。
「なあ……おじさん?」
よろけながら立ち上がる魔神に、俺は《《そう》》呼び掛けた。
「なんで、神子を、滅ぼさなかった? 全てを滅ぼす魔神が、生神の神子を」
「……気紛れだ」
「本当に?」
「…………」
聞かなくても、分かってた。
魔神が……おじさんが、神子を殺すのではなく、第三の目が弱体化するリスクを冒してまで封印した理由。
……俺の、仲間だったから。
俺はおじさんの世話になっていた身なので、小学校の時から滅多に友達を家に連れて行くなんてことはしなかった。子供心に迷惑をかけると思っていたから。
でも、俺が風邪を引いて学校を休んだ時、プリントと皆からの「元気出して」レターを持ってきた友達二人に、おじさんは「風邪がうつるから」と俺と会わせなかったけど、お菓子やジュースでもてなしてくれて、「ずっと真悟と友達でいてくれ」と言った。トイレに降りてきて、俺以外の子供の声に気付いて応接間を覗いたのが、その場面だった。二人の手を握って、頭を下げていた。
……小学生相手に、大の大人が。
友達を連れてきてもいいんだぞ――それが、おじさんの口癖だった。
多分、おじさんなりに、家のことばかりして友達と遊びに行かない俺のことを心配してくれてたんだ。
だから、俺の友達に俺を頼むなんて言ったんだ。
……お前の友達は私にとっても友達なのだから、いつでも呼んできなさい。
そんなおじさんだったから――最終的には俺に甘いおじさんだったから、俺が神子にした仲間……友達を、殺さなかったんだ。
俺を殺そうとした人間をそんな風に信じるなんて馬鹿げてる、と言う人もいるだろう。
でも、身内だから、育てられたから、分かることだってある。
エンドでサーラたちに出会った時、魔神の力なら殺すことだってできたんだ。それをしなかったのは、多分、魔神として生神である俺を殺すことになったとしても、俺の大事な友達は守らなければならないと思ったから。
魔神として俺と戦うことになるかもしれない。その結果、俺を殺してしまうこともあるかもしれない。
それでも、俺が手に入れた大事なもの……友達だけは、守らなければならないと。
例え、その結果、俺を殺し、彼らに殺されることになったとしても。
ああ、笑えるな。
笑えるくらいに矛盾してるな。
「全てを破壊する魔神が、生神の神子を守るってどんだけだよ」
「そう言う貴様は、生神の力を使い、死物を苦しめただろう」
「そうだよ」
「全てを救う生神が?」
「俺は、全てを救うなんて言ってない」
ゆっくりと、天剣を構える。
「手の届く範囲、助けられる人を助ける。全ての人間を救えるなんて思い上がってないからね」
だから、魔獣は助けたけど、他の死物は許せなかった。
俺の手の届く、俺が助けたい人たちを傷つけていたから。
魔獣は、助けてくれと言っていたから、そして俺の手が届いたから助けた。
「結局、一人ですべてを救うなんて無理なんだよ。滅ぼすのも」
「なら……何のための生神だ……何のための魔神だ……!」
「貴船さんなら知っているかもね」
「貴船……?」
仮面の下、おじさんの目が丸くなっていることは簡単に想像がついた。
「お前、貴船を知っているのか!」
「知ってるも何も、さっき会ってきた」
そうして、天剣を構える。
「会いたかったら、一度死んでくれるか?」
「冗談を」
おじさんはひび割れた仮面をむしり取って床に叩きつけた。
儚い音がして、仮面が粉々に砕け散る。
額から血が流れ続け、止まることがない。鮮血を帯びたおじさんの顔は、これまでにない程激怒していた。
「お前が……お前が私を殺すことは出来ないのだ……私がお前を殺せても」
「殺さないよ」
俺は笑顔を作った。
「あの世界に戻ってもらうだけさ。その上で決めてくれ。魔神となるか……只人となるか」
「戯言を……!」
「それはこっちのセリフだ!」
下からすくい上げるように振り上げられた大剣を、水鏡の盾で受け流し、俺は、血を流し続ける額を貫いた。
そうして、決着はついたのだ。




