第15話
「鉱脈を再生できるのか?」
「してみよう」
俺はM端末を操作した。
【周辺半径20kmの空間を再生します。よろしいですか?】
「Y!」
タップすると同時に、光が四方八方に飛び散った。
信仰心が増えたことで、【再生】範囲が広まったんだな。めでたい。
とか思っている間にも、光は岩に吸い込まれて消える。
「これで、【再生】できたはずだけど」
「お、おい! あれを見ろ!」
ドワーフの一人が太く短い指を、坑道に向けて指した。
「あそこで光っているのは、もう枯れた銀脈じゃないか?!」
「ち、ちょっと待て。鋼鉱脈のほうにも……」
「金脈も見える!」
「鉱脈再生できたみたいだな」
「すごい……!」
ヤガリくんは呆然としていたが、振り向き、膝をついた。
「ありがとう、神よ。全ての鉱物が採れる無窮山脈から土くれしか採れなくなって久しい。それを再生することができるとは思わなかった。君はまさしく生神だ」
「半径20キロだから、まだ山全体を再生させるまでは全然行かなかったけど」
「いや、十分だ」
ヤガリくんは首を振る。
「掘る人員も、加工する人員も少ない。神が再生してくれた鉱脈を掘りつくすにはしばらく時間がかかるだろう」
「そうかあ」
「でも、おかげでおれたちは生き甲斐を取り戻せた。ありがとう」
もう一度膝をついたまま、ヤガリくんは深々と頭を下げた。
「ここに、聖地って言う場所はある?」
「聖地?」
ヤガリくんは難しい顔をした。
「この山そのものがおれたちドワーフの聖地と言っていい」
「何処か、祈りを捧げるような、シンボルっぽい場所がいいんだけど」
「そんな場所がいるのか?」
「【神威】で、俺と神子は聖地と認定された場所から場所へ転移することができるんだよ」
「なるほど、必要な時に必要な場所へ時間をかけずに移動ができるわけか」
「うん。今のところ原初の神殿と森エルフの泉だけなんだけど」
「森エルフが大挙してこの神聖なる無窮山脈に押し掛けると言うのか!」
話を聞いていたドワーフの一人が、憤慨したように声を上げる。
「違う違う。転移できるのは俺と神子だけだから、転移できる森エルフは今のところ一人しかいない。だけど、持ち物を運ぶこともできるから、鋼と食料のやり取りなんかができる」
「そ……れは……」
「確かに……」
大地の一族とか言ってるけど、岩や土を食べて生きていけるわけもなし、食糧を作る森エルフと直接物のやり取りができればお互いウィンウィンじゃないか。
「聖地がなければ創るかなあ」
「創る?」
「うん。一応【属性・聖】があるから、聖地の【創造】も可能だと思う」
「聖地」
「何処か、場所をくれれば、そこに聖地を作るよ。邪魔にならない所をくれない?」
「そんな」
ヤガリは声を上げた。
「あ、やっぱり森エルフの聖地と繋がるのが嫌?」
「そうじゃない」
ヤガリは立ち上がる。
「この山脈を戻してくれた神を崇める聖地が邪魔にならない場所にひっそり創られたら、罰が当たる」
「いや当てないけど」
「鉱山長」
ヤガリくんは一番年寄りのドワーフに言った。
「この場所……生神が最初に降り立ち神威を見せた場所に創るのが相応しいと思うが、長老」
「うむ、同意しよう」
鉱山長が頷く。
「どのような聖地を創るのだ?」
「俺の思った通りになるみたいだけど……希望とかアイディアとかがあったら出してくれれば」
「よし、紙を持ってこい!」
「全員で考えるぞ!」
「森エルフの泉なんぞ屁でもない聖地を作ってやるわ!」
「えい、えい、おう!」
「うん、ちょっと考えてて。ヤガリくんはついてきて。他の神子と顔合わせするから」
「ああ。……森エルフもいるんだろう」
「ちょっと君と合わないかもしれないけど、ケンカはできるだけ避けてね。穏健に」
「ああ。おれたちを救ってくれた神の頼みだ、耐えろと言われれば耐える」
「我慢しすぎて爆発しないように頼むよ」
「大丈夫だ」
自在雲半分に乗せて、上空に移動する。
「真悟様!」
シャーナが声を上げる。
その後ろでレーヴェが露骨に顔をしかめている。
「レーヴェ、黙ってても顔で言っている」
「……申し訳ない」
「手前が第一の神子シャーナ・リザ―」
「初めまして。歓迎いたします」
「森エルフがレーヴェ・オリア」
「……よろしく」
「あと灰色虎のコトラ」
「ぅな!」
「彼は神子になったヤガリ・デイくん」
ヤガリくんは頭を下げた。
「神に鉱脈を再生してもらった恩義がある。どんなことでも言ってくれ。おれができることなら何でもする」
「で、シンゴ様。今下では何を?」
「ドワーフの皆さんが自分の聖地をデザインするんだって盛り上がってる」
「聖地がないのですか?」
「ドワーフにとっては、全ての鉱石を内包する無窮山脈そのものが聖地だ」
ヤガリくんはぶっきらぼうに言った。
「だから、今は鉱脈を再生してくれた神に祈る聖地を作るのだと頑張っている」
「なるほど、生神様そのものをお祀りする聖地か」
レーヴェが感心したように言った。
「ドワーフにしては洒落たことを考えるじゃないか」
「レーヴェ」
「……失礼」
「いや、気にしていない」
ヤガリくんは首を振った。
「森エルフはそう言う感じだと分かっているから、今更気にしない」
「生神様ー!」
がなり声が聞こえた。
「できたぞー!」
「じゃあ、レーヴェとシャーナはもうちょっと待っていて」
「はい」
「ああ」
もう一度雲を切り離し、コトラとヤガリくんと一緒にそちらへ降りて行った。
「これでどうだ!」
紙があちこちにとっ散らかって、その中で一番白い紙をドワーフたちは俺に押し付けてきた。
「へえ」
鉱山の広間に収まるように、小さな透明の鉱石が奉られている。その現物となる物は、紙と一緒に添えられていた。
「これは?」
「生神様が再生してくれた鉱山から最初に採った水晶の結晶だ」
ドワーフの一人が胸を張る。
「このことを永遠に忘れない。生神様を忘れないというドワーフの約束だ」
何だか胸が熱くなってくる。
「よし……じゃあ……行くよ……」
【神威・創造】……Y!
バシッと岩壁に光が当たり、そこから掘り出されたような、結晶の御神体を奉る聖地が出来た。
「おおおおお!」
ドワーフがどよめく。
「儂らの思った通りの出来だ!」
「やはり神の力はすごい!」
「これなら森エルフにも負けはしない!」
わあわあ盛り上がっている。
「じゃあ、鉱脈を【再生】しながら森エルフの大樹海に戻るとするか」
「山を再生しながら?」
「うん、急ぎの用事もないから、再生しながら戻って、それから森エルフの農具を直して食糧を確保して、こっちに流せるようにするんだ」
「森エルフからか?」
「だって、皆さんは畑仕事できないでしょう?」
「う」
岩山だから耕せる場所ないしな。
ヤガリがもう一度雲に乗り直す。
「ヤガリくんは神子だから聖地の行き来ができる。森エルフの一人だけしかここに行き来できないから、森エルフが大挙して押し寄せるってことはないから安心して」
「う……む」
「要は、儂らは、森エルフから食料を得るのと引き換えに鋼などを加工して渡せばよいのだな?」
頷いて、俺も雲に乗る。
「いいのか?」
ヤガリくんが小声で聞いてきた。
「聖地を使えばすぐにでも森エルフの所に戻れるんだろう?」
「だけど、途中途中で再生を使わなきゃいけないから」
行きはドワーフの所に向かって急いでいたから【再生】できなかったし。
だからこそ、無窮山脈から大森林に至る道を【再生】しつつ戻ろうかと考えたわけ。
もう一度パンと干し肉を増やせるだけ増やすと、俺とヤガリくんは手を振って上空の雲と合流した。




