第148話
我に返った時、俺は、白い空間に立っていた。
すぐに思い出した。
俺が……最初の死を迎えた時に来た場所。
ぽつんと机があり、そこにあの職員さんが座っている。
「お帰りなさい、遠矢真悟さん」
その名前で呼ばれるのも久々だ。
だけど、俺はその呼びかけに答えるのも憂鬱で、椅子に座り込んだ。
「何故、死を選んだのですか?」
「……死ぬしかないでしょ」
それが俺の本心。
「魔神の理念を受け継いだ生神なんて、世界の為にならないでしょう」
「そうは思いませんがねえ」
「もう、さっさとルーレット回してくださいよ。次の人生はルーレットで決まるんでしょう?」
机に突っ伏して呟く俺をなだめるように職員さんは言った。
「その前に、話してほしい方がいらっしゃるんですよね」
「話……?」
「ええ。それを聞いてからでも遅くはないかと」
「長い話をだらだら聞く余裕なんてないんですよね、俺」
俺は机に突っ伏したままだ。
早く終わらせたい。記憶なんて全部洗い流して、別の世界に行ってしまいたい。それだけを望んでいる俺に聞こえたのは、溜め息をつき、立ち上がる音。
少しして、座る音。
「お説教なら手短にお願いします」
「短くなるか長くなるかは君次第だ」
低い声。
遠い記憶を揺さぶり起こす、力を持った声。
「顔を起こしなさい」
ただの人間だった頃の記憶を起こされて、俺は顔を上げた。
黒いスーツ。黒いサングラス。
白髪と白いひげ。
痩せたサンタクロースにも見える彼が、しかしそのサングラスの下の目が鷹のように鋭いことを覚えている。
「あなたは……貴船、さん?」
「如何にも、私は貴船だ」
机の向こうの椅子に座っていたのは、貴船と名乗れば生神に慣れると教えてくれた、あの老人。
「あなたは……何者なんですか。何で、俺を生神に……」
「それを話すと長くなるが、いいのかね?」
「……どうせ時間なんてこの世界じゃ無限にあるんでしょう」
「間違いない」
貴船さんは深く行方に座り直して、俺を見た。
「では、私の正体から話そうか」
「正体……?」
「私はかつて、魔神だった」
貴船さんは静かに告げた。
「地球と言う世界を滅ぼす為に、別の世界から呼ばれた魔神だった」
「あなたが……地球を滅ぼす……」
地球が……滅びる?
戦争、疫病、貧困。確かに地球は大変なことになっていた。滅びる直前だと言われてもおかしくなかった。
でも、生命の気配だけはあったのに。
「正確には、一度地球を滅ぼした魔神、とでも言うか」
「地球が……滅んだ?」
「そうだ。私が滅ぼした後、私の対である生神が再生した。それが君の生きてきた、地球の真実だ」
地球が一度滅んだなんて……世界史でも学んでいない……。
「あなたは……何故、地球を滅ぼしたんですか」
「許せなかったからだ」
貴船さんは静かに話し始めた。
「地球にいる人間は、皆上っ面だけの生物だ。一度滅ぼして作り直したほうが美しい世界になると、そう思った」
「でも、世界が再生された後……魔神は……」
「そうだ。私は生き残った。生神が私を滅することを是としなかったからだ。私は自分の命を絶ったが、死ななかった。この世界で、私に与えられた役目は、別の世界に派遣する生神や魔神を選び取ることだった」
「選ぶ……って」
「そう。君の叔父上を魔神に選んだのは私だよ、真悟君」
俺は音を立てて机から立ち上がった。
「何で……何で、おじさんを選んだんだ!」
「魔神に相応しいと思ったからだ」
全てを滅ぼす神に……おじさんが相応しいって……何で。
「魔神は、ある意味生神より選ぶのが難しい」
貴船さんは座るようにと椅子を指す。座るまでは話しそうになかったから、俺は渋々腰かけた。
「魔神は、ただの破壊願望持ちや自殺志望者ではなれないのだよ。世界の再生のための破壊……それはただ世界を滅茶苦茶にしてしまうのではない。世界を一度更地にして、生神に引き渡さなければならないのだからな」
「それが……おじさんにできることだと思った……?」
「思った」
貴船さんは小さく頷く。
「彼は信念を持っていた。彼の中には正義があった。その正義は今のままでは成し遂げられないと判断していた。正義を実行しようとしていた。そして彼に残された寿命は短かった」
病気であっと言う間に死んでしまったおじさんの、覚悟を決めたような死顔が今も鮮明に焼き付いている。
「彼の中で正義は正義に成り得なかった。いったん世界を更地にしないと、自分の正義は成し得ないと思っていた。そう、世界を滅ぼすのではなく更地にする覚悟がないと、魔神にはなれない。故に私は遠矢竜介を魔神に選んだ」
「おじさんの……正義って……」
「彼が後継者を残そうとしていたのは知っていた」
貴船さんは目を伏せた。
「だが、彼の正義は高すぎた。後継者にも理解されないまま死んでゆくよりは、魔神としてその正義を執行できる世界に行った方が良いと私は判断した。だが……彼の正義は、確かに残っていた。君だよ」
言われ、俺は貴船さんの目を見た。
貴船さんは、真っ直ぐに俺を見ていた。




