第147話
「シンゴ兄ちゃん!」
「シンゴ!」
漆黒の床の周りをオルニスが輪を描いて飛んでいる。スシオやヴェデーレが俺の名を呼ぶ。
彼らはいい奴だ。
人身売買の片棒を担がされて、それでも俺やみんなを助けようとしたスシオ。
魔獣すら見捨てられない優しい獣使師ヴェデーレ。
ケンタウロスを守護し、スシオも鍛えてくれ、俺の混乱にたびたび助言をくれたベガ。
俺に従い、俺の神子になると何度も繰り返し訴えてきたグライフ。
ヴェデーレに呼ばれ、無窮山脈を元に戻す為にと俺たちに力を貸してくれるオルニス。
それだけじゃない。
生神降臨を餓死寸前になりながらも待ち望み、今も神殿で俺たちの帰りを待っているシャーナ。
エルフの騎士として、最初こそ険悪だったけど、エルフやドワーフとの折衝を請け負ってくれたレーヴェ。
強い戦士であり、信念を持ち、不倶戴天であるエルフと手を組むことも拒絶しなかったヤガリ。
可愛らしい外見と正反対の有能な聖獣、みんなを和ませてくれた灰色虎コトラ。
草原を救ってくれた借りを返す、とついてきてくれたミクン。
時に叱り、時にからかいながらも、お前は正しい、といつも肯定してくれたサーラ。
俺が初めて創った神獣、ヤガリに従う神驢のブラン。
みんな、みんないい奴だ。
ああでも、そうしても思い出す。
四種族共同の、ベガス、大樹海、無窮山脈、奈落断崖を繋ぐ交易ルートで手を組むのに揉めたエルフとドワーフの長老。
プセマに従って自分たちだけいい思いをしようとしていたので反省するまで街に閉じ込めた、ケファルの民。
あの中に、救うに値する人間はいたか?
いや、ない。
でも……それを選んだ俺の判断基準は、おじさんに教えられたもの。おじさんが教えてくれた。
そう言う連中は決して反省しないから、心を砕くだけ無駄なのだと。
魔神となったおじさんの判断基準で、俺は生神として助けるべき人を選んでいたのか?
俺は……生神として、正しいのか?
(迷うな、シンゴ!)
ベガの声が、心の中に直接響いた。
(お前の判断は常に正しかった!)
(だけど……その判断を教えてくれたのは、魔神なんだよ)
(……!)
おじさんが魔神と言うのなら、その教えを受けた俺は何なんだ?
俺は……本当に、生神でいいのか?
「どうした。生神として、助けるべき相手を守るために戻るのではないのか」
俺は……答えられない。
「それとも、生神として、私と戦うか?」
戦う……?
おじさんと?
そう、それは生神と魔神の関係。
互いを認めず、倒そうとする存在。
どちらかが勝たなければ、モーメントは滅びかけの中途半端なまま、神の力を受けられない世界として不安定になり、消滅するかもしれないと、俺の中のヘルプが言う。
それに、魔神を倒さなければ、サーラたちは戻ってこない。ベガたちも殺されてしまう。生神と滅ぼすと決意した魔神は、神子を殺せる唯一の存在だ。
俺が助けたいと思った人たちも、俺が戦いに敗れれば全て滅ぼされる。俺が今まで創ってきたもの、守って来たもの、全部、全部。
だけど。
「……できない」
「何?」
ぴくり、と魔神が動いた。
「できないよ……俺……おじさんと……」
「そうか……」
魔神は息を吐いた。
「では、魔神として、生神を滅ぼすとしようか」
「シンゴ!」
「シンゴ兄ちゃん!」
スシオやヴェデーレの悲鳴に、俺は応えない。……応えられない。
おじさんの右手に、青白い光が宿る。
それが破壊の力……全てを完璧に無に帰す力。俺とは正反対の、純粋な力。
「どうした。殺すぞ。死んでもいいのか」
死ぬ?
ふと、俺はあの時のことを思い出した。
俺が一度目の生を終えた時。
車に轢かれかかった子供を助けて死んだ、あの時。
生神になるなんて言わずに、そのまま死の先の世界へ逝っていれば、こんな思いをしなくて済んだんだろうか。
「いいのか」
俺はがっくりと肩を落とした。
「俺……俺の信念は、おじさんが教えてくれたものだ」
口が勝手に言葉を綴る。
「魔神の信念を持った生神……そんなの、矛盾してる……。魔神と生神は正反対な存在のはずなのに……」
「そうか。お前は戦えない。生神としての役目も果たせない。即ち、死ぬ。と言うことなのだな?」
「…………」
「シンゴ!」
ヴェデーレの叫びが、スシオの叫びが、ベガの叫びが聞こえる。
でも、俺にはもう、何もできない。
魔神の信念を持った生神が……誰を救えるというのだろう?
「そうか……死を選ぶか」
おじさんの相変わらずの淡々とした声が言う。
「ならば、一瞬で滅ぼしてやろう。お前が死に、私が世界の全てを滅ぼし尽くせば、新たな生神が目覚めるだろう……。魔神の教えなど知らぬ純然たる生神が」
青白い光がどんどん小さく凝縮されて、強い光を放つ。
最初の力は俺より弱かった。
だけど、全力を、一点に研ぎ澄まされた力は、今の俺の信仰力の壁を貫いて、俺を滅ぼすだろう。
それが魔神の力なのだから。
「では……さらばだ、真悟。生神の役目を捨てた者よ」
こうっ。
おじさんが適当に振り下ろした右手から放たれた力は、真っ直ぐに俺の、胸の左側を狙ってきた。
光が俺の心臓を射抜く。
それが、俺の二度目の死。




