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第145話

 すぅ、と気温が下がった。


 元々薄寒いこの世界だけど、この冷気は強烈な威圧感を伴っている。


「来たぞ」


 ベガが笑った。


「魔獣の信仰が全部シンゴに渡ったのに気付いたか、大慌てのお出ましだ」


 彼方の薄墨色が濃くなっていく。ゆっくりと漆黒に変わっていく。


 そしてその漆黒が渦を巻き、形と成す。


 魔神と言うからには巨大で凶悪な見た目をイメージしていたけど、俺と大して見た目が変わらない。顔の半分が隠れるような仮面をつけた……多分男。


「生神、か……」


 呟くように言った声は、何処か懐かしい響きをしていた。


「魔神か」


「如何にも。私は魔神」


 すっと手を伸ばす魔神。


 何か攻撃が……と思ったが、黒い空気が凝ったようなタイルみたいなものが空中に敷き詰められた。


「降りよ」


 その床に立ちながら、魔神は言った。


巨鳥ルフの背では移動しながら出なければ話せまい。戦うにも不便であろう」


「罠だよ、兄ちゃん」


 スシオが警告する。


「降りたら落ちる可能性だってある」


「いや、その場合は浮けばいい」


 魔神が受けるんだから、俺だって浮けるはずだろ。


「みんなはオルニスに乗っていてくれ」


「だけど!」


 ヴェデーレが叫ぶ。


「大丈夫だ。ヴェデーレのおかげで信仰心が増したから」


 今の俺なら魔神と互角以上に戦えるはず。


 俺はオルニスから飛び降りて、漆黒の床に立った。



「お前が魔神か」


「そうだ。初邂逅だな、生神よ」


「戦う前に、聞いておきたいことがある」


 俺は蒼海の天剣を抜いて聞いた。


「みんなは……サーラやレーヴェ、ヤガリ、ミクン、アウルム、コトラ、ブランはどうした?」


「私の身の内に、封印している」


 魔神はゆったりとそう答えた。


「私を倒せば、封印は解けるぞ」


 ……ん?


「初邂逅、って言ったな」


「ああ」


 憂鬱そうな……戦うのなんて面倒くさいと言いたげな声。


「どこかで……会ったことはないか?」


「……生神」


 魔神は静かに聞いた。


「お前は生前、何だった?」


「な、に?」


 質問の意味が分からない、と言う俺の言葉に、魔神は重ねて聞いた。


「生神となる前、どの世界で何をしていた……?」


「どの世界で……何って」


「私もまた、魔神となる前は異世界で人として暮らしていたからな……」


「地球って世界で、普通に暮らしてたよ」


「そうか……」


 溜め息交じりに頷く、その姿に強烈な既視感デ・ジャ・ヴュ


「私は人だった頃、ある実験をしていた……」


「実験?」


「そう、実験だ」


 魔神は憂鬱そうに言った。


「真っ当で善良な人間と言う者が作れるか、と言う」


「真っ当で、善良?」


 魔神になるような人間が、そんな実験をしてたのか?


「……真っ当で善良って、どんな人間を言うんだ?」


「他人のことを考え、不正を見逃さず、法に囚われず正義を行う。そう言う人間だ」


 なんじゃそりゃ。そんな人間いるわけないだろ。


「……ていうか、そんな実験をどうやってやるんだよ」


「簡単だ」


 俺と一定の距離を保って立ったまま、魔神は言う。


「子供を一人、手に入れればいい。その子供を育てるのだ」


「……子供」


 ピリッと、うなじの毛が逆立つのを感じた。


「私の言う真っ当で善良……不正に立ち向かい、正義を行う子供……それを私が作れるかどうか。それが生前の私のテーマだった」


「……そんな子供を育てた人間が、何故魔神に?」


「気付かれていたのだろうな……私にとっては実験に過ぎないということを」


 魔神は顎に手を当て、呟く。


「私には正義があった。私には思想があった。だが、それを広める気はなかった。それを実行するつもりもなかった。ただ子供に、その思想を植え付けた場合、どのような人間ができるか実験したいだけだった。正義は思うだけではなく実行しなければならないというのだろうな……思想だけの正義には何の意味もない」


「……正義を抱いた人間が、何故世界を滅ぼそうとしたんだ」


「それが私の役目だからな」


 魔神は平然と答えた。


「何かを生み出すためには古い物を壊さなければならない……そう言うことだ」


「んな無茶な!」


「無茶ではないだろう。お前は、来る前のこの世界を知っているか?」


「……いいや」


「人間の種族同士の争い。死物に赤ん坊を捧げて危地から逃れようとする親、親を捨てて飢えをしのぐ子。世界として成り立っていないと思った。だから滅ぼそうと思った」


「あんたの言う正義はどこ行ったんだよ!」


 俺は思わず叫んでいた。


「あんたは正義を持っていたんだろう!? それを子供を使って実行しようと思ったんだろう!? それが何で、その正義を捨てて世界を滅ぼそうとするんだよ!」


「私の正義は思想でしかない……自ら実行する気は欠片ほどもなかった」


「正義の味方じゃなくて、哲学だった……そう言うことか?」


「そう言うことだ」


 俺は頭をガリガリと掻いた。


「その哲学に巻き込まれた子供は……どうして手に入れた」


「偶然だ」


魔神は淡々と話す。


「目の前で両親を失った子を手に入れた。この子供を使えば私の正義を実行する人間が育つかもしれないという興味と好奇に負けた」


「じゃあ……じゃあ」


 俺は叫んだ。


「育てたのも、色々教えてくれたのも、全部……全部、実験の為だったのか? そうなのかよ……おじさん!」


 魔神は仮面を外した。


 その下から現れたのは、懐かしい……三年前に死んだ、遠矢とおや竜介りゅうすけおじさん。


 俺の育ての親の姿だった。

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