第144話
「行け……」
ヴェデーレの命に、魔獣たちは散っていく。
最後の一等が姿を消したのを確認した後、そのまま崩れ落ち、オルニスの背にべたりと突っ伏す。
「ヴェデーレ?!」
「ヴェデーレ兄ちゃん!」
「だい……じょう……ぶ……」
「無理もない。あれだけの魔獣を使役して、呪縛を一時的にとは言え解いて、攻撃させればこうもなる。ましてやヴェデーレは正式な訓練を受けていない獣使師、力の配分も知らず全力を出したのだから」
ベガが突っ伏したヴェデーレに手を当てながら言った。
「確かに魔人を撃破……しかも生神ではなく神子が倒したのだから、良い結果を出したと思う。思うが、……一人で背負いこもうとするな」
ヴェデーレの背中に当てられたベガの手に光が宿る。
「う……」
ベガのしていることに気付いて、慌てて俺も力を送ろうとするが、ベガに止められた。
「シンゴの力は取っておかなければならない。魔神との戦いが目前なのだ」
「……それなんだけど」
んー……。
「何か、力増してる」
「ん?」
ベガがヴェデーレに力を与えながら俺を見る。
「確かに……だが信仰心と言うには何か……」
「あいつら、だ」
やっとまともに喋れるようになったヴェデーレがチラリと視線を辺りに走らせた。
「あいつら?」
「多分……魔獣の想い、だと思う」
「魔獣?!」
「ああ。……あいつらが、仲間の仇を取ってくれたってことで、俺に……俺経由でシンゴに行ってるんだ、と思う」
「魔獣の信仰心……? ……いや、魔獣が感謝したのは分かるけど、それが信仰心になるのか……?」
「スシオではないか?」
「スシオ?」
「神子認定する時に謎の属性があったろう。【混】とかいう」
「そーいやあったな。何だろうと思ったんだけど調べてなかったんだった」
頭の中でスキル【混】をヘルプして見る。
【属性/混:破壊に属する者から信頼を勝ち得た時、その信頼を生神や神子への信仰心へと混合することができる】
俺のヘルプを聞いたベガが納得したように頷く。
「それなら納得できる。本来魔神に向けられる信仰心を、シンゴに向けられた時、普通ならば力にならない死物の信仰心を生物の方に混合させられるのか」
「てぇことは~……あの魔獣の数がいたから~その半分がヴェデーレ経由で俺に信仰心を抱いてくれるとなると~……」
俺は慌てて端末を取り出す。
「信仰心……一億超えてるんですけど……」
「一億……?」
「うわー……スシオとヴェデーレの合わせ技で信仰心めっちゃ上がった~」
思えばステータス確認をしていなかったので、最後に見たのがサーラたちがいた頃の五万前後だったから……。
「二千倍……?」
「魔獣は魔物や魔族に使われることが当たり前……それを破って仲間を殺した魔人を倒してくれた俺と……俺に力を与えてくれたシンゴを……信じてくれるようになったんだ……」
「いや、ありがたくはあるけど……」
もちろん、魔獣が俺を信じてくれるのはありがたい。
魔獣がモーメントに攻め込んでこなければ、争う必要はない。モーメントに来たとしても人間を襲わなければ問題はない。魔獣たちがそうしてくれるならいくらでも力を貸す。
だけど……。
「ヴェデーレ」
「……ああ」
まだ少しふらつくものの、ベガから力を受け取って半身を起こしていたヴェデーレは俺を見た。
「お前が使役した魔獣、もしかしてあいつら全部なのか?」
「……いいや」
と、また力が増すのを感じる。
「ちょっと待ってくれ、見てみるから……」
ヴェデーレは目を閉じて集中し。
「魔獣の間で噂……って言うか、生神が魔獣を助けてくれたって、魔人から解放されたって事実が巡り巡ってる」
「へ」
う。
また力が増す。
「いやいやいやそれおかしいだろそれはヴェデーレに来るものであって俺に回って来るもんじゃないだろ」
「神子の行為はそのまま生神の評価に繋がるものだ。そのようなことをする神子を選んだ生神ならば、と言うことになる」
いや理屈としてはそうなんだろうけど! 力がガンガン増して行ってるぞ?! ていうか魔獣全部俺を信じようとしてんのか?! 人間より魔獣に信仰されてる生神ってどうよ?! いや信じてくれるのは嬉しいけどもさ?!
「あれ? でも、魔獣って、他に死物……魔神に逆らえないんじゃ?」
スシオの問いにベガが少し首を傾げた。
「ヴェデーレとシンゴの無意識がそれを可能とした」
「可能ってなんだよベガ姉ちゃん様」
「ああ、つまりな。ヴェデーレを通じて、シンゴが願ったんだ。魔獣が魔人を倒すことを」
「うん、それで?」
「魔神と同等の力を増す生神が、その掟を解除した。魔獣が上位の死物に逆らえる許可を与えたんだ。魔神の掟を生神が上書きした形だな。生神が魔神に倒されない限りその掟に変更はない」
「じゃあこの世界の魔獣が全部シンゴ兄ちゃんを信じてるってことか」
「そう言うことだ」
そう言うことってしれっと言わないでくれます?
「シンゴ兄ちゃんが強くなってるんなら、今のうちに魔神倒したほうが良くね?」
スシオ、提案すんな。戦うの俺なんだぞ。
「魔神が……見つからなきゃ、意味ないだろ」
座り込みながらヴェデーレ。
「……?」
ベガが不意に顔をあげた。
俺たちを乗せているオルニスの緊張を、足元から感じる。
「来たぞ……シンゴ」
ヴェデーレが呟いた。
「魔獣の最大限の警戒……魔神だ」




