第143話
キレたヴェデーレの呼びかけに応じた魔獣たちは、一斉にモストロ目掛けて突っ込む。
生物であり死物である魔獣は、同族を殺したモストロに容赦なく襲い掛かる。
魔獣はそれなりに強い死物だけど、魔人には到底勝てない。普通では。
だけど、今は違う。
死物と言う特性で死ぬことを恐れず巻き込むことに躊躇わない魔獣たちは、キレたヴェデーレにブーストされている。
優れた獣使師は使役する動物の能力を引き上げると言う。今ヴェデーレはこれだけの数の魔獣を使役下に置いているわけだ。もっとも、使役って言ってもヴェデーレが魔獣を完全に操っているわけじゃない。ヴェデーレは魔獣に復讐する力を与えただけだ。上位の死物に逆らってはいけないと言う縛りを解き、普段封じられている魔獣たちの全力を引き出すのと。
多分、死物として下位になる魔獣は虐げられ、魔物や魔族、魔人に自在に操られていたんだろう。復讐したいと思ってたとしても無理はない。ただ、魔神が定めた死物の掟を破る手段がなかっただけ。そしてそれから解き放たれた今、仲間を手にかけた魔人を放っておくわけがない。
一体で倒せなければ二体、無理だったら四体、十六体、二五六体。己の命を捨てても次の仲間が殺してくれる、次の仲間が無理だったとしてもその次が……。
魔獣の球体の中に閉じ込められたモストロの、様子は見えない。
時々火花が散って、球が崩れて魔獣が落ちていく。だけどすぐ完全な球に戻り、微かに悲鳴が聞こえる。
「はあっ……はあっ……はあっ……」
ヴェデーレが犬のように舌を出して荒い息をしている。
「落ち着け」
ベガがその肩を叩いた。
「もうお前が怒る必要はない。あの魔人は十分に罰を受けた」
「だけど!」
「魔獣とは言え、獣だ」
ベガは視線をヴェデーレから空中の球に移した。
「心通わせた獣の死が辛いのは分かる。あの魔獣たちが自由意志でお前に従い、あの魔人を攻撃しているのも分かる。だがな、彼らに罪を負わせてはいけない」
ヴェデーレの血走った目が、ベガの目を見る。
「殺すのは我々の仕事だ。魔獣たちではない」
ヴェデーレはオルニスの背中にへたり込んだ。
無理もない、あれだけの魔獣を従えたんだ。力を失っても無理ないよ。
灰色の毛玉のような魔獣の仔が、ヴェデーレの周りにいる。
「戻れ……」
力なく、ヴェデーレは言った。
「戻れ」
魔獣球が崩れた。
グライフが飛び立ち、そこから落ちる襤褸を前脚で掴んで戻ってきた。
あちこちを食いちぎられ、それでも生きている見るも無残なモストロの姿だった。
「てめえ……てめえ」
ヴェデーレの一瞬は落ち着いた興奮が戻ってきた。
「てめえが……!」
「や……だ……」
モストロだった襤褸は、微かに声を絞り出した。
「何……も……出来ず……無駄、死には……」
「無駄死にだ」
ヴェデーレは唾を吐きかけるように言った。
「魔獣を殺したことによって、魔獣に殺された。シンゴ……生神に掠り傷一つつけることもできないで」
「イ……や……ダ……」
喉も食いちぎられてひゅうひゅうと息が漏れ、声にならない声でモストロは呟く。
「ワ……れ……マジン……アルジ、に……いき、がみ……ヤクソク……」
「分かってる」
ヴェデーレはモストロではなく、円を描いて飛び続けるオルニスと同じスピードで回りながらこちらを見ている魔獣たちに言った。
「俺が、殺す」
「ヴェデーレ、それは」
「彼らがそれを求めてる」
そう、魔獣は言うだろう。殺すなと言ったのだから、せめてとどめを刺すところが見たいと。
ヴェデーレは懐からナイフを取り出した。悪友グルートンの母が鍛えたと言うナイフを。
見事な造りのナイフだった。
切り裂くのにふさわしい鋭さと強靱さを秘めたナイフ。これを鍛えたグルートンの母は、本来なら無窮山脈にいた人材だろう。グルートンはまだ母が鍛えた武器はいくつもあるからと言っていたけど、このナイフは魔具の中でも中位から高位に位置する得物だ。
ヴェデーレは、モストロにペッと唾を吐きかけると、ナイフを両手で握り、振りかざした。
「セ……メテ……イキ、ガミ、ニ……」
「そんな名誉、与えてたまるか。てめえは、俺の手にかかるんだ。ろくに戦いも出来ず、魔獣に食われ、そして直接戦闘に向いてない獣使師駆け出しの俺に殺される。よかったなあ。死ねるぞ? 無駄死にだけどな」
「グ……ウゥ……ッ」
モストロは骨が見える右手を無理やり持ち上げて、何かしようとした。
一瞬、右手が赤く光る。
自爆か? 俺たちを巻き添えに?
「させないって、言ったろ?」
光が宿っていたモストロの右手の先が、一瞬にして失われた。
ヴェデーレのナイフが骨ごと右腕を切り落としたのだ。
「……ガ……」
「じゃあな。無駄死にの魔人」
今度こそ、ナイフが喉を真っ直ぐ縦に突き立った。
そのショックでか、微かに残っていた眼球がぐるりと上を向く。
それが、魔人の最期だった。
魔獣を大事にしなかったせいで反撃を食らった、あっけない最期だった。




