第14話
「ぅなっ、ぅなー」
頬を舐められるざらざらした感触。
「んー……」
「ぅな、ぅな!」
あれ? 目覚ましの音違いすぎる……。
無意識で頭上を叩こうとして、モフっとした感触で目が覚めた。
見えたのは岩肌で。
そう言えば俺は死んでモーメントって世界で生神様とやらになって……今はドワーフを探しに来たんだっけか?
「ぅな!」
半身を起こした俺に、灰色虎……コトラはあっち、あっちと示した。
「え? あっち?」
岩肌の下の方を見る。
小柄な人たちが、こっちを見上げて何か言っている。
そう言えば、自在雲の結界は乗っている人間は隠すけど、雲の姿自体は消せなかったんだった。
「シャーナ、レーヴェ、起きて」
「なぅ、なぅ」
レーヴェさんは跳ね起きる。騎士だけあって反応が早い。
「シャーナ……シャーナ!」
「ぅなっ!」
「ん……んん……」
微かに声を漏らして、ゆっくりと瞼を開く。
「遅い」
またもやレーヴェ。……ケンカを売るなよ……。
「も、申し訳ありませんっ」
布の切れ端で顔をこすって、シャーナは身繕いして下を見下ろした。
「騒動になっているようですね」
「いくら天の屋根とは言え、この高度でこんな所に留まり続ける雲はない。しかも色が色だしな」
金色を帯びた虹色。そんな雲が一晩同じ場所に留まっていれば、そりゃあ騒動にもなるか。
「レーヴェ」
「はい」
「しばらくここにいて黙っててくれる?」
「分かっています。私が入れば揉め事になる」
「じゃあ、雲を切り離すよ」
「き、切り離す?」
「うん。どうやら雲は一時的になら切り離して別行動ができるらしい。俺が一人で交渉しに行くから、二人はここで待ってて」
「コトラは?」
「連れてく」
「岩山で灰色虎はドワーフの方々に警戒されるのでは?」
「恩を知る生き物、ってレーヴェは言ってたろ?」
「確かに。ドワーフは灰色虎への捧げ物を忘れないと聞く」
「じゃあ、行ってくるね」
俺は雲を切り離すと、ゆっくりと下降した。
十数人の、痩せた小さな人たちが、降りてくる雲を見て驚き、その上に俺が乗っているのに気付き、小さな人たちは警戒の態勢を取った。
「ケンカしに来たわけじゃないんです」
俺は両手を上げて敵意がないことを示すけど、あっちはボロボロの両刃斧を抱えて大警戒。
「天の屋根に住まう方々はこれで全員ですか?」
「……何者だ」
「遠矢真悟と言います。……生神です」
「生神?! 生神だと?!」
雲を彼らの目線に合わせるくらいに降ろすけれど、痩せ細った小さな人たちは降りる場所も開けてくれないので相変わらず雲の上の俺。
「ドワーフ……さんでよろしいでしょうか?」
「如何にも、我らが大地と鋼の一族、ドワーフ」
痩せ細ったドワーフたちの中で、少し大柄な人が腕を組んで返答した。
「生神と言ったな」
「はい」
「ドワーフの伝承にある。世界が滅ぶその時に、世界を創り直す為に生神が降臨すると。その生神だと言うのか?」
「はい」
「ぅなっ」
俺の陰にいたコトラが前に出てくる。
「灰色虎!」
「まだ生き残りがいたのか? 岩山の聖獣が!」
「もう滅びたものだと思っていたが……」
灰色虎について寝る前に更に詳しく調べてたんだけど、恩義に厚く安全な人間と危険な人間を見分ける力があると岩山の守り神、聖獣と呼ばれる獣だってことが分かった。岩山と鉱山は少し違うかもしれないけど、山に住む一族ならコトラの姿は何か説得力があるかと思って連れてきたんだけど、アタリだったみたいだ。
「と、とりあえず、こちらへ」
ドワーフたちが足場を開けてくれたので、先にコトラが降り、俺も降りる。
「とりあえず……食べ物はいりますか?」
「食べ物?!」
ドワーフたちの目の色が変わった。
「確かに、この男は痩せていない」
「食べ物があるのか?」
「パンと干し肉でよければ。全員ここに連れてきてください」
何人かの体力が残っているドワーフたちが、足場の壁にあるパイプを斧で叩いた。
わぁぁあ~ん。
音が伝わる。
「一体何を?」
「全員集合の合図だ」
なるほど、岩山中に配管が通っていて、それを鳴らして集合とかの合図を出すわけか。
よろよろと歩いてくるドワーフ、大体二十人程度。
俺はパンと干し肉を一つずつ取り出す。
「それじゃ足りんぞ?」
「大丈夫です」
M端末で、【神威・増加】を発動させる。
ずだだだだだだっと柔らかいパンと、干したて肉が山積みになった。
「う……おおおおおっ?!」
ドワーフさんたち、絶句。
「こんなもんでいいですか?」
『おおおおおおおおお!』
一気にテンションが上がり、ドワーフがパンと干し肉の山に襲い掛かった。
いやあ壮観。コトラの食事を見た時よりも壮観ってセリフが似合う。
「ありがとう生神! おかげで助かった!」
「儂らにできることならなんでもする! ……もっとも、鉱石も掘りつくして、何もできないが……」
「この中に、エルフと仲良くやれる……って言うか、ケンカはあんまりしないって自信のある方はいらっしゃいますか?」
「エルフ?」
「山か、川か、森か」
「森です」
「そりゃ難しいなあ」
「生神様の仰せなら……と言いたいところなんだが、森エルフと儂らは」
「でも、森エルフは農業や林業で鋼を使ってる……。この世界の鋼を生み出しているドワーフなら、鋼が何処へ運ばれたか知っているはずですよね」
「う……ううむ……」
「まずは教えてくれ」
ドワーフの外見はよくわからないけど、多分声からして若いんじゃないかって声がドワーフの中から上がった。
「何故おれたちと森エルフが仲良くしなければならないか。それは、おれたちが森エルフと諍いを起こさなければ、何かいいことがあるからなのか?」
「そう言ってくれると話は早い」
俺は身を乗り出した。
「生神は、信仰心と、【属性】で神の力を使う。今俺の神子は人間と森エルフと灰色虎。属性は水と大地と聖と植物と獣と岩」
「それにおれたちが入っていいことがあるんだな?」
「ドワーフの【属性】の中に、【鋼】とか【鉱石】とがあれば、錆びた農機具の【再生】、あるいは場所は限られるけど、鉱脈を【再生】できるかも知れない」
ざわざわっとドワーフがどよめく。
「【属性】があるかどうかの確認はできるのか?」
「これで調べられる」
「まさか、それは神具?!」
そういやランクSSSの神具って書いてあったっけか。
「これで【観察】すれば、誰がどんな【属性】を持っているのか、どれだけ信仰心を持っているのかが分かるんです」
「鉱山を戻せるというなら……」
「食い物を増やしたこいつは間違いなく生神だ」
「しかし、森エルフだぞ?」
「森エルフとて儂らの鋼が必要なはずだ。儂らが燃料や鉱脈を必要としているように」
「おれを調べてくれ」
最初に声を上げたドワーフが俺の前にやってきた。
「あんたはおれたちを助けてくれたんだ。それどころか、鉱脈を戻せるかもしれないって言う。それなら森エルフくらいガマンできる。おれたちドワーフは忍耐の一族だ。そして灰色虎と同じく恩義は忘れない」
「そ、そうだな」
「感謝すべきだ」
「じゃあ、……君、【観察】していいですか?」
「おう!」
胸を張るドワーフに、M端末を向け【観察】する。
【神子候補:ヤガリ・デイ 信仰心3000 属性:大地/岩/鉱石】
「お。ぴたり」
「どうだ? おれはお前の神子とやらになれるのか?」
「うんヤガリくん。属性に【鉱石】がある」
M端末を見て頷く。
「おれは名乗っていないのに、分かるのか?」
「うん、【観察】で名前と信仰心と属性が分かる。これなら、……まだ十キロ圏内だけど、鉱脈の【再生】もできるかも知れない」
「本当か!」
「とりあえず、……神子になってくれます?」
「無論だ」
ドワーフは胸を張った。
「おれが神子とやらになって山脈が少しでも蘇るなら、森エルフともガマンできるし世界の何処へでもついて行く」
【ヤガリ・デイを神子にしますか?】
「大丈夫?」
「もちろん!」
「Y!」
光が俺から溢れ出てヤガリくんに吸い込まれる。
【神威・神子認定成功】
「……これで、おれはお前の神子とやらになったのか?」
「うん、ちょっと確認してみる」
【遠矢真悟:生神レベル28/信仰心レベル11200
神威:再生10/神子認定4/観察6/浄化6/転移1/増加4/創造2
属性:水5/大地3/聖6/植物4/獣4/岩3/鉱石3
固有スキル:家事全般/忍耐
固有神具:自在雲/導きの球】
【属性・鉱石】があれば、鉱脈【再生】も不可能じゃないだろう。
あとは……ここに聖地があれば完璧なんだが。




