第136話
はあ、と俺は溜め息をついた。
礼拝堂で、シャーナ、ベガ、スシオ、そしてヴェデーレがこっちを見ている。
何も知らないヴェデーレの為にも、俺は一から話し始めた。
エンドに助勢に行く予定だったが、ヴェデーレたちの無許可隊商が襲われているのを見て、サーラを始めとする神子たちを先に行かせて、俺はグライフと共に旅の守護者希望として同行することにした。
一応毎日心話で連絡は取っていて、先に行ったサーラたちは数日後にエンドに到着して、守護者たちと協力して死物と戦っていたこと。
だが、ある日を境に心話が通じなくなったこと。
サーラやシャーナ、スシオとは心話が通じた。通じないのはサーラ、レーヴェ、ヤガリ、ミクン、アウルム、コトラ。そしてヤガリについている神驢ブラン。
エンドに向かった全員と、心話が通じない。
不安になったが、まだエンドに行ったことがないので【転移】は使えず、かと言ってヴェデーレたちを見捨てるわけにも行かず。
さすがにエンドとは言えサーラを倒せる死物はいないと判断、エンドまで一ヶ月かからないと見て旅を続け。
エンドを目前、生物とも死物とも判断できない獣の気配を感じた。
そして、死の気配。
ヴェデーレたちを留まらせてグライフを護りにつけ、エンドに入って。
炎水と、首をキレイに切り取られた人間の躯。そして、馬の下半身と女性の上半身、その腕と四つ足に鋭い鉤爪を持った獣がいた。
「馬の下半身……?」
「女の人の上半身……?」
ベガとスシオは心当たりが当然ある。ベガは自分の守護するケンタウロスを実験材料として連れて行かれているし、スシオは死物と取引をしていたノーム、プセマがスラムの女性を売り渡す手伝いをさせられていた。
「人体実験、か」
ベガは吐き捨てるように言った。
「しかし、何故、炎水がエンドに溢れていたのだ? シンゴの見た記憶の中では相当な量あった。サーラが戦の為に呼び出したとしても、砦の中で呼び出しては意味がないはずだ」
「……俺は、サーラたちも死物の手に落ちたと考えている」
俺は自分が思った以上に低い声で、それを告げた。
「オレが兄ちゃんについてくって言った時、強くないと人質に取られるって言ってた……。それが現実になっちまったってことか……だけど、何でサーラ姉ちゃんがエンドの砦を炎水だらけにしたんだ?」
「サーラ? 炎水? どういうことだ?」
水を飲みながら聞くヴェデーレに、俺は彼に肝心なことを伝え忘れていたことを思い出した。
「サーラは見た目ヒューマンだけど、ドワーフの守護獣、火蜥蜴なんだ。炎水を司り、ドワーフを守護する大地と炎の守護獣」
ばぶぅ!
ヴェデーレは飲んでいた水を噴き出した。
……そうなるよなあ。普通。
「しゅ、守護獣て、じゃあその剣は……」
「俺がサーラを目覚めさせた時、ドワーフが感謝を込めて贈ってくれたものだ。火蜥蜴の紋章はその証」
ヴェデーレはこの剣を一級品の魔具と見ていたが、実は神具に限りなく近い逸品なんだよなあ。サーラの加護を得てドワーフが作ってくれたものだから。
「ちなみにこっちのベガは、大地と風を守るケンタウロスの守護獣、天馬」
ヴェデーレは言葉を失ってしまった。
「守護……獣……」
「グライフに相当懐かれたと聞いた」
ベガはチラッと笑みを浮かべて言った。
「ならば君は一級品の獣使師だ」
「いやっそれはあのそのっ」
「ベガ、ヴェデーレが混乱するからやめてやってくれ」
「ああ、済まない。で、シンゴ、サーラたちとの繋がりはどうなんだ?」
「ほとんど途切れていると言っていい」
俺はベガにそう答えるしかなかった。
「もちろん、契約が切れたわけじゃない。神子契約は人と神が交わす契約の中でも最大級のもの、例え魔神が手を出してきたとしても破れない。ただ」
俺は一息ついて、現状を言った。
「契約が切れない限り俺に届くはずの彼女たちの信仰心が、今の俺には届いていない」
「最悪……ではないが、最悪に限りなく近い結果のようだな」
ベガは天井を仰いだ。
「サーラたちが信仰心を失ったならばその契約は切れている。シンゴが切れていないと言うのであればそうなのだろう。だが、信仰心が届かないと言うのは……」
「そうだな、俺の感覚で言うと……距離じゃない、位相が離れたくらいの場所に彼女たちは封じられている、そう思っている」
「イソウ?」
ヴェデーレとスシオが同時に口にした。
「あ~……別の世界? モーメントじゃない場所?」
「じゃあ、エンドの向こう側か?」
「その可能性も十分にある」
「魔神が……手を出してきている?」
「でなければ、エンドの砦がああなった説明がつかない。守護獣のサーラがドワーフも含めた人間を炎水で殺すなんてありえない。そして、合体種のようなあの獣……」
「あの妙な気配の奴か? 俺も死物か生物か区別がつかなかった」
「あれは、あのクソッタレのプセマが売ったヒューマンの女性と、研究の為と連れて行かれたケンタウロスの子供や成人が組み合わされた新種の……無理やり作られた魔獣の一種、だと思う」
「プセマ? 聞いたことあんな……」
ヴェデーレが呟いた。
「ケファルのプセマに心当たりあんのか? 兄ちゃん」
スシオに言われ、ヴェデーレは頭の中の引き出しを片っ端から開いて、答えを導きだした。
「思い出した。『嘘吐かない』プセマだ。精霊魔法の使い手で、トーノにちょくちょくもうけ話を持ち込んで……。女性を集めるとか、美容水を売るとか、そう言うヤツだ。あんまりにも怪しいんで、グルートンが片っ端から断ってたけど……」
「トーノ? グルートン?」
「ヴェデーレの友達だよ。トーノはハーフリングでグルートンはハーフドワーフ。他にハーフノームのクーレもいて、その四人でエンド行を決めたんだ。な?」
今度はベガが聞いたので、俺は説明した。
「ああ……トーノは欲の皮突っ張らせたおかげで死んだけど」
「切り口からして、恐らく新種の魔獣に首を落とされた。あの鉤爪は切り裂くものだ。人間の首なんて一発で落とされる」
「……で、どうする、シンゴ?」
ベガが聞いてきた。
「我とスシオを呼んだということは、それ相応の覚悟があると見たが」




