表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
135/155

第135話

 オフロ、なるものは、白く濁った広い池のように見えた。もっとも池には湯気はないけど。


 シンゴに言われるがまま、全裸になって、半分屋根がある広場に出ていく。


 横の小さな池で、お湯を被って、二ヶ月ろくに洗っていない体の汚れを落として、大きなオフロに連れられて。


 肩までつかると、何て言うんだろう、すごく気持ちが落ち着いた。


「はあ~あ~あ~……」


 シンゴの気持ちよさそうな声。


「気持ちいい……」


 むむむ……確かにこれは……。


 何か体にたまったうみがお湯に溶けて出てくような……。気持ちいい……楽で……お湯に浸かっているだけなのに身体がほぐれて疲れが抜けて行って……。


「気持ちいい……」


 俺も呟いた。


 思えばエンド往復の際は湯浴ゆあみどころか体を拭く暇さえなかった。


 俺、疲れてたんだな……。


 目を閉じて、全身を包む、微かに匂いの付いたお湯を全身で楽しむ。


「……悪い、ヴェデーレ」


 シンゴの声に、俺は目を空けた。


「シンゴ?」


「誰にも言わないつもりだったし、誰もここに連れてこないつもりだった」


「え?」


「俺の問題だった。誰も巻き込むつもりはなかった。なのに、結果的にお前を巻き込んだ」


「俺は巻き込まれただなんて思ってない」


 俺は反論した。本当は立ち上がりたかったけど、お湯に浸かっていたい欲に敗北している。


「俺は自分の意思でここまで来たんだ。……いや、オフロは気持ちいいけど」


「この後が大変なんだ」


 シンゴは顔の半分までお湯に浸かり、ブクブクと泡を吐いた。


「俺は何だと思う?」


「何だって」


 思いがけない問いに、俺は頭を捻った。


「レベル超高の魔法剣士?」


「魔法剣士じゃないんだ」


 空を仰いで、シンゴは言った。


「生神なんだ」


「ふうん、なるほ……」


 今度こそ俺は立ち上がった。


「生神ぃ?!」


 立ち上がった俺に、シンゴは悪戯がバレた子供のような気まずい顔をした。


「うん」


「それって、つまり、モーメントを再生するために降臨するって言う、あの?」


「うん」


 驚きだった。


 神なんて、いるかいないか分からない存在だと思っていたのに、目の前の俺と同年代の男は生きた神様なのだと言う。


 でも、何となくに落ちたこともある。


 浮世離れして、妙な能力をたくさん持っていて、何処かここではない場所を見ている目。


 人間の姿をした神様なのだとしたら、全てが納得いく。


 でも。


「生神って、神子を従えて、その力を使うんだろ? でも、シンゴはグライフだけだった。さっきの神官さんも神子だったとしても、少なすぎやしないか?」


 シンゴの顔が暗くなる。


「そう、それなんだよ」


 溜め息をついて、シンゴは立ち上がった。


「そろそろ出よう」


「え? もう少しいたいんだけど」


で上がるるぞ」


「卵みたいに?!」


 うん、とシンゴが頷くので、俺も慌てて立ち上がった。


 濡れた身体でオフロの前部屋に戻ると、俺やシンゴが置いていったタオルの他に、俺が着ていた薄汚れた服ではなく、新品の、清潔な服が置かれていた。下着も新しいのが出ている。


 あの美女が出したのかと思うとちょっと気まずいけど、着け心地は抜群だった。


「あ~さっぱりした」


「いいのかな、こんな気持ちいい思いさせてもらって」


 微力でもシンゴの力になれればと思ってついてきたけど、なんか歓待されているように思える。


「いいんだよ。この後が厄介なんだから」


「神様のシンゴでも厄介なのか?」


「生神だからこそ厄介なんだよ」


 頭を拭きながらシンゴは唸る。


「もうすぐもう二人来る。そうしたら話し合いを始めるから」


 俺はきゃあきゃあと甲高い声の聞える場所を見る。


 神殿の中庭のような場所で、子供が小さなロバと猫と一緒に走り回って……違う?


 あのロバ、神獣ではなかろうか。あの猫も猫って言うか、もっとデカい生き物だ。


神驢アシヌス灰色虎グレイ・タイガーだよ。その小型版」


 俺の様子に気付いたシンゴが教えてくれる。


「アシ……ヌス……? 聞いたことないな……でも灰色虎グレイ・タイガーって……岩山の聖獣じゃないか!」


「両方とも俺が創った神獣」


 シンゴは何でもないことのように言う。


「アシヌスはフェザーマンにとってのグリフィンのように、俺がドワーフに創った神獣だけど、ここにいるのはその小型版。あの子たちの遊び相手をさせるために創った」


 いやシンゴがフェザーマンしか乗れないグリフィンを自在に操れる理由が分かったわ。神様なら神獣創れるわな。ドワーフにあげたって言うならグルートンにも従うかな。従ったらグルートン喜びそう。自分が半分しかドワーフの血を引いてないのコンプレックスにしてたからな。


 そして灰色虎とは。


 岩山に住まう聖獣。善に善を、悪に悪を返すとも呼ばれている生き物だけど、聞いた話では相当デカいらしい。だけど子供と遊んでいるそれは大きめの猫ぐらいだ。足は太いけど。


「あの子たちの遊び相手兼護衛だ。原初の神殿には俺を信じる者しか入れないけど、いつ何時死物がここを襲ってくるか分からない。だから護衛のために創ったんだ。親御さんにも頼まれたし」


 溜め息しか出ねえよ。


 種族に与えられた神獣がどれほど尊いか。それは神が信頼してくれた証拠。その種族を神獣で守るという約束。シンゴはそれをドワーフに創り、小さなそれを子供たちを守るために創った。


 ……やっぱ、生神なんだな。


 その時、風が渦巻いた。


「うわ」


 中庭のはずの底に激しい風が吹き荒れて、渦を巻いて、消える。


 渦のあった場所には、スレンダーな知的美女と言っていいとんでもなく美人なお姉さまと、何処かトーノを思い出させる容貌の少年がいた。


「ベガ、スシオ」


 シンゴが前に出て手を出す。


「済まない、急に呼び出して」


「いや、私も状況を何となくだが飲み込んでいた。まさかこうなるとは思わなかったが……事態は急転したと言えよう」


「兄ちゃん、大丈夫か?」


「ん? ああ……スシオは? 少しは強くなったか?」


「ベガ姉ちゃん様やプフェーアト兄ちゃんに鍛えられてる。叱られてばっかりだけど」


「叱られてるんなら見込みがあるんだよ」


「そ、そうか?」


「うん」


 シンゴが笑った。初めて出会った時のあの笑顔だ。


 この人はこういう笑顔が一番いいな……。


「じゃあ、現状を直接報告するよ」


 礼拝堂に向かいながら、シンゴの笑顔は一瞬にして消えていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ