第134話
「ヴェデーレ?!」
グルートンとクーレが声をそろえる。
「正気か!?」
「正気だ」
今までだったら、悪友共に流されるままに流されていた。何処かへ行こうと言われれば、行きたくないけど行った。
だけど、今回は。今回だけは。
「俺も、シンゴと一緒に西へ行く」
「西は死物がいるのだろう?!」
「東だってそのうち増える!」
俺は言い返す。
「西は死物を撃退した! その手段を知りたい!」
そして、あんな顔をしたシンゴを残して行けない。
「それならば、俺たちもついてゆく!」
グルートンが吠える。
「そうだよ! ヴェデーレだけ行かせるもんか!」
「ヴェデーレ」
シンゴがグライフの頭を撫でながら、こっちを見ずに行った。
「俺のことを心配してくれるのは嬉しい。でも、危険だ」
「ダメだ!」
俺はシンゴの腕を掴んだ。
「確かにおれとシンゴは二ヶ月くらいの付き合いしかない! でも、そんな顔したお前を放っておけるか! 第一、俺に獣使師の才能があるって言ったのはお前だろ? この才能がお前の役に立つかもしれないんだろ?」
「…………」
ケガ一つしていない。死物を倒す腕が鈍ったわけでもない。
なのに、ここまで疲れ果てた顔をして、目の下にクマを作って。
心配になるじゃないか。
あそこまで無敵なシンゴがここまで疲れ果てた顔をするなんて、放っておけないじゃないか。
「友達になれたと思ったのは、俺だけだったのかよ……?!」
気付いたら、涙が落ちていた。
「……俺とついてくると、お前もキツイ思いをすることになるぞ」
「そんなの、やって見なきゃ分からないだろ?!」
「シンゴ先生、ヴェデーレの言うとおりだ」
グルートンも口添えする。
「ヴェデーレだけでも連れて行ってくれ。あそこまで強くて明るくて優しかった先生に、そんな顔をさせたくはない」
「うん、ヴェデーレに獣使師の才能があるって言ったのはシンゴだろ? 才能を育てる責任があるんじゃないか?」
シンゴは渋い顔で俺たちを見ていた。
「ヴェデーレを連れて行け、シンゴ先生」
「きっと僕たちよりはシンゴの役に立つよ!」
そうだ。
俺はグライフに頼んだ。
「グライフ、頼む」
「ぐる?」
「俺もついていきたい。お前は大丈夫か?」
「ぐる」
「グライフ」
シンゴが窘めるようにグライフの名を呼ぶ。
「グライフは大丈夫だって言ってるぞ」
はあ、とシンゴは息を吐きだした。
「危険だぞ」
「承知している」
「グルートンやクーレと、二度と会えないかもしれないぞ」
一瞬俺は二人の顔を見た。
二人は、少し戸惑って……そして力強く頷いた。
「覚悟は完了した」
ふー……とシンゴは溜め息をついて、グライフの手綱を取った。
「予想以上の大事件に巻き込むぞ」
「構わない」
「分かった」
シンゴはグライフに鞍をつけながら、言った。
「別れを済ませておけ。すぐ出発だ」
「グルートン、クーレ」
「忘れるな、ヴェデーレ」
背の低い二人は、俺の腰の辺りに抱き着いた。
「俺たちはずっと悪友だ」
「うん、ヴェデーレと、トーノと、グルートンと、僕。ずっと、ずっと」
「忘れない……忘れない」
「これを持って行け」
グルートンは懐からナイフを取り出した。
「それっ、お前のお袋さんが作ったって言う逸品だろ!」
「お袋の作品はまだある。だけど、その中でお前の使えそうなのはこれしかないだろう?」
「これも持ってって」
クーレが押しつけたのは、小さな光る石の付いた首飾りだった。
「これ、お前が最近作るのに成功したって言う……」
「【回復】の魔法が五回分入っている」
俺の手に押し付けて、クーレは涙のたまった目で見上げてきた。
「なくなったら、シンゴに、かけてもらって。【回復】……」
「うん……ありがとう……」
そして、俺は背を向けた。
「……行ってくる!」
グライフに跨ったシンゴの、その前に座る。
グライフが大きく翼を広げて、飛びあがった。
「元気でなー!」
「こっちは心配しないでー!」
声があっと言う間に届かない高さまで来て。
そしてシンゴは急降下した。
「シンゴ?」
まさか、ここに俺を置いてく気か?
グライフは森の中に着地して、シンゴも降りる。
「シンゴ?」
「このまま西へ飛んだら、さすがにグライフも潰れるからな」
しっかり手綱を握ったまま、シンゴは目を閉じた。
「【帰還】」
そう呟いた瞬間、クラっと視界が歪んで、景色がにじんで。
ゆっくりと景色が戻ってきた時、そこは森の中ではなかった。
神殿……の礼拝堂?
「ついた」
シンゴは呟くと、軽くグライフの頭を撫でた。
「ついたって……ここは何処……」
「大陸中央、『原初の神殿』」
聞いたことがある。
大陸のど真ん中に、世界を救済すると言う生神に捧げられた神殿があると。
ちょっと待て。
北東の端っこにいたのに、大陸中央まで一瞬?
「何、が、一体」
「お帰りなさいませ、シンゴ様!」
礼拝堂が開けられて、入って来たのは、ゾクッとするほどの美女だった。
神官服を着ているということは、この神殿の守り手?
「一応報告はしたけど」
「話し合いの前に、まずお風呂に入ってきてくださいな」
心配そうな顔に無理やり笑みを浮かべた美女は、白いタオルをシンゴに押し付けた。
「こういう時はお風呂に入るべきです。そう教えて下さったのは、シンゴ様でしょう?」
「……そうだったな」
クスッとシンゴが、……やっと笑った。
「じゃあ、風呂に入ってくるよ。グライフは任せていいか?」
「ええ。ゆっくり疲れを落としてくださいな」
言って美女は俺にもタオルを……今まで見たことない程大きくて手触りのいいタオルを渡した。
「え? え?」
「エンドまで行って、戻ってきたのでしょう? その間体を洗う余裕もなかったでしょう?」
「え、あ、はい」
「なら、お風呂に入ってきてくださいな」
「オフロ?」
「地熱で暖められた湧き水のことです。全身浸かると、とても気持ちいいですよ」
「でも、その」
「いいですから。ゆっくりしてきてください」
タオルを渡されて、俺は訳が分からないままシンゴの後についていった。




