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第133話

「済まない……」


 シンゴは疲れ切った顔で謝った。


「いや、シンゴ先生が悪いんじゃない」


 グルートンが首を横に振る。


「トーノの油断が生んだ結果だ、先生は何も悪くない」


「ぐるるぅ」


 心配そうにグライフがシンゴの所に行った。


「ぐる……」


「うん、グライフ、俺は大丈夫。……俺は」


「それより、一体何があったんだ? ケガはないようだがそんなに疲れ切って」


「見たいなら見てきてもいいよ……今は安全だから」


 言われて、俺は坂を駆けのぼった。


 最果ての地、エンド。


 守護者ガーディアンと呼ばれる人間の猛者たちが、死物の侵入を阻む砦。


 シンゴクラスの戦士がぞろぞろいて、死物と戦い続ける地。


 そこに、何があった?


 シンゴのあの顔は、何かとんでもなく精神的ショックを受けた顔だ。


 クーレが後から追ってくる。


 息を切らせて、脚がよれよれになって、坂を登り切って。


 俺は、言葉を失った。


 北の果て、冷え切った砦に揺れる空気がある。むわっとした熱気が俺の顔を炙った。


 もう一歩登って、全体が明らかになった。


 赤い炎水が、あちこちに広がっている。


 炎水、と分かったのは、グルートンのお袋さんが、無窮山脈には炎が水になった、ドワーフの宝物があるのよ、と教えてくれたからである。


 炎の水、の実物は、真っ赤に煮えたぎって、何人もの人を飲み込んでいた。


 それが守護者ガーディアンの躯であることは言われなくても分かっていた。


 エンドにいるのは隊商でなければ生粋の戦士や魔法使い、戦闘スキルがないと生きていけないからだ。


 鎧を着た躯、ローブを着た躯……たくさんの躯が転がってて、その中にはトーノと同じように首を失ったものもあった。


「はは……こりゃ、僕の【回復ヒール】は効かないね……」


 クーレが乾いた声で笑った。


「炎水に首切……どんな魔人が現れたんだ……?」


 グルートンも青ざめる。


 ただ、邪悪な気配はしない。エンドが落ちたなら、魔獣がどんどん通り過ぎてもおかしくないのに。


「すごい規模だ……」


 クーレが感動したように呟いた。


「何が」


「エンド全部に、強力な【聖域サンクチュアリ】がかけられている……これはない、どんな使い手が、この砦に……」


「一人しかいないだろ」


 魔物を倒し、エンド全体に【聖域サンクチュアリ】にかけるなんて、今ここにいるメンバーではシンゴ以外には考え突かない。


「とりあえず下りよう……」


 俺の声は呟きにしかならなかったけど、グルートンもクーレも頷く。


 シンゴは青ざめた顔で、地面に大の字になっていた。


「シンゴ先生、何があったのだ」


 グルートンが聞いた。


「エンドに何が起きたのだ」


「分からない……俺にも」


 起き上がって髪の毛をぐしゃぐしゃにしながら、シンゴも呟くように言う。


「言ったら、炎水マグマで満ちていた。首を落とされていた死体でいっぱいで、……妙な……獣がいた」


「妙?」


「神獣じゃない。聖獣でもない。かと言って魔獣でもない。敢えて言うなら、神獣と魔獣の間のような? そんな獣がいて、炎水の間を歩いていたのを倒したけど……」


「エンドは陥落した後、だったんだ」


 クーレの言葉に、シンゴは頷いた。


「何とか【聖域サンクチュアリ】で死物の侵入は防いだけど、いつまで持つことか……」


「あれだけの規模の魔法を使って? ってあの魔法はシンゴ?」


「ああ。だけど、この先が死物の世界だと言うのなら、いずれは破られる」



     ◇     ◇     ◇



 グルートンは、持てるだけの荷物を持って引き返すことにした。


 このままここにいても俺たちに特はないし、エンドが墜ちたことを伝えなければいけない。


 シンゴにグライフと一緒に先に行ってもらって……と思ったけど、「俺がいなくてみんな無事で帰れるの?」と言われ、誰も反論できなかった。


 トーノは金に汚くて欲の皮が張っていたけど、それでも重要なムードメーカーだった。あいつ一人いないだけで、こんな葬式みたいな空気になるのか……。


「モーメントは終わりだ……」


 誰からともなく、そう言い始める。


「エンドが墜ちたら……死物の侵入を誰が阻む……?」


「だったらお前が残れよ……一人食ったら満足して帰るかも知れないぞ……」


「本気か……?」


「本気……には、なりたくないね……」


 皆、よろよろと、歩く。


 シンゴが荷馬車を改造して、何人かで引いて前へ進む引き車を、全員交代で引き、台の上で休みながら、昼も夜も進む。休んでいる暇はない。出来るだけ早く、諸国にエンド墜ちるの報告をしなければ。


 シンゴは憔悴しきった様子で、でも必ず先頭を歩き、死物に警戒していた。


 グライフもまた、時折エンドの方を振り返ることはあるものの、必ず一番後ろを歩いていた。


 ここしばらく、グライフのブラッシングをしていない。


 腹を向けて、ここを撫でろと言ってくれた神獣は、休みなき移動に薄汚れながらも、警護の任務に徹していた。


 何度か、魔獣が追いすがることがあった。


 その時、大抵俺かグライフが気付いた。グライフが先に気付いた時には、俺にしかわからない独特の鳴き声で警告して、俺は魔獣たちにここを襲うのは得策ではないと心の中で言い聞かせる。


 疲れ切った生物の群れだ、となかなか魔獣は納得してくれなかったけど、無駄死にするよ、と言えば退いてくれた。


 エンドの様子ではどう考えても圧倒的武力と魔力によって堕とされたようにしか見えないのに、追ってくるのは魔獣ばかり。


 シンゴが張った死を跳ねのける結界、【聖域サンクチュアリ】が効いているんだろうな。


 でも、シンゴもそうはもたないと言っていた。


 クーレが教えてくれたんだけど、魔法の区分のひとつに、刹那魔法と持続魔法、永久魔法があるとか。


 刹那とは文字通り一瞬。パッと発揮してパッと消える。


 持続は、ある一定時間効果を発揮するけど、いずれは消える。


 永久は、その名の通り、半永久的に効果が残り続ける。


 だけど、この区分は実質は二つしかない、とクーレは言った。


 永久魔法……半永久的にその場に魔法を留める使い手は、いない。


 それこそ、神でなければ無理なのだと。


「そろそろ、果てを抜ける」


 シンゴが言った。


「もうすぐ、人間の境界に入る」


 歩いている人も、荷車を引いている人も、そこで休んでいる人も、ほっと息を吐いた。


 けど。


「伝えねばならない報告が……痛いなあ」


 グルートンが呟く。


「ていうか、まず信じてもらえるのかな? 僕たちはギルドにも入っていない紛い物。そんな僕たちの言うことを聞く人間なんて……」


「私が伝えます」


 クーレの言葉に、真っ青な顔で荷台で横になっていたイスティが手をあげた。


「私はこの辺りの研究者ギルドの所属です。ギルドから伝えてもらいます……この記憶球の中にエンドの現状が入っていますから」


 イスティが懐から取り出したのは、水晶球にも似た丸い石。ちょっと赤黒く濁っている。記憶球と言うのは、景色や音などを記憶できる魔具で、本当なら魔族や魔人の記憶を取って調べたかった、とイスティが嘆いていた。


「……シンゴ先生は」


「西に帰る」


 寄ってきたグライフの背中をパンパン、と叩いて、シンゴは疲れ切った声で言った。


「エンド陥落の報を、伝えなきゃいけない」


「シンゴ、俺も行く」


 気付いた時には、言葉が喉を通り抜けていた。


「俺も一緒に行く」

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