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第132話

「そら見ろ、何もないじゃないか」


 逃走中に回れ右して戻ってきたトーノは、必死で逃げようとしている荷馬を蹴飛ばして、荷馬車の幌の中に入った。


「ったく、シンゴも警戒しすぎなんだよ。……いや待てよ。そうやって俺たちの荷物を横取りするつもりだったとか? 冗談じゃねえ」


 とりあえず荷馬車の中から、売れそうなものを適当に抱え込んで。


 後ろに気配を感じた。


 ハーフリングの自分と同じ位の背丈。ハーフノームのクーレだろう。


「クーレ、来たか、この馬に【回復ヒール】かけてくれよ、泡拭いて」


 振り向いて。


 トーノの意識はそこで途切れた。



     ◇     ◇     ◇



「トーノは何処に行ったんだ!」


 グルートンが目を皿のようにして探し回るけど、あの小さい姿は見当たらない。


「まさか、戻ったんじゃ……」


 クーレが真っ青な顔で呟く。


「荷馬車には結構な値の商品が乗ってたんだ、それを置いて逃げるトーノじゃない……」


「くそっ、あの金の亡者が!」


「どうする、戻る?」


 クーレの恐る恐るの提案に、俺は首を横に振る。


「グライフが戻ろうとしない。つまり危険が去ったわけじゃないんだ。多分、この場所でもまだ危ないんだ。グライフがギリギリ安全だって判断しただけで」


「グライフの言うことが分かるのか?」


「分かる。何となくだけど」


 グライフが鷲の前脚で地面を掻いている。本当は戻りたくて仕方ないんだ。シンゴが俺たちを守ってくれって頼んだから。


「ぐる……ぐるる……」


 焦れたように唸るグライフの言葉に応えたかのような、微かな悲鳴が俺の耳に届いた。


「……トーノ?」


 その声がトーノのものに思えて仕方がない。


「グライフ」


「ぐるる」


 ダメだ、とグライフは俺を止めた。


 今戻れば、死ぬと。


「さっき、何か聞こえなかった?」


「いや、トーノも勘が鋭いハーフリングだ、自分の身一つであれば自分で守れるはず……」


 言いながらも俺は不吉な予感を断ち切れなかった。


 トーノがあの荷物を残して一人で逃げ出すはずはない……。


 シンゴ……。早く戻ってくれ……!


 いつでも逃げ出せるように準備をしながら、坂二つ逃げた先で未だ俺たちを庇うように身構えているグライフを見つめながら、俺は祈るしかなかった。



 グライフがゆっくりと前に進み出したのは、それからまた数刻経った後だった。


「大丈夫、なのか?」


「ぐる……」


 唸り声には微かに不安が覗いている。


「とりあえず、今、襲撃はないってことだよな?」


「ぐるる」


「お前、グライフと意思疎通ができるのか?」


「あーいや、何となく、何となくだけど分かるんだよ」


 クーレが不思議そうな顔をした。


「そこまで分かるものなのかい?」


「ブラッシングとかしてたら言いたいこと分かるようになった」


「やっぱり獣使師ビースト・テイマーの才能が……」


「今は俺の才能よりトーノだ」


 俺は低い声で、グライフの後を追う。


「なんか、嫌な予感しかしない……」


 ゆっくりゆっくりと前進して、上に登る坂道の途中で俺たちが置き去りにした荷馬車三台がいた。


 俺は周りの気配を確認する。うん、少なくとも、魔獣の気配はない。あの時……ここで感じたなんとも形容しづらい感覚も、今はない。


「!」


 俺はぴたりと足を止めた。


 獣の気配はしない……馬の気配すら。


 俺は荷馬車につないだままだった馬を確認しに行く。


「……な……」


 馬には首がなかった。


 三頭立て荷馬車を引いていた九頭の馬。そのどれにも首がない。血が流れた跡すらない。すっぱりと斜めに切り取られていた。


「ヴェデーレ、どんな……」


 回り込んできたクーレが絶句する。


「グルートン!」


 やってきたグルートンも、首なく死んでいる九頭の馬を見て絶句した。


「どういう技量と刃物だ、一体……。こんな切り口は初めて見たぞ……」


「まさか、シンゴじゃあ……」


「いや、シンゴ先生ではない」


 グルートンは即座に否定した。武器に精通したドワーフの血を引く彼はこういう時に正しい判断を導き出す。


「シンゴ先生の得物はソードだ。ソードは叩き斬るもので、こんな鋭い切り口は出来ない。これは、恐らくは曲刀シミター……しかも最高級の逸品じゃないと作れない。シンゴ先生の腕があればできるだろうが、得物が違う。大型の曲刀シミターだ」


「うわああああ!」


 死物研究家を名乗っていたイスティの悲鳴が聞こえた。


「どうした!」


「あ、あれ、あれ」


 腰を抜かしたイスティが幌馬車の中を指差している。


「中?」


 覗き込んで俺たちは絶句した。


 トーノだ。


 だけど、トーノなのか?


 服も、体格も、小さい頃から見知ったトーノのもの。


 なのに。


 首がない。


 倒れ伏したトーノには頭が失われている。周りには血すらない。


 悲惨で凄惨な光景なのに、血の一滴も、匂いすらないと言うことで、ここまで非現実的な光景に見えるものなのか。


 俺は、ゆっくり馬車に入って、その身体をひっくり返した。


 クーレが作った魔法薬ポーションや、薬草を後生大事に抱えている。


「取りに戻ったのか……売れそうなものを」


「金の亡者が!」


 グルートンが吐き捨てるように言う。


「命あっての物種とあれだけ言っておいたのに!」


「バカ……材料さえあればいくらでも作れる物に命を懸けるなんて!」


 クーレも目を伏せて声をあげる。


「多分、危険だって分かってなかったんだ……グライフやシンゴがあそこまで警戒するってのは命に直結する危険だって実感が、まるでなかったんだ……」


 悪友四人組。


 仲良し四人組だった。


 ヒューマン、ハーフノーム、ハーフリング、ハーフドワーフ。種族も寿命も違うけど、仲も良くて色々悪さもした。


 こんな所で、こんな形で別れになるだなんて。


 馬鹿野郎……。


 ぱた、と床についた手の甲に何かが落ちて、それが俺の涙であることに気付いた。


「シンゴだ!」


 俺たちは馬車から飛び出してそちらを見た。


 坂の上から下りてくる人影。


 軽く足を引きずっている。片足を引きずってるんじゃないから、ケガをしたわけじゃないんだろう。


 ただ……とてもとても疲れていることだけは、分かった。


「シンゴ先生!」


「大丈夫か……みんな、無事か……?」


 声も低い。


 首のない馬を見て、そして馬車から出されたトーノの遺体を見て、シンゴは全てを悟ったようだった。

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