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第131話

 旅の速度はさらに加速した。


 一番襲撃回数の多い魔獣が、近寄って来なくなったんだから無理もない。


 魔獣だけで来るパターンはほぼなくなり、魔物や魔族が従えた魔獣も何となく戦闘意欲がなかった。


 ……俺が、魔獣に、戦うと無駄死にするよ、と言っているのが効いてるんだけど。


 シンゴ調べによれば、獣使師ビースト・テイマーの訓練とは、最初は犬や猫、牛や馬と言った人間に親しい動物と接触することから始まるそうだ。彼らの意図が確実に分かり、支配下に置けるようになったら、次は野生動物。と言っても小型のリスとか鳥とか、そう言うの。彼らが命令に従ってくれるようになると、シカやイノシシと言った草食や雑食の野生動物。


 一流と呼ばれる獣使師ビースト・テイマーが狼や熊と言った大型肉食獣を使役できるようになれる。


 じゃあ、神獣や魔獣は? と聞くと、「そりゃあ……」と笑われた。


 神獣は基本生み出した神と、その神に従うようにと言われた種族にしか従わないから接触機会もない。魔獣は死物と生物の中間にあるような存在で、生存本能と破滅本能が相まっている存在なので、人間が扱うのが難しい。


 そんな獣と意思疎通ができるのは、世界でも五人はいないだろう、とか。


 俺が果たしてそんな獣使師ビースト・テイマーなのかは分からないけど、少なくとも魔獣の脅威からは逃れられている。


 動物の気配にも鋭くなった。


 魔獣だけじゃなく、近くの肉食動物の接近にも気付くようになった。


 本気で目指してみるか、獣使師ビースト・テイマー


「目指すんなら手伝うよ」


 言ったのはシンゴだった。


「魔獣を退けられるなんて、旅がずいぶん楽になるだろうし」


 お世辞かも知れないけど嬉しかった。



 そんなある日、上り坂を先頭切って歩くシンゴが立ち止まった。


「どうしました、シンゴ先生?」


「いや……何だろう」


 シンゴは顎に手をやって考え込む。


「何だろうこの気配。死物……も近いけど、生物……にも似て」


「エンドが近いのでは?」


「そう、なのかもしれないけど……う~ん……」


 シンゴの言いたいことは、俺にも分かった。


 街道の先……上り坂の向こうから感じる気配は。


 獣……魔獣……? いや魔獣とは微妙に違う獣……。なんだろ……。


「どうしたのヴェデーレ。君まで難しい顔して」


「クーレ、警戒したほうがいいかもしれない」


 クーレが、疑問形の顔でこっちを見る。


「なんか、得体の知れない気配がする。シンゴも感じてるんだろうけど、なんか、死物とも生物とも言えない……」


「ヴェデーレがこういう時にそう言うことを言うとは思わなかったけど、何かあるのかい? ヴェデーレが気配分かるってことは、新種の獣とか……」


「いや、そう言うのとは違うなあ……」


 知っているような、知らないような気配なのだ。


「俺一人で行ってみるから、みんなはここで待っていてくれる?」


「危険ではないのか?」


「うん。だから俺一人で行く」


 シンゴはグルートンを見た。


「もしグライフが、逃げろって合図したら、俺のことなんか無視してまっしぐらに、グライフと離れないように逃げるんだ。荷物なんか置いていけ」


「先生……」


「頼んだよ」


 シンゴはタッタッタっと上り坂を軽いステップで登って行った。


「先生がそう言うなんて……一体何があると言うんだ」


「地図によれば、この坂を登ればエンドのはずなんだけど」


 う~んとクーレも唸る。


「危険なのは覚悟の上だけど、シンゴさんがああいうことを言うとなると、僕たちの予想を上回る危険があるのかもしれない」


「冗談じゃない、こんな重い荷物持ってはるばるきたのは金儲けのためだ。金が儲からなかったら意味ない。荷物も置いて行けるか!」


「命あっての物種と言うではないか」


トーノを叱りつけてから、グルートンは真剣な目で坂の向こうを見上げた。


「シンゴ先生……頼みましたぞ……」


 グライフがのっそりと前に出てきた。


「どうしたグライフ様」


「多分、シンゴが警戒してるんだ」


 俺は渇いた唇を舐めた。舐めても舐めても渇く。


「シンゴがグライフに合図したら、グライフが逃げる。俺たちもその後を追ってまっしぐらに逃げるんだ」


「しかし、シンゴ先生は」


「むしろ俺たちがいる方がヤバいんだ」


 グライフがピリピリしているのが伝わってくる。緊張で唇が渇く。


「シンゴ一人ならどうとでもできる。でも俺たちを守りながら戦うと手が回らないんだ。いざとなったら本気で逃げた方がいい」


「本気かよヴェデーレ!」


「本気だよ」


 皆は知らないけど、俺は魔人レベルになりかねない魔族との戦いを知っている。あれだけ戦えるシンゴが、グライフが、そこまで緊張するってことは、……何かわからないけど、最悪の事態も考えた方がいい。


「冗談じゃねぇぞ、全く、本気で」


 ブツブツトーノは呟いている。


 グライフのピリピリが、だんだん強くなって行っている。


 なんだ……何が……グライフが緊張するほどの何かが……。


 その時。


 俺たちの先頭で坂を見上げていたグライフが振り向いた。


 逃げろ!


 と、神獣が叫んでいる。


「グルートン、撤退だ!」


 俺は叫んだ。


「グライフが逃げる! とにかくここから逃げないと!」


「お、おう!」


 グルートンが走り出す。


 商人も、守護者希望も、研究者も、一斉にグライフの後を追う。


「何があったんだ!」


「分からない、分からないけど」


 俺は走りながらグルートンに返す。


「恐らくは戦いだ! 俺たちを守ってる余裕もない程の! 俺たちにできるのは、シンゴの足手まといにならないよう逃げるだけだ!」


 グライフの後を追って、全員、必死で走った。


 しばらく走り続けて、グライフが足を緩め、振り返る。


 視線が俺たちに投げかけられている。


 疑問の感覚。


「どうしたんだ? グライフ」


 足りない。


 その目が言っている。


 一人、足りない!


 俺はすぐにその一人に気付いた。


「トーノは?!」

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