第13話
傍から見てもお腹がポッコリと膨らんだ虎は、俺の膝の上でゴロゴロと喉を鳴らしていた。
ペット、飼いたかったんだよなあ。
養われの身でそんなこと言えなかったから黙ってたけど、猫のあつまる公園とか犬の散歩コースとかに寄っては見るだけで心和まされてたんだよなあ。猫カフェは憧れだったけどお金がかかるから無理でした。
でもこの灰色虎は可愛い。
確かに手足はがっしりしてるしライオン並みの大きさになったら迫力、だろうけど、それはそれでカッコいいじゃないか。
「ぅな?」
ぼんやりと考えに耽っていた俺の、膝の上の子虎はいつの間にか俺の胸に足をかけて俺の様子をうかがっていた。
「え? 考え事してるって気付いた?」
「灰色虎は狩るべき獲物と信頼すべきものを見分け、恩義を重んじるという。岩山付近で暮らす一族は虎の餌を山に置くと言うな。それだけで虎に襲われる可能性が低くなるだけではなく、山で他の獣に襲われた時助けに来たという伝承もある。それを真似た毛皮狙いの狩人が山の中に餌を置いたが、結局狩人の餌は一度として食されたことがなく最後には狩りに入った山で食い殺されたそうだ」
「へえ。お前そんなに賢いの」
「なぅ!」
頭を虎に近付けるとごっつんと頭をぶつけてくる。可愛い。
「名前をつけなきゃなあ……」
縞を除けばお高い猫、ロシアンブルーによく似た色と青い目。うん、可愛い。
「じゃあ……コトラで」
「コトラ?」
「虎縞で小さいから」
「成長したらオオトラか?」
「かもね。どーだコトラ、お前、名前気に入る?」
「なぅ!」
天に掲げたコトラは、元気よく鳴いた。
シャーナがずっと不満そうにしているけど、一度雲の上に降ろしたコトラはシャーナの膝に頭をごっちんしてすりすりしてから、レーヴェの匂いを嗅いで、これまたごっちんして、俺のすぐ後ろを定位置に座った。
「虎……いえ、コトラは何をしたのでしょう」
「挨拶」
レーヴェは呆れたように言った。
「猫や大猫は軽く頭をぶつけて挨拶するんだ。知らんのか?」
「……私が生まれたのは世界が滅びかけた後ですから……」
「じゃあ覚えておけ。コトラが神子となったからにはな」
しゅん、とシャーナは落ち込む。
「シャーナ?」
声をかけてみたけれど、シャーナは答えない。
まずいな。何と声をかければいいのか……。
ぅな、とコトラは立ち上がって、再びシャーナの所に向かうと、その膝にスリスリする。
「え? あ、えと?」
「コトラえらいなー。落ち込んでる人分かるんだ」
シャーナは恐る恐るコトラに手を伸ばした。
その手に頭をごっちんして、ぐるぐると擦り付ける。
「私を……慰めているの?」
「そうだな」
ゴロゴロ喉を鳴らして摺り着くコトラに、シャーナはそっとその頭に手を置いた。
「……柔らかい」
「野の獣だから捨て置けと言ったのは反省しておくべきだな」
レーヴェは微かに微笑んだ。
「野の獣でも恩義があるんだ。特に灰色虎はそれが強い。助けた主君とその僕に恩義を感じたんだろうな」
「ごめんなさいね、捨て置けなんて言ってしまって……」
「ぅな!」
気にするな、と言いたげにコトラはシャーナのお腹の辺りに頭を擦り付けた。
「さ、本来の目的地に移動するか」
「無窮山脈だな」
俺は導きの水晶に再びドワーフを念じて、雲を走らせた。
遠くに、半端なく高い山の影が見えてきた。
左手側から照らす夕日が山の稜線を描いている。それが半端なく高く広いのだ。地平線、ではなく山脈線と言えるような感じで。
無窮、即ち果てのない山脈と言われれるだけのことはある。
その中でひと際高い峰が、ドワーフの住む山、『天の屋根』だろう。
「滅びかけた世界では金属も採れなくなるの?」
「世界に力がなくなると言うことですから」
シャーナさんが目を細めて無窮山脈を見ながら言った。
「植物も金属も、世界の力から生み出されていると言います。世界から力が失われたから、植物も枯れ、鉱物も枯渇すると言います」
「つまり、あの山の鉱石もなくなったってわけ?」
「少なくともこちら側に流れてこないくらいには減ったのだろう。そもそも鉱山は鉱石を加工するために木々を切り、使う。だから、あの山脈はほとんど木が残っていない。食べる物に困って山を下りた可能性もあったが」
導きの水晶は真っ直ぐ北……山脈を指している。
「ドワーフはいまだに山脈に住まっているということだな」
チラリとパンと干し肉を見る。まだまだ【神威・増加】で増やせるけど、パンと干し肉だけを増やして人間が生きていけると思えない。畑を耕したり獣を狩ったりするには金属とその加工が必要となる。つまり、無窮山脈を【再生】しなければならないけど、今の信仰心じゃ山全体を【再生】するにはかなりの時間がかかる。
とにかく、ドワーフに会って、その中の誰かに神子になってもらわないと、鉱物の【再生】も農耕具の【再生】も出来ない。
夜になる前につきたいな。
俺は雲を急がせた。
視界いっぱいが山肌になって、陽も沈んで辺りは暗くなった。
「そう言えば炎とか光とかって【属性】はなかったな」
水晶の指す光だけが光源。
山に近付くにつれて光が上に向かって行くので、山肌に沿って上昇していく。
やがて、雲が静かに止まった。
「どう、なさったのです?」
「行動限界だな」
M端末に書いてあった。雲が一日に踏破できる距離には限度があるって。
でも、だからって困りはしない。
「とりあえず、ここらで食事して寝るか」
「寝る場所は?」
「この雲」
「……寝心地は良さそうだが、安全なのか?」
「雲には結界があって、休息にも役立つって書いてあったから」
雲が広がって、三人と一匹がどれだけ転がり回っても安全な広さになった。
「じゃあ、ここで一晩過ごして、朝からドワーフ探しにしよう」
結構山の上の方にあるのに寒くないのも結界のおかげだろう、俺たちは横になってうとうとしていた。




