第127話
「うおおおおおおお!」
ダークエルフが吠える。
「ヒューマンごときが……馬鹿にするなぁっ!」
ぞおっとするほどの魔力が溢れ出す。
まともに受ければ身体がおかしくなりそうなほどの魔力に、シンゴは平然と身をさらしている。
俺に影響がないのは、シンゴの盾のおかげだろう。
だけど、シンゴを巻き込むほどの魔法と来たら、【石壁】で守られているみんなも危ない。
シンゴに頼まれた約束、果たすのは今だ。
「はっ、はんっ!」
俺は無理やり声を絞り出した。
「ここにいる俺一人すら殺せないヤツが、あいつを倒せるはずないだろ!」
今まで俺のことに気付いてなかったらしいダークエルフが、俺の方を見る。
「まだいたのか……人間」
「ずーっといたよ、ここに! 気付かなかっただろうけどね、魔人になれそうな魔族さんは!」
ダークエルフは一瞬顔色を失った。
その後、その顔に血が上ってくる。
「ヒューマンごときがっ」
ダークエルフは、俺に気付いていなかった迂闊さと、気付かなかった相手に馬鹿にされた怒りで、完璧に意識が俺の方を向いた。
「ならば死ね、【炎爆!】
凄まじい熱が俺目掛けて襲ってきた。
シンゴは言っていた。この盾の陰にいる限り俺は無事だって。
信じる。俺たちのために戦ってくれたシンゴを。
信じる!
熱風が来る。来る……来た!
その時、不意に。
熱風が消えた。
「え?」
俺は思わず盾から顔をのぞかせた。
そこには。
炎の爆発に襲われているダークエルフがいた。
「がああああ!」
ダークエルフが悲鳴を上げる。
まさか……この鏡みたいな盾が、跳ね返した? 魔法を?
だからシンゴは、俺は絶対安全だって言ってたんだ。
だけど、魔法を跳ね返す盾なんて、普通身につけたら手放さないだろ? 敵の不意を突くためとはいえ、俺を守るために貸すだなんて……。
「はい、残念でした。死ぬなら一人で死んでください」
シンゴはそう言うと、何のためらいもなく、剣で……。
ダークエルフの胸を貫いた。
「があ……あああ……」
何も巻き込めず死ぬことを、死物たちは「無駄死に」と言う。
なら、このダークエルフは間違いなく無駄死にだろう。
せっかくエンドを抜けてモーメントにやって来たと言うのに、エンド行の俺たちに手を出したことで、自分一人で死んでいくんだから。
ダークエルフの身体が力を失い、形を失い、塵と化し、風で飛んで行った。
グライフが駆けてくる。
「ぐるっ、ぐるるっ」
「俺は大丈夫。お前は?」
「ぐるるぅ」
「ああ、彼も大丈夫だよ」
「え?」
シンゴとグライフがこっちを見てる。
「え?」
「ああ、グライフが、君が大丈夫かって」
グライフが?
神獣グリフィンが、懐いてもいない人間の心配をする?
「だって、言ったろ? 初めて会った時、君、グライフにありがとうって」
初めて会った時……。
そうだ、助太刀に来てくれたシンゴが言った。気付いたのはグライフだから礼はグライフに言ってくれって。
で、俺は、ありがとうって……。
あれ? あれで? あれだけのことで、グリフィンが人のことを心配する?
「グライフは律儀だから」
「いや律儀って言葉で済むの?」
「グライフが自分に礼をした人間を覚えていた。だから心配した。問題ないだろ?」
【石壁】を解除しながら、当たり前のことのように言うシンゴに、俺は恐る恐る聞いてみた。
「あの……いい?」
「ん?」
「グライフ、撫でてみて、いい?」
昔から、グリフィンと言う生物を撫でて見たかったんだ。
凶暴だって言うから諦めた夢だけど。
だけど、目の前に、俺の心配をしてくれるグリフィンがいるなら、撫でることも可能だろうかと。
「どうぞ」
許可はあっさり下りた。
「あの。いい? グライフ?」
「ぐるっ」
恐る恐る近付くと、あっちから頭を出してきた。
そっと、その頭に触れてみる。
思ったより滑らかな羽毛の手触り。
頭を撫でて、嘴を叩き、鷲の身体と獅子の身体のつなぎ目の辺りを触ってみる。
グライフの様子を伺うと、グライフは気持ちよさそうに目を細めていた。
「うわ……」
小さい頃からの夢だった、神獣に触れること。
こんなところで夢がかなうなんて。
しばらく撫でまわして、俺はやっと手を離した。
「ごめんな、戦って疲れてるだろうに。もう休んでいいよ」
「ぐるるぅ」
軽く俺の腹の辺りに頭をぶつけると、グライフは焚火の傍で丸くなる。
「俺も寝るわ。今晩は何もなかったってことで」
鏡のような魔具の盾をマントの内側に引っ込めて、シンゴも小さく欠伸する。
「今晩のことは何もなかったってことで。いい?」
「あ、うん」
俺は頷いて、焚火をつついて少し大きくした。
「じゃあ、朝までは寝させてもらうよ。君ももう少しすれば交代だろ? それまでに気持ちを整えておくといいよ」
言うと、あっという間にシンゴは夢の中に行ってしまった。
何もなかったかのように。
そうだよな。何もなかった。シンゴはみんなを起こす必要はないと判断した。俺も起こさない方がいいと思った。そしてみんな眠ったまま、戦いは終わってしまった。なら、何もなかったんだ。
グライフの身体が呼吸に合わせてゆっくりと上下する。
すげえな、俺。
シンゴの戦いぶりを目の当たりにして、おまけに神獣に触るなんて夢まで叶って。
いいのかな、これから世界の果てに行くって言うのに、こんな幸せになっちゃって。
シンゴとグライフが眠る姿を見ながら、俺は独り言ちていた、




