第120話
ケンタウロスの草原、プラートゥムへ跳んで、自在雲に乗って、まっしぐらに北へ向かう。
自在雲で、ある程度高度を取って、結界で見えないようにしながら進む。
飛べるグライフも大人しく自在雲に乗って羽根を閉じている。賢いのはいいことだ。
コトラが身を乗り出してクンクンしているのは、やはり空気の匂いが違うのだろうか。
「それにしても、これだけ自在雲を飛ばしてまだつかないって……」
「無窮山脈が巨大すぎるからな」
サーラが端末を出すように言った。
マップを出して、無窮山脈と、今まさに記入されている位置を見せた。
北東の無窮山脈は、俗にいうエンド……最果ての場所からそびえ立っている。
「無窮山脈があまりに高すぎ、険しすぎて、さすがの魔物もここを越えようとするのは少ない」
「なるほど……」
「無窮山脈を避けるとすれば、そこの途切れる場所、北西の隙間、エンドに来るしかない」
エンドがそれだけ小さいポイントだから、世界が魔物でいっぱいになっていないのだ。
だけど、プセマが魔物と取引をして、商品と言う女性を北に連れて行ったと言うと、エンドの守護者が何をしているか分からない。
エンドの確認と、場合によっては魔族・魔人との会敵、情報収集。それが俺たちの目的だ。
「に、しても、まだ道は続いてるんだな」
俺は雲から地面を眺めた。細い道がうねるながら続いている。
「そうだな、空中と言う最短距離をこの速度であれば、まあ……あと四日と言ったところか」
自在雲のこの速度でそんだけかかるって、無窮山脈どんだけデカいんだ。
「ぅなっ」
「どうしたコトラ」
「ぅな、ぅな、ぅなっ」
ブランも地面を見下ろし、グライフが雲の表面を引っかく。
「敵か?」
「ぅな」
すかさず俺は自在雲のスピードを落として、コトラが見下ろす先を見た。
隊商のような幌付きの馬車が五台。
この高度からははっきりわからないが、恐らくは、十頭程度の魔獣に襲われている。
しかし、自在雲を下ろすわけにはなー……まだ生神が近付いてるって知られない方がいいよなー……。
「ぐるる、ぐふっ」
急かすような鳴き声に振り向くと、グライフが翼を広げて前脚を蹴っていた。
「なるほど、神具よりお前の方がまだ言い訳がつくよな」
「ぐるぉお」
「グライフに乗るの?」
小首を傾げるアウルムに頷く。
「確かに、神具に乗る人間より神獣に乗る人間の方がまだ説明がつきやすい」
サーラが頷く。
「だが、それでもグリフィンはフェザーマンの神獣で、それに乗れるヒューマンは英雄勇者と呼ばれる者ばかりだ」
「生神よりは目立たないだろ?」
「……そうだが」
「エンドには我こそは守護者たらんとする人間が大勢集まってるんだろ? なら問題ない、フェザーマンを助けたお礼に神獣を手に入れた俺こそが守護者たらんと向かう分には問題がないんじゃないか?」
「……確かに」
サーラが唸るのに、俺は首を竦めた。
「このまま自在雲で行って姿を現せば、俺の正体なんて知っている人間にはあっさりバレちまう。それだったら、守護者希望として正面から行けば誰も疑わないだろう」
「潜入調査か」
「シンゴ一人?」
ミクンが聞いた。
「アウルムならともかく、誇り高いグリフィンが同時に人間二人に忠誠を捧げるはずがない。一人蹴落とすだろう」
「え? グライフに結構あたしとアウルムで乗ってるよ?」
「グライフはシンゴに忠誠を捧げているからな」
「ぐる、ぐる」
「忠誠相手の命があれば乗せてくれるだろう」
「ぐるるぅ!」
誇り高くグライフが鳴いている間にも眼下では隊商たちが傷付けられている。
「じゃあサーラ、こっち任せた、俺地上ルートで行くから」
「お兄ちゃん、気をつけてね」
「アウルムもな。みんながいないと俺の力がなくなるんだからめいっぱい気を付けて」
手を振って、グライフに飛び乗って雲の操縦権をサーラに渡すと、俺は一気に急降下する。
悲鳴が聞こえてきた。
◇ ◇ ◇ ◇
「くっそう、勝てねぇ!」
「誰だ、エンドなら商売できるって言ったのは!」
「文句があんならついてくるんじゃねぇよ!」
「叫んでる間があるなら戦えよ!」
愚痴と文句が次々に湧き出るのと同様に、魔獣も続々と湧き出てくる。
やっぱ、俺たち、エンドを甘く見てた!
最果ての地、守護者とも呼ばれる人間の強者たちが死物から世界を守っているある意味異世界。そこにはモーメントにはないものがあり、逆にモーメントにはあるのにエンドにはない商品を持ち込めば、と、悪友たちの計画に乗ったのがまずかった。
エンドまでまだ二週間以上はあるのに、こんな所で魔獣に襲われ、そして勝てないで……。
もしかして、ここで、死ぬのかな?
思わず天を仰ぐ。真っ当に商売していれば儲けは少なくても無事で生きられたはずなのに……。
ん?
まっしぐらに、こっち目掛けて突っ込んでくる影。
まさか、空を飛ぶ死物が現れたとか?
魔物は空を飛べないと言うけれど、空を飛べる人間がいるんだから空を飛ぶ魔物がいてもおかしくないとずっとずっと思ってたけど、そんな新種を見つけてしまうだなんて……。
ああ、神様。
商売の神ラーデン様、どうか、俺が死ぬときは、頭からガブッと……。
「頭抱えて伏せてろ!」
よく通る……男の声。
反射的に、俺は頭を抱えて地面にへばりついた。
「ぎゃあっ!」
「ぎゅいっ」
「ぎひゃああ!」
悲鳴……人間のじゃない。獣の。
「……え?」
「……あ?」
悪友たちの呆けた声。
顔をあげた先には、フェザーマンの神獣グリフィンに乗った、恐らくはヒューマンの青年がいた。




