第119話
サーラめ、こっちをからかって楽しんでやがったな。
何とか着替えて、半分ゆでだこのような顔をして風呂から出てきた俺に、帰ってきたレーヴェやヤガリ、ミクンは目を丸くしていた。
「何かあったか?」
「何と言うか、その、説明が難しいんだけど……」
「サーラおねえちゃんがシンゴおにいちゃんのオフロに入ったの」
「いや、何の問題にもならないだろそれは」
「いや、ちょっと待って。風呂って言うけど、……お風呂二つあるよね、サーラはどっちの方に入っていった?」
勘働きの鋭いミクン、でも待って今ここでその勘をアピールしないで!
「男の人用」
ああアウルム素直に育ってくれて嬉しいけど今この時にその素直さを出さないで!
「やっぱり」
ミクンは完全にあきれ顔。
「シンゴ、サーラにからかわれてんだよ。忘れちゃダメだよ? 相手は人間の姿をして言葉を喋るけど獣だよ? 猫が入って来たとでも思ってスルーしなきゃ」
……猫はあんなバインバインなお姉さんの姿してません。
ついでに言えば人をからかうために全裸で風呂に入ってはきません。……獣は大体全裸だけど人間の形している限り服を着ているのでサーラは論外。
でもこれ言ったら俺がケダモノになっちゃうので黙ってる。
「シンゴ、その深刻な顔、まさかサーラに手を出したとか……」
「してない! それだけはしてない!」
守護獣に守護されているヤガリの不審そうな目に、俺は首を横にシェイクさせる。
「ていうか俺が先に男風呂入ってたの! サーラがいきなり浸かってたの!」
「いや熱弁しなくてもそれくらいは分かる。あと、守護獣は名付けの者の創造した姿になると言うことも知ってる」
「あ、それでサーラ、あんな体してんだ。……ベガは?」
「好みの姿が二つ三つあったとておかしくはないだろう?」
サーラが神を拭いながら戻ってきた。
「せっかくだから、自分の好みの肉体、じっくり観察すればよかったのに」
「できません!」
からかわれているのはわかっているけど、平常心で好みの身体をまじまじと観察できるほど俺は枯れてはいません。てか男なら興奮するよな? 好みのタイプの身体と顔持ったお姉さんが全裸で風呂入ってきたら興奮するよな? そして相手が炎水の守護者ってこと知ってれば、活火山の噴火口に飛び込むような真似しないよな?
「シンゴをからかうのはさておいて」
さておくな。
「次に行く場所は決定してるんだろう? シンゴ」
サーラが真剣モードに入ったのを確認して、俺も頷く。
「スシオが言っていた、プセマの取引相手」
それが死物だと、サーラは請け負った。
「体を弛緩モードにしていたから顔は分からないが、あの気配は間違いなく死物だ。プセマはスラムの女性を死物に売っていた」
旅立ったスラムの住人の何人かにも頼まれた。身内がプセマに連れて行かれた、もし出会う機会があったら……と。
あのノーム、嘘を吐けないことを逆手にとって、かなりあくどい商売をしていたらしい。
あ、思い出すだけで怒りが……。
サーラと三頭にボロボロにされていたけど、俺も脅すだけにしないで一発ぐらいぶん殴っておけばよかった。個人的精神衛生上の理由で。
「それが、全部北へ向かっていたと」
「北、ね」
北西を支配する無窮山脈の途切れる場所、地熱の恵みがない最果と呼ばれる場所は、生物と死物の暮らす世界の境界線だという。魔物はそこから現れ、モーメントに広がっていく。だから、人間、と呼ばれる中でも、守護者と呼ばれる強者たちが結集し、そこから魔物が広がっていくのを防いでいるとか。
「魔神はいなくとも、魔人クラスならばいる可能性もある」
「魔神は天界にいるって言ってたような気がするけど」
「天界か、黄泉かは分からないが」
サーラは顎に指を当てて考え込んだ。
「そもそも今現在、天界にほとんど神はいない。滅亡の神・魔神が最上段に座った時、人間を好く神は《《ほぼ》》粛清されたからな。残ったのはモーメントを終わらせるべきだと言う言葉に同意する神ばかりだ」
「《《ほぼ》》?」
「ああ、《《ほぼ》》、だ。残った神や守護獣は自らを世界に封印したり、己の力を封じてモーメントの生物として魔神の目を晦ませたりしている。世界に己を封印させた神の力もあって、まだ世界は完璧に破滅に近付いてはいない」
「つまり、サーラやベガのように?」
「そう。我々守護獣は自然の護り手として真っ先に封じられた。残った我が創造主がどうなったかはいまだに分からん。ドワーフを作り、勤勉を慈しんだ我が神はいまだに気配すらつかめん。この世界に逃れたならばいいが、天界で魔神に抗ったなら……」
「殺られた、と考えるべきなのか?」
「……ああ」
「世界を作った神を滅ぼしてまで、このモーメントを滅ぼしたいって言う魔神の気持ちが分からねえ」
「忘れるな。相手は死物だ。周囲を巻き込んで己が死ぬことを至高の幸福とする、生物とは相容れない存在だ。そんな存在を生み出す魔神を、それとは全く真逆の位置にいる生神が理解できたら怖いわ」
いや、全く分からない訳じゃない。
俺も人間だから、自分だけが苦しい思いをして、その上に誰かが立っていたら、意地でも引きずりおろして同じような苦しい思いをさせてやりたいと思う気持ちは分かる。ただ、俺は自分が死ぬのはゴメンだ。滅びたいなら一人で滅んでくれ、と言う感じ。
「実行には移すなよ」
心を読んだサーラが念を押してくる。
「移さないよ」
魔神をぶっ倒す時は魔神一人で死んでくれ、って気分だ。
「まあ、プセマがそこで取引しているってことは、エンドの守護者の目を逃れる何かかあると言うことだ。あるいは魔神と直接の接触を取れる魔人クラスがいてもおかしくはない」
「おし。魔人から魔神の情報聞き出しちゃろ」
「本当なら守護獣クラスの信仰心の持ち主がもう二・三人神子に欲しい所だが……」
「あ、だから、ベガはスシオを神子に推したのか」
「そう言うことだ」
サーラは少し不機嫌そうに頷いた。
「とにかく、守護者たちがエンドで何をやっているか分からないのだから、行ってみるしかないだろう」
サーラの言葉に、俺たちは頷いた。




