第114話
スラムの人間を全員、持って行きたいものも全部持ってくるように言うと、スラムの人間は駆け出した。
その間に、スシオがプセマに何らかの術あるいは改造を施した可能性があるので、【鑑定】してみた。
「……ああ、お前にかけられたのは簡単な催眠術だな」
「簡単、な?」
スシオは目を丸くする。
「俺、プセマに逆らえなくされたんだぜ? プセマの言うことなら何でも……」
「やらなきゃいけないっていう、催眠術……魔法の一種でもあるけど……を仕込まれたんだよ。心の奥深いところで、プセマの言ったことは絶対やらないといけない、って言う催眠。単純だけどその分強い。プセマが女を連れて来いって言ったら、逆らえなかったろ?」
「……ああ」
「でも、今回の件については、プセマの催眠術は「言ったことをやれ」で「言われたことをするな」じゃないからな。だからお前に口留めはなかった。さすがのお前でも、プセマが魔族と関わっているとは思わなかったろ?」
こくりと一つ、頷くスシオ。
「俺に何も言うな、と言う命令もなかった。だからお前は俺に警告できたんだ。おかげで俺は早く動けた。本当に、お前が、プセマに牙を剥かなかったら、どうなっていたか分からない。……ありがとうな」
「い、いやいやいやいやいいよ! そんな、兄ちゃんが、俺に礼を言わなくても!」
「『薄汚い』の二つ名も、お前がプセマの使いっ走りさせられてるからついたものだろ?
「……ああ」
「でも、その裏で、お前は反撃の機会をうかがっていた。プセマのアジトを探り、さらわれた女性の数を調べ、プセマがこっちに一服盛ろうとしていると知って俺に警告してくれた。お前はちっとも『薄汚』くなんかない。お前は勇敢で真っ直ぐだ」
「ち、違うよ」
「違わないよ。なあ、ベガ?」
スラムから街に通じる通路を見ていたベガが、微笑んで静かに頷いた。
「君は、プセマの呪縛を受けながらも、我が友を救うべく奔走してくれた。我が友に何かあれば、この世界はどうにかなっていたかもしれない。君は密かにこの世界を救ったかもしれないな。感謝する。……ありがとう」
「いや、姉ちゃん、俺は《《そんな》》立派な人間じゃ……」
「《《そんな》》立派な人間だよ、君は」
「サーラ」
プセマで存分に鬱憤を晴らして、多少はスッキリした顔をしたサーラも、スシオに頭を下げた。
「この一件はほぼ私の油断と慢心が原因だ。君がいなければ、正直、危なかった。君は私の恩人だ」
そこへ、わらわらとスラムの人間が戻ってきた。
「あの風はなんだ?」
一人が聞く。
「あの風?」
「スラムを取り囲んでいる風だよ。街の人間が入ってこようとすると跳ね返して追い散らしている」
「ああ、この街を閉鎖する、と言っただろう?」
ベガがさらりと言った。
「今更後悔して何とか連れて行ってくれと頼んでいる街民だ。しかし、我はあの中に救うに値する者なしと考えている。シンゴがいいと言えば……」
「俺は言わない」
言うと思った、とベガが笑う。俺の顔は多分苦々しくなっているだろう。
「血の審判とやらをやったっていいぜ。絶対俺勝つから」
「全員集まったようだな」
ベガに言われて、俺は顔をあげた。
「おう、大事な物持ったか?」
「しかし、本当に? おれらみんなを雇ってくれるのか?」
「ああ。それは約束する」
しかしまず、と俺は考えた。
「体を清潔にしなきゃな」
心話で用は頼んであるし、それが終わったとも連絡が来ている。
「ベガ、俺の言葉を街民やプセマに伝えることは出来るか?」
「もちろん」
すぅ、と俺は息を吸い込んだ。
「ケファルの街民! そしてプセマ!」
俺の声がうわんうわんと街中に響く。
「お前らは俺たちの品物を買いながら、俺たちを売り飛ばそうとした! だから! 俺もお前らを見捨てる!」
ひぃっと言う声が、遠くから聞こえた。
「反省するまで、お前らはこの街から一歩も出さない! 言っておくが、プセマに八つ当たりしても呪縛は解けないぞ! お前らもプセマと同じ穴の狢だからな!」
ベガとサーラが力を放った。街を閉鎖する力。遠くから跳ね橋の降りる音がする。頑丈に作った塀と堀が彼らを閉じこめることになるとは、この街を作った人間は誰も思わなかったろう。
「よし、とりあえずは原初の神殿に行こう。神威【帰還】!」
風が途切れた途端、押し寄せようとした街民の目の前から、俺たちは消えた、と、思う。
次の瞬間、俺とスラムの五十人近い人間が、原初の神殿の祭壇に到着した。
「はいとうちゃーく」
「え? え?」
スラムの人たちはきょとんとしている。
「お帰りなさいませシンゴ様!」
シャーナが袖まくりした姿で出迎えてくれた。
「さて、皆様、こちらへどうぞ」
スラムの人たちを連れて行った先は、サーラの力を借りて造った温泉である。
「男性の方はこちらで、女性の方はこちらでどうぞ!」
「え? どうすれば」
「お湯で体を洗って下さいな。全身浸かっても気持ちいいですよ」
「いや、お湯が汚れ……」
「お湯なんて汚れるもの! 汚れてこそのお湯ですわ!」
シャーナは笑って言うと、男性陣を男性風呂に追いやって女性風呂に女性陣を案内して行った。




