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第110話

 ぐつぐつと煮えたぎる鍋の中身は、獣を眠りに落とすとっておきの秘薬だ。


 コトラと呼ばれていた灰色虎や、グライフと呼ばれていたグリフォン、ブランと呼ばれていた新種の生物も、この秘薬で眠りに落とした。


 他の人間どもには、パンが買えない程貧しい暮らしを送るあの鬱陶しいスラム街の人間に渡した銅貨を使った。


 接触性の眠り薬。皮膚から吸収された薬は、疲れをトリガーに対象を深い眠りに落とす。パン一欠片すら手に入れることのできない貧民は大喜びで銅貨を受け取り、店に走った。


 自分が手を出したら、怪しまれる。だから自然に眠りに落ちるように待った。獣たちが異変に気付いた時にすぐ傍で秘薬の蒸気をかがせてやればイチコロだ。


 それにしても、エルフ、ドワーフ、ハーフリング、フェザーマンか。


「わたくしの研究に、非常に素晴らしい検体です……。どれもこれも、女で、一級品です」


 検体は女でなければならない。男など物の役にも立たない。だから奥で何をやっていたかは知らないがあの青年が街を探索に行ったのを確認して、眠りこけた人と獣を捕えた。


 まさか、金髪の美しいヒューマンが獣の本性を持っているとは思いもしなかったけど。


 本性が獣で人の姿を取れると言うのは、実は死物では珍しくない。人熊ワー・ベア人鼠ワー・ラットと言う魔族は人と獣の二つ姿を持つ。


 だが、彼女は間違いなく生物で、獣でありながら、完璧に人の姿を取る。


 そこで思い出したのだ。彼女らと会った時のことを。


 どの種族からも失われたと思われた守護獣から、下った審判。


 まさかと思いでも自分の秘薬は完璧で獣の属性を持つ全てを眠りに落とせるのであれば、よもやといつものつてで連絡を取り、交渉……する必要もなかった。


 あのけち臭い商売相手が言い値で買い取ると言ってきたのだ。


 だから、無茶なことを言ってやった。


 まさか、完璧に生物である自分が魔人になれるだなんて思っていない。自分は世界が滅亡した後も生き残りたいのだ。自爆したがる死物の内心なんて分からない。


 でも、捕らえた《《これ》》には、商売相手が上に聞いてくる、と言うほど……価値があることが分かればそれでいいと。


 もし交渉が決裂したとしてもそれはそれで問題ない。自分の研究に使うまでだ。


「ふほほほ……どちらに転んでも、わたくしは痛くない」


 男は笑って、眠るサーラを見下ろした。


「それにしてもまあ、美しい生物です。なるほどこれが、守護……」


「分かってんなら……」


 唐突に聞こえた声に、彼は震えあがった。


 それだけの怒りを秘めた、男の声。


「その手放せ変態ノームぅっ!」


 わびしい造りに見せかけて、実は何重もの織りと魔法で強化されたテントの布が、あっさりと切り裂かれた。


「ななな、な?」


「俺の大事なみんなに手ぇ出してくれるとは……」


 次の瞬間、吹き込む暴風。


「いい覚悟してんじゃねーか嘘つかないプセマさんよぉっ!」


 飛び込んできたのは、脚。


 鋭く蹴りつけられ、貧弱なノームの身体は吹っ飛んだ。


 その間にも暴風は秘薬の鍋をひっくり返して蒸発させ、その薬効を遠くに運んでしまっている。


「大丈夫か、サーラ」


 軽く頬を叩かれ、覚醒したサーラが叫んだ。


「ベガ!」


 ケンタウロスの草原で別れたベガが、そこにいた。



     ◇     ◇     ◇     ◇



 俺は、スシオからプセマに関することを聞いた。


 プセマはノームの魔法使いで魔法を売る行商人なのは、この街の皆が知っている。


 そして、スラムの人間などを捕えては何処かに連れて行くことも知っている。


 ただ、プセマが持ち帰る食糧や魔法の恩恵にあずかっている街民は、スラムの人間や余所者が被害者の間ならと目を背けていた。


 スシオは、プセマに掴まっていたことがある。


 何かの実験を受けて、逃げてきたはいいが、自分の身体に何が埋まっているか分からず、スラムに留まるしかなかった。


 そして、プセマの被害者が増えないように見張り、プセマが実験体として執着する若い女ばかりの行商人……俺たちが来たのを見て、絶対にプセマが手を出すと思い、しかしプセマの恩恵を受ける街民がその妨害を知れば最悪殺される可能性もあると、俺たちの周りにいる人が消えるのを待っていたけど、人が消えたら消えたで近付きようがなく、俺が離れたのを見て声をかけてきた、のだそうだ。


 本能的に、それは真実だと思った。


 ノームは嘘を吐けないと【鑑定】に出ていた。


 だけど、「本当を言わない」ことは可能だとも。


 仲間たちが連れ去られたと分かり、心話でもサーラに繋がらないと知った俺は、シャーナを呼んだ。


 シャーナとは心話は無事に繋がり、「それならわたくしより頼れる神子がいらっしゃるのでは?」と答えてくれて、それでやっとベガの存在を思い出した。


 目を閉じたり開いたりしている俺を見上げていたスシオに、この街で人目につかない、風の吹く場所を知らないかと聞いて、立入禁止だけどスシオが隠し入り口を知っている崖に案内してもらって、そこでベガを呼び出した。


 ベガは、すぐに俺の呼び出しに応じて巻き上がる風と共に現れた。


「な、な、な」


「落ち着いて、危ない人じゃないから」


「空に浮いてる時点で人じゃねえ!」


 それもそうだと思ったけど、とりあえず今はベガに話をするのが先だ。

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