第105話
「エルフの小娘があ!」
ドワーフの山賊が斧を振りかぶってレーヴェを狙った。
「ふんっ」
レーヴェが剣の柄でその手をしたたかに叩きつける。
「ぐわっ」
思わず斧を手離す山賊から、駆けつけたヤガリが斧を蹴り飛ばす。
「ドワーフだと!?」
「ああドワーフだとも、血を穢す者が!」
「どっちがだ!」
別の方向から襲ってくるドワーフのボロ斧を戦斧で叩き壊す。
「エルフなんぞと手を組みおって、ドワーフの誇りを忘れたか!」
「忘れたのはどっちだ、馬鹿野郎!」
ヤガリの罵声が辺りを震わせた。
「山賊に成り下がった貴様らと、無窮山脈を守り続けたおれたち、どっちが血を穢す者か、守護獣様にお聞きしようか!」
「なっ」
一瞬山賊たちが強張った。が。
「守護獣なんぞもういない!」
「助けてくれない守護獣などいないのと同じだ!」
「ならば試すか、守護獣様の審判を!」
守護獣様の審判?
初めて聞いたな。なんだそれ。
「同族同士で争いになった時、守護獣にお伺いを立てるんだ。正しい者には祝福が、誤っている者には天罰が下る」
レーヴェが小声で教えてくれた。
「守護獣は守護神の次に偉い存在。その守護獣が下した審判は絶対のものだ。……当然ながら、守護獣が応えられる時でないと何も起こらないが」
ドワーフの守護獣、サーラはここにいる。
もちろんサーラが守護獣としてこの場で彼らに天罰を食らわすこともできるけど、サーラや俺たちの正体がバレると色々厄介になる。だからヤガリは守護獣が直接罰を下せる審判を持ちかけたんだろうとレーヴェがそこまで教えてくれた。
「さあ! 守護獣様の審判、受けるか受けないか!」
詰め寄るヤガリに、山賊たちは一瞬気圧されたように見えた。が。
「は、はん! 小娘が、しかもエルフと同行している小娘が思い上がるんじゃない!」
小娘? ああ、ヤガリか。出会ってからしばらく俺はヤガリを男性と勘違いしてたし、ヤガリの言葉遣いや戦いぶりなんかにも、俺が知る女性らしさってものがないからしょっちゅうヤガリの性別を忘れるけど、ドワーフ同士では見分けがつくらしい。
「血を穢す者がどちらか、審判を下そうじゃねえか」
山賊のリーダーらしき傷だらけのドワーフが前に出てきた。
「どうせ何も起こらないだろうがな!」
リーダーは小刀で右手の親指の腹を軽く切った。ヤガリも同じく戦斧の刃で親指を傷つける。
じんわりと、二人の親指に血がにじんだ。
血がにじむ親指を相手の親指に合わせる。
「守護獣様! 我らの声が聞こえるならばお答えください、そして正しき者をお選びください!」
「この血のどちらが穢れているか、守護獣の審判を!」
『審判――』
突然上空から聞こえたのは、サーラの声。
俺もびくっとしたけど、もっとびくっとしたのは山賊だった。
「ま……ま……」
『有罪!』
その声と同時に、ヤガリと指をつけていたリーダーの親指から炎が巻き起こり、リーダーの全身を炎が舐めて通り過ぎた。
ヤガリには……柔らかな光が宿っている。
「審判が!」
「しゅ、守護獣様の審判があ……」
全身から煙をあげるリーダーと、散り散りバラバラに逃げていく山賊たち。
「守護獣様が見ているぞ! 続ければ、いずれ天罰が下る!」
リーダーは腰を抜かして震えている。
「……で?」
ヤガリはリーダーを見下ろした。
「どちらが血を穢す者だって?」
「しゅ、守護獣様がエルフと手を組むドワーフをお許しになるわけが……」
「審判はついた。ドワーフの誇りを忘れ行商人を襲う貴様らが、業火で焼き尽くされなかっただけマシだと考えるんだな」
「ひ……ひ……」
ずりずりと腰が抜けたままリーダーは後ずさり。
「ひいいっ」
手と足を四足のように使って逃げて行った。
「申し訳ない、サーラ」
相手が間違っていると教えるために審判を使って、と頭を下げるヤガリに、
「いや、ヤガリが正しい」
サーラは軽く微笑んだ。
「その為の審判だ」
「さて、こちらは」
山賊が全員逃げて行ったと確認したレーヴェが、ボロボロながら幌のついた馬車の様子を見に行った。
「無事か?」
「ははは、はい、ぶ、無事です」
起き上がって来たのは、ミクンと似たような身長の、もう少しミクンより丸い人間たちだった。
「ノーム」
「のおむ?」
サーラの言葉にオウム返しするけど、サーラは教えてくれなかった。
自分で調べろ、と言いたいんだろうなあ。レーヴェが守護獣審判について教えてくれていたのも少し苦い顔をしてみていたし。
よし、【鑑定】【鑑定】。
【鑑定結果:ノーム/人間族の中でもエルフに次いで魔力の高い人間。ハーフリングの次に小柄な体格だが、守護神や守護獣ではなくこの世界に存在する魔力を精霊と呼び信仰し、ノーム独自の精霊魔法と呼ばれる魔法大系を持っている。気性は穏やかで信仰心が篤く、嘘がつけない】
精霊魔法? と疑問を持つと、すぐさま【鑑定】が反応してくれた。
【精霊魔法/主にノームが使役する魔法。他の人間は守護獣や守護神の魔力を借りて魔力を操るが、精霊魔法はモーメントに満ちる属性を持つ魔力と精霊と呼び、精霊に直接干渉することで、神の力を借りることなく魔力を使役する】
ああ、なるほど。レーヴェが良く使う聖域は俺の力を借りている、と以前彼女が言っていた。ノームは俺やサーラみたいな神的存在を介さずに直接魔力を操れるんだ。すげえな。
まあ、俺も魔力に直接干渉してるっちゃしてるんだが、魔力を使っているという自覚がないとサーラに言われたことがある。だって、こんな風に動けーって思ったら水とか植物とかが思った通りに動くんだもん。時間はかかるけど。
水流とか言った魔法はここ一番、即食らわせたい時にイメージを言葉ではっきりさせている感じがする。もっと名前を付けてイメージ通りに操れればいいんだろうけど、みんなに言われてる通り俺は名前のセンスがない。カッコいい魔法名だったらいいけど、「めらめら燃えろ」とか「カッチカチ」とかって名前にしたらなんか呆れられる気がする。
「あいたたたた……」
呻くノームに無理するな、とサーラは言って、俺を振り返った。
「回復、使ってやれ」




