第104話
俺たちは、俗に「新街道」と呼ばれる細い道を道幅いっぱいに広がって歩いていた。
俺、レーヴェ、ヤガリ、ミクン、サーラ、アウルム、ブランにコトラにグライフ。種族はバラバラだけど、共通点がある。
緑色の、全身すっぽり入るポンチョみたいな造りをした外套だ。
ブラン、コトラ、グライフも、緑色の布を胴体に巻いている。
行商人ギルドに所属する証だそうだ。
行商人ギルドは世界が滅亡に向かって数十年、もう機能していないと言うけれど、その緑色の外套と布を見ればこの世界の人間は行商人だと思ってくれるのだとか。
サーラが調達してきたのは「紛れもなく本物」で、外套や布には魔法がかかっている。小さな魔法だけど、見た目だけ行商人に見せかけた奴隷商人なんかと見分けがつくようになっている魔法だ。商売の神様が与えた奇跡。
なるほど、これがなかったから今までミクンとかに奴隷商人と間違われたわけだ。
やっぱりこの世界の仕組みをしっかり知っている守護獣の存在はありがたい。
「おーかーはー、はーるかー、たーび、ゆけばー♪」
ミクンが歌いながら先頭を歩いている。
「何の歌?」
アウルムの言葉にミクンは笑顔で答える。
「ばあさんが旅してた頃に歌ってたって歌。あたしに教えてくれた」
「おばあさんが作ったのか?」
「うん。旅の鍵師やってたんだって。当然行商人ギルドにも入ってたって言ったけど。丘を出て旅をしてた頃が一番楽しかったって言ってたなあ。もし世界が戻ったら、あんたも旅をしなさいって言ってくれた」
「良いご祖母殿ではないか」
「うん、自慢のばあさん。アペリエンスって言えば知ってる人は知ってるて聞いた」
「アペリエンス?」
ヤガリが目を丸くした。
「まさか、鍵開けのアペリエンス殿か?」
「知ってるの?」
「知っているとも、一級の腕前で、無窮山脈に直接道具を注文に来た。最高品質でないと受け取らないから、最高の造り手が慎重に慎重を重ねて造ったと言う。文字通り伝説の鍵師だ」
「へえ。そうなんだ。あたし、ばあさんの使ってた鍵開けの道具もらったんだけど」
「見せてくれ」
草原で暮らしている時も手入れは欠かさなかった、と言う鍵開けの道具を、ヤガリは恭しく受け取った。
「すごい……鍵開けの道具を造る工具師の一級品……いや、名前入り……? マイスター・シュリュッセル! すごい、伝説の工具師ではないか! 気に入った鍵師にしか作らなかったというシュリュッセルの直接の手作り! まさかこの目で見られるとは!」
ヤガリが盛り上がってる……と言うか、ここまで盛り上がったヤガリは初めて見る。
「ほう。伝説の鍵師か」
こくこくとサーラに頷きながら、鍵開けの針金や金てこ、合い鍵なんかをすっごいガン見してる。
「へえ。そんなにすごい道具なんだ」
「ああ、大事にしてくれ。マイスター・シュリュッセルの品はドワーフには使えないからほとんど残っていないんだ。ここで現役で使える品が出てくるとは思いもしなかった」
はあはあと興奮までしてる。
オレも興味を持ったので、それを見て【鑑定】してみた。
【鍵具:無窮山脈の伝説の鍵工具師・シュリュッセルが作り上げた最高の逸品。魔法の力はないが、鍵開けの道具としてはモーメント一と言っても過言ではない】
へーえ。【鑑定】でここまで出るかあ。
「もういーい? 返して」
「いや、もう少し、もう少し」
さすがにミクンがヤガリの手から道具をひったくって取り戻した。
「ああ……」
「夜にでも見せてあげるから、とりあえず今は進もうよ」
「あ」
ヤガリは興奮のあまり立ち止まって観察モードに入っていたことに気付いていなかったらしい。
「す、すまん」
「あっはっは。あたしには勿体ない品かもね」
「いいや、そんなことはない」
ヤガリの声に力が入った。
「ハーフリングの鍵師が使ってこその道具だ。しかもそのお孫さんであれば決して無駄にはするまい。錆一つ浮いていないのがその証拠だ」
「ばあさんの形見だからね」
ミクンは腰のポーチに工具を片付けて歩き出そうとして、強張った。
「どうしたの、お姉ちゃん?」
アウルムの声にピッと手を出して、黙ってと合図をする。
「悲鳴……」
「悲鳴?」
「うん。前の方から聞こえる。人間の悲鳴と怒鳴り声。……山賊に襲われたかな」
「魔物じゃないのか?」
「うん、魔物の気配はない」
「このご時世に今だ自分たちだけが良ければいいと言う連中がいるのか」
サーラがうんざりしたように呟いて、目を閉じた。
「ああ。山賊だ。行商人を襲っている」
「よし、コトラ一緒に来てくれ」
レーヴェが剣を抜いて駆け出した。コトラも後をついて駆け出す。
「俺たちも急ぐぞ」
俺の声に、ヤガリやミクンも駆け足になる。グライフも足運びを速めてくれる。
わあああ、と怒声と悲鳴が聞こえてきた。
先行したレーヴェとコトラが、ボロボロの服とボロボロの武器を持った山賊たちと戦っていた。
「ドワーフの山賊か」
サーラが情けなさそうに呟いた。
「どうする、サーラ? 一応サーラの守護対象だろうから、聞くけど」
「守護対象でも罪を犯せば罰を受けなければならない。それが真理だ」
「ん-。じゃあ」
俺はレーヴェに声をかけた。
「レーヴェ、蹴散らしていいよ」
ドワーフの山賊たちはエルフであるレーヴェを狙っているが、サーラが来るまでは反撃するまいと我慢していたんだろう。
「サーラが言ったんだな?」
「言った」
「なら、遠慮なく!」




