ep10.影の英雄編・9話
橘は柳田の練り上げられた闘気に感銘を受けていた。
橘(心の声) 「怒りの力はこれほどまでの可能性を秘めているのか、素晴らしい。さっきの刀のエネルギーとは比べられない程の姿だ。その赤い道着の男、それが本来の影の力なのだろう」
柳田は初めて自身の化身とあいまみえた。目を交わさずとも分かりあえる。ふたりは同じ構えで橘を眼中に収めた。
柳田 「構えろ…」
そして、橘と柳田、柳田の化身は同時にその場から消えた。
重盛と大谷の目では橘達の姿を捉える事が出来なかった。唯一確認できるのは空間と空間がぶつかる音。打撃音に風圧、砂利を踏む音だけだった。
橘は柳田と柳田の化身以外入り込めない次元の空間での戦いに興奮していた。
強者にしか見えない世界。
目にも止まらぬ乱打戦。
互いの打撃に打ち負けない肉体、しなる腕脚の筋肉、一瞬笑った橘の隙をついた柳田の回転蹴りが橘の脇腹にヒットする。
グゥッ!
見えない世界が終わる。
橘は瞬時に脇腹を腕でカバーすると呼吸を整えた。
橙色の空。
その空から白い雪がチラチラと落ち、橘の視界に入り始めた。
橘 「…そんなに冷えているか。…花の様な雪だ」
その時、橘の頬に一粒の雪が落ちる。
橘(心の声) 「痛み…なぜ冷たくない、なぜだ」
雪は少しずつ大きさを増すと橘の体に降りしきる。
橘の視点は雪から構えをとる柳田へと移った。
橘 「お前…」
柳田 「´´風花´´」
柳田は深く腰を落とすと石の様に固い拳を次々と繰り出す。空を突いた拳から放たれる拳撃は雪を纏い氷拳となって橘を襲う。
ドドドドドドドドドドドドドッッッッッッッッ!!!!!
橘 「グホゥウッッ!!」
柳田は地面を蹴り一気に橘の目の前に移動し追撃をしかけた。隣にいる柳田の化身も構える。
柳田 「ふぬぁあっっ!!!」
ズドドドドドドドドドドドドドドッッッッッッッッ!!!!!!!
放たれた柳田の拳は橘の体を痛め付ける、だが拳の感触に少し違和感が走った。
柳田(心の声) 「四肢を殴った感触が無い。たしかにそこにある腕と脚を私の拳が貫通しているのに……貫通?」
違和感に気持ち悪さを感じた柳田は攻撃を中断し橘と距離をとった。
ズザザアァッ!
仰向けに倒れた橘。
橘 「´´闇麹´´…楽しめたぞ、想像してた以上に」
フラ、
柳田の足がぐらつく。
パアァン
柳田の隣に立つ化身が一瞬にして塵となった。
ユラ、ユラリ
柳田の視界がぐにゃりと曲がった世界に変わる。
柳田 「なんだ…何をした」
橘 「お前は俺の腕と脚を貫いた。それは俺を型取ったウイルスだ。そのウイルスがお前の皮膚から体内に入り脳を麻痺させる。簡単に言えば泥酔状態に陥らせる」
ズド
柳田は両膝を付いたがまだ視線を橘から離さない。橘は起き上がり柳田の方へと歩いて行く。
重盛(心の声) 「…動け……指」
神蚊のウイルスの影響により体に力が入らない重盛は地面に両手両膝を付いて伏せていた。右手の中に隠していた銀色のカードを動かそうとする。
ザザ…ザ…ス
重盛の震える指が銀色のカードを少しだけ上に持ち上げた。
その時。持ち上げたカードの影から勢いよく黒い影が飛び出すと柳田の前で留まった。
シュブブァアァアァアアッッッ!!!!
影を纏い現れた体。藍色のマスク、両腕から拳に巻かれた青い布。脚に付けられたプロテクターはきつく紐で縛られていた。両手を地面に付いて低い姿勢で現れたのは風春だった。
柳田は左眼の視力を失っていた。残る右眼に微かに映る風春の姿が、鴉山の森で見送ったあの時の背中と重なった。
柳田 「…風、春かあ、」
風春 「遅くなりました。…師匠」
橘は確信していた。目の前に現れたのが風春だという事が。
橘は懐から平たいウイスキー缶を出した。
顔には笑みが浮かぶ。
橘 「ン……ハァ」
怒りの密を飲み終える橘。
橘 「…今丁度一息ついたところだ」
砂煙が晴れて風春と橘が対峙する。
橘 「やぁ兄弟。怒りに満ちた表情だな」
風春はすぐに察知した。目の前にいる男が陽炎のトップに君臨する橘だという事を。
風春 「…怒りは人間にとって必要な感情だ、己の正義を貫く為の力のひとつだ」
橘 「正義?この世には間違いだらけの正義しかないぞ」
風春 「それが人間だ、完璧な人間なんていない」
橘 「ハッ!だから俺が不完全な人間から怒りを奪って完全な人間世界にするって言ってるんだ。邪魔をするな」
風春 「人間の怒りの中には、むき出しの人間らしさの欠片が詰まってんだよ。それをお前が勝手に奪っていい権利なんてのはどこにも無いんだよ」
橘 「生ぬるい考えだ…虫酸が走る。終らせるぞ」
橘は右手を顔の前に出した。口をすぼませて手の平に近付ける。
フゥゥゥウウウッ!
橘は始めは弱く、そして段々と強く息を手の平に吹き掛けた。すると何もない手の平からキラキラと光る粉が風春のもとまで飛散する。
橘 「´´芍薬香´´」
風春(心の声) 「なんだ?、細かい粉が」
風春の開いた鼻の穴から´´芍薬香´´が入り込んだ。
瞬きをする。
パチ、パチ、パチ
風春の目の前に立っていたのは、橘ではなく、風春の彼女・恵里の右腕を切断した男・末好だった。
風春の頭にあの時の記憶が蘇り、悲しみを含む怒りが一気に沸き立つ。
風春 「なんでテメェが、ここにいんだよっ!!!!」
公園に風春の声が轟く。
柳田(心の声) 「違う…風春…罠だ」
バジジ、バジジジ
すると風春の手中から黒い磁力が生まれる。
風春 「´´磁場閃´´」
ガタガタ、ガタガタン、カァン
公園沿いの道路に設置されたマンホールが細かな音をたて始めた。
橘(心の声) 「本当に、電気を使えるのだな。見せてみろ」
カアンッ、シュシュシュシュシュンッ!!
橘の後ろから黒い何かが横を通り過ぎる。
それは4枚のマンホールだった。2枚は風春のかざす両手に1枚ずつ、残り2枚は風春の左右で浮遊した。
風春 「いけっ!!!」
ブウンッ!ブブンッッ!!
両腕を交互に振るう風春の手から高速でマンホールが橘へ向かって飛ぶ。続けて左右に浮かぶマンホールも投げる。
橘(心の声) 「磁場を使った引き寄せと弾くの組合せか。手中にプラスを起こしマンホールを引き寄せ、手から離す瞬間手中にマイナスを発生させてマンホールを弾き飛ばす。面白い技だ」
ズババアアァッ!!!
4枚のマンホールが橘の四肢を切り裂く。
ダシュゥウッッ!!!
風春は橘の目の前まで踏み込んでいた。構えた右手は黒と白の雲に覆われ、雷がバチバチととぐろを巻いている。
風春 「´´黒雲拳´´」
ズドボッ!!
タビチッ、ビチャチャッ!
風春の左肩を潰しながら貫いた橘の右拳、地面に赤い血だまりが出来る。
風春 「グガハアァッ!」
橘 「能力自体は素晴らしいがお前は使いこなせてないな。宝の持ち腐れだ。俺が貰ってやる。その心臓を寄越、」
シュンッ!
その時。
ズ、ドッ、ブチィイイッッ!!!
黒色のシマエナガが瞬時に現れ橘の右腕を分裂した。その直後シマエナガは塵となって消え、風春と橘は引き離された。風春は地に両膝を付く。
橘(心の声) 「なんだ今のは?こそこそと隠れて見ていた奴か、つまらん邪魔だ」
重盛はガンズの手を借りて拳銃に弾丸を装填していた。
リボルバーに込めた3発の弾を確認して装着する。
橘の分裂して消えた右腕が徐々に再生して行く。橘は風春を哀れな眼で見る。
重盛は仰向けになり呼吸を整えた。
空に浮かぶ丸茂の姿。重盛は丸茂から預かった特殊な弾丸の事を思い出す。
丸茂 「これは風春君の血液で作った弾丸だよ。3発分しか作れなかったけど、何かの役に立てればと思ってね。御守りに持っていてよ」
地面に頭を擦りながら風春と橘の方を向く。
橘(心の声) 「人は弱く、脆い、なのに争い、死ぬ」
ピクピク、ピク、
重盛は見逃さなかった。
風春のだらけた手の指先がほんの数ミリ動いた事を。
重盛(心の声) 「風春、お前に託すっ!」
カチャ、バババンッッ!!!
重盛の目にも止まらぬ早撃ちで3発の弾丸が橘へ放たれる。
2発の弾は検討違いの方向へそれる。
そして残る1発が橘の顔もとまで近づいた時。
橘 「ンッ!」
右方向から来る弾丸を察知した橘は瞬時に左手をかざした。
シュパァアッ!
橘の手の平に当たった弾丸は破裂した。
橘(心の声) 「なんだ?…血液?、あの男、まだ死んでなかったのか」
橘は左目に入った血液を手で拭う。
橘 「悪足掻きを。…まぁ、大した傷では無い」
丸茂の作った風春の血清弾。直撃せずとも目的は橘の内部に血液を入れる事。今橘の眼から風春の血液が全身へ行き渡る。
風春 「…し、しょう…」
橘(心の声) 「お前らは死ぬ。安心しろ、風春。お前の力は俺の中で生きる。泣くな。これが弱肉強食の世界だ」
ザッザッ
橘は右手に力を入れながら風春の方へと近づいて行く。
橘 「さぁ心臓を戴く。鮮度が落ちぬうちに…」
ドッ…ズザァ
風春は左腕を垂れ下げたまま前屈みになり右腕だけで自分の体を支えた。
風春は自分が気を失っている事に気づいていなかった。
そこは白い靄が広がる場所。
風春 「あぁ、ヤられちまった。クソッ…ついカッとなって隙が出来すぎちまった。瞬間的に生まれた怒りだけで動いたらダメだ。あの時の恵里の顔。傷つけられた人達の姿。陽炎の奴ら。…練り上げるんだあの時みたいに」
スゥ…
すると風春の右後ろにナックルが姿を現した。
風春はフッと優しく笑って話し掛ける。
風春 「ナックル。今までありがとう。…どうしても守りたいものがあるんだ。俺に力を貸して欲しい」
風春はナックルに強い眼差しを向ける。
ガッ
ナックルは風春の肩に強く手を乗せた。
風春 「、!?」
その時、何かに気づいた。
風春 「最後の頼みだ」
ナックルはゆっくり頷き青白い光で応える。
橘 「…ん?、何が起こった」
屈み込む風春に青白い稲妻が纏い始め、ゆっくり立ち上がり始めた。
風春 「…情けねえな。ついさっき、俺の怒りを飼い慣らした所だよ」
千切れた腕が元通りになった橘が首を鳴らす。
橘 「ほう、第2ラウンドか」
橘(心の声) 「…試したい事がある。お前の周りに漂う微弱な電気エネルギーを、俺のウィルサーが徐々に食べ始めてる」
ググッ
橘 「俺の拳に電気が帯びる」
風春 「スゥーー。フゥーーー」
橘と風春が拳と拳を合わせる寸前。
橘 「´´陽炎・電磁´´」
バチバキバチバキッッッッ!!!!!!
風春と橘の拳がぶつかると眩しい火花が飛ぶ。
橘 「これが電気の沸き立つ脈動か…いや、もっとだ!もっと、もっと、」
バチギイッ!バチバチバキバキキキイッッ!!!!!!
その時、倒れている柳田が呼吸を整え出す。
柳田(心の声) 「風春が来てから不思議と息が楽になってきている…風春の発しているあの青白い稲妻、特殊な周波数で辺りを浄化しているのか…」
柳田は口の端から血を流しながら微笑み、刀を強く握った。
風春は橘から放たれる電気を帯びた拳に的確に自身の拳をぶつけてゆく。
バチンバキンッ!バチチチチチチイッ!!!!!!
風春(心の声) 「あいつ、俺の電撃を吸収でもしてるのか。打撃力は始めの時とさほど変わらないが…何か狙いが?」
トッ
橘は両手を地に付き風春に回転蹴りを加えた。
ドゴオッ!!
風春は両腕をクロスして回転蹴りを防ぐ。
ズザザァッ!!
橘(心の声) 「なんだ…さっきから力の出力が落ちてきている。手負いのガキ一匹仕留めるのに尺がかかる」
重盛 「ングッ!?」
大谷 「…ンッ!」
その時、重盛と大谷がゆっくり上体を起こし始めた。
橘 「馬鹿な!動ける筈が」
風春 「よそ見すんなよ!!!!」
風春の拳が橘の顔面を捉える。
ドッゴッオオ!!!!
ふたりに距離ができる。
橘 「グフ…ッ」
橘がゆらりと身体を起こすと、重盛に撃たれた弾丸の跡が治癒できていない事に気付く。
橘 「あの弾に小細工でもしてあったのか…」
橘(心の声) 「で、お前らがどんなカラクリを使おうが知った事ではない」
橘 「俺の実現したい世界にする為に行動するだけだ」
橘は公園にある天板が割れた柱時計を覗く。
橘 「あと5分だ。、あと5分で各地に仕掛けておいたウィルスが散布される」
その場にいた橘以外の全員が耳を疑った。
橘は黒い霧の様なものを発生させた。
風春 「、させるかよ!」
風春は走り出す。
橘 「この距離はお前には届かないだろう」
その時。
柳田は抜刀の構えをしていた。
そして鞘から刀を抜く。
チュキィィイイッ!!
橘 「!!!」
橘の黒い霧の向こう側から柳田が繰り出した鉤爪の刃が橘を捕らえた。
柳田 「´´鷹の爪´´」
柳田(心の声) 「一瞬でいい、、橘が動けない一瞬の隙さえ作れれば、、」
その時、
風春の視界はゆっくりとした世界に映っていた。
この時、既に風春の身体からナックルの力が徐々に薄れてきていた。
風春(心の声) 「師匠、ナックル、ありがとう」
風春 「おおおおおおおおおオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!」
風春の全く迷いの無い全身全霊をかけた一撃が橘にきまった。
ドドドドドドゴゴオオオオオ!!!!!!
橘(心の声) 「身体に、、力が、、入らない、」
橘の四肢が黒い塵となって消え始めた。
ドザッ!ドッザザアァ!
バラ、バサ、バラ、カサ
倒れた橘の顔の上に落ち葉が掛かる。
やがて視界を枯れ葉が塞いでゆく。
橘(心の声) 「俺の様な意志を持つ者はいつかまた現れ、同じ事を繰り返す」
その瞬間。
バサアッッ!!
突然、橘の顔に乗っかる落ち葉が払いのけられた。そこには2才の男の子と6才の女の子の無邪気な顔が現れた。
もえか・ひろと 「ばあっ!(笑)、ハハハハハッ!」
橘(心の声) 「だれだ…いや…知ってる…俺はこいつらを」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
一2020年・3月一
俺は走って病院に向かっていた。北海道へ単身赴任で家族と離れて1年と経たない時だった。
会社、親戚、友人、誰にも何も告げずに北海道から東京の病院に向かった。
救急外来の入口から息を切りながら入って喋りだした。
社宅アパートを出てから何も口にしていない事に気づく。先に出たのは言葉ではなく咳だった。
なんで、そんな目で見られたのか俺には分からなかった。
病院の看護師が駆け寄りもせず遠くから俺の様子を伺っている。
橘 「…すいません、あの、、家族が救急車で運ばれたって」
やっと近付いてきた看護師が俺の名前を尋ねた。
橘 「橘です、妻と子供ふたりが来てると思うんですが」
少しずつ肺に酸素を入れられる状態まで戻ると膝から両手を離して立ち上がった。
病院の匂いを久しぶりに嗅いだ。
誰もいない廊下を走ってくる音が聞こえた。
告げられたのは理解できない言語だった。
医師 「先程、橘さんの奥様、おふたりのお子さまが息を引き取りました。ご冥福をお祈り致します…」
橘 「え?、なんて」
医師 「はい、奥様がまだ話せる状態だった時に伺った限りですと、昼頃にスーパーへ買い物に行かれた後、お子さまの体調が急変したと、それを看病した事で家族内感染が起きたと推測します」
橘 「…感染?、なにに」
医師 「まだ一部でしか流行していないコロナウイルスによるものでして、治療法もワクチンもまだ開発中で、対症療法しか出来ない段階です。…その為誠に申し訳ないのですが、ご家族様であっても感染防止の為面会謝絶と国から指示が出ております…」
橘 「…え、…じゃ、家族は、顔も見れないって事ですか?」
その後、医師と看護師は俺の前に立ち、ずっと謝り続けていた。どんなに説明されても、理屈で押し通そうとする国やら社会やらの文言で帰そうとする病院から俺は出ていった。
橘 「家に…帰ろう」
病院からタクシーに乗って自宅である一軒家の前で降りた。
鍵を開けてドアノブを握った瞬間。
何もかもを失いそうだと感じて手を離した。
家の裏にはすぐ山が切り立っていた。家の脇を通り山に入る。
何も感じない。
歩いている感覚すら消し去りたかった。
気が付くと俺はその場所にいた。
山をえぐった様な深いあなぐら。ここからだと暗くて中が見えない。俺はその穴に入っていった。
穴に入ると視界は真っ暗になったが、奥へ進むにつれて目が慣れてある程度まで見えるようになった。
やけに天井が高い。以外に広い。空気も循環している様に感じる。
なぜだか家にいる訳でも無いのに、家族の匂いを感じる瞬間が何度も訪れた。
長女はヤンチャだが弟の面倒を嫌がらずにみる良い子だ。
弟はまだ小さいながらも電車に夢中でひたすらレールの上をなんでも走らせる乱暴者。
上の子が女の子だと姉弟関係がしっかりすると聞いた事があるが、うちもあながちそういうタイプかもしれないな。
妻は俺の収入だけでも生活には困らないはずなのに、パートとしてスーパーに勤めてくれる働き者だ。ただ体は崩しやすかった。
なんで、俺じゃないんだ。
俺を残して家族はいなくなった。
コロナ。たしかに日本で発症していたのはニュースで知っていた。
ただのニュースだと思っていた。
火の粉が身に降りかかると思わないから綺麗に見えるが、
よりによって俺以外に降りかからなくてもよくないか?
涙で冷たい顔。体はマグマの様に熱かった。
この感情が何なのか、怒り、悲しみ、恨み、苦しみ。そのどれもが混じった様な心の中身が封を切って口から飛び出した。
橘 「アァアァァアアアアァアァアァアアアアアッッッ!!!!!!!」
自分の鼓膜が震えるのが分かるくらい叫んだ。
すると、穴の天井に存在する鍾乳石が橘の声に共鳴し、鍾乳石の表面に纏う水分が振動して霧状となった水分が洞窟内部に舞った。その霧を鼻から吸い込んだ橘は、翌日、高熱・味覚障害・嗅覚障害・記憶障害を発した。こうして、橘が落ち着きを戻した頃には体内でshadowウイルスが寄生し能力を発生した。
同年・4月。俺は丸茂先生に出会う。血液を採取され、また後日結果を伝えに来ると言って帰っていった。
その結果を知ったところで、俺に何の得があるのだろうか。
ウイルスによって家族を亡くした俺はウイルスを恨んだ。
やがてウイルスへの恨みは、それを蔓延させた人間に切り替わる。地球にとって人間の存在はウイルスだろう。
だから俺が人間の感情を変えて害のない存在にしてやると決めた。
恨みは怒りへ変わり、俺の力と変わった。
・・・
突如、頭に家族の声が聞こえると俺の心を揺るがせる。
橘の妻・さくら 「もういいよ頑張らなくて」
もえか 「パパ早く帰って来て」
ひろと 「パパしゅきー!」
さくら・もえか・ひろと 「パパいつもありがとーう!!!」
俺はあの時。
病院の前で家族と泣きながら抱き合って、一緒に帰りたかったんだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
一現在・橘の家の側の公園一
柳田は風春の右肩に優しく手を当てた後、四肢を無くし倒れる橘に近付いた。橘の目からは涙が一筋流れていた。
サッ
白い正方形の紙を取り出し、柳田は橘の影に紙を置いた。
柳田 「お前も私も、同じ人間だ…」
柳田は合掌すると橘の胸ぐらを掴み持ち上げた。




