ep10.影の英雄編・6話
柳田は立ち上がり、重盛と大谷の怪我の具合を目視した。ふたりとも軽傷の様子で無事だと判断した柳田は影から刀を抜いた。
橘は地面に向かって両手を構えていた。
橘 「´´食菌喰・散´´」
橘が柳田達の方へ飛びかかる。そして両手から放たれた波動が地面へ次々にぶつかるとすり鉢状に地面が幾つも陥没して行く。
ボゴ、ボゴッ、ボゴボゴボゴゴゴッッオ!!!
柳田達は橘の攻撃を回避する為後退する。道路から離れた柳田達は公園の中へ入った。渋谷にあるとは思えない程の大きな公園だった。
柳田(心の声) 「波動、のように見えたが。よく見ると地面のコンクリートがそこだけ無くなってる。まるで何かに食べられたようだ」
柳田達に続き橘も公園に足を踏み入れる。
橘(心の声) 「あの年長者が柳田か?たしかに動きは良さそうだ。白虎の情報に嘘は無い。この柳田が俺の求める風春と深い絆で結ばれているなら、柳田の窮地を知れば俺が探す手間もなく風春は目の前に現れるだろう。柳田以外はどうでもいい。まぁせいぜい半殺し程度に留めて遊んで待ってやろう」
公園に植わる紅葉樹林。その他の木々は枝から葉を落とし公園に散っていた。柳田は刀を持ち先頭に立っていた。強い風が落ち葉と共に吹き抜ける。
ザザザアァアァ、ブゥウゥウゥ、カサカサカサ、
柳田 「螢刃´´野分´´」
柳田の元に不自然に風が吹いているのを確認した橘は拳を構えた。
柳田の姿が消える。
フッ!
ふわりと風で浮き上がる落ち葉が橘の体に吹きつける。
橘(心の声) 「落ち葉で俺の視界を狭くしたか」
その時。
重盛(心の声) 「この落ち葉を利用する」
重盛は両手に持った拳銃をそれぞれ黒い箱の中にゆっくりと入れる。
橘の視界を遮る落ち葉。その合間から黒い箱が姿を覗かせた。
重盛 「´´異次元箱´´」
バンバンッ!!!!
橘の顔面付近に現れた2つの黒い箱から重盛の握る拳銃が現れた。
放たれた連撃。
橘 「良き攻め方だ」
重盛の放った弾丸は橘の両頬に穴を開けた。
橘は口を開いてわざと頬を貫通させて致命傷を避けた。
その束の間、風と落ち葉の流れる隙間。橘の前に姿を現した柳田は刀を地面と水平にして斬りかかる。
ヒュゥオオッ!!!
その刀を橘は拳で弾き返した。
橘 「その刀。真剣じゃないな」
ガアンッ!!
柳田 「生身の拳に刃が弾かれただと?」
橘 「フン!…正確には違う」
柳田は橘に弾かれた反動を生かして刀を繰り出してゆく。橘は拳で迎え撃つ。ふたりの速度は撃ち合う度に増していった。
ガアァン、ガギガギキイィン、ガキガカキガキガキキン!!!
橘 「俺の体はウィルスと混ざっている。俺の皮膚に触れる物は全てウィルスが食べる対象物へと変わる。お前の刀は俺の拳に触れている訳ではない」
柳田(心の声) 「ウィルスが私の刃を…」
橘 「お前、手負いの状態でよく俺に近付いたな」
メリッ
橘の拳が柳田の胸部に食い込んだ。
柳田 「ん!!」
ズバゴオォンッ!!
後方にあるアスレチック遊具まで吹き飛ばされる柳田。意識はまだあった。
橘(心の声) 「´´電磁ウイルス´´。人間から集めた怒りを吸収し練り上げられた俺の力は電気の能力を補完することで完了する。電磁ウイルスは人間の内部に入り込むと、脳の各組織へ送られる電気信号を阻害する。麻痺の段階に入る」
重盛は拳銃の弾を入れ替えていた。橘の反射神経をみて攻め方を変えようとしていた。
橘 「陽炎´´神蚊´´」
チク
重盛はうなじに痒みを感じた。
橘 「手元に気をとられるからだ」
重盛はすかさず手で痒みの部分を押さえた。手に何かの感触が残る。そっと手を離し指に付いた何かを見た。
重盛(心の声) 「…蚊。10月に、」
橘 「蚊を媒介とするウィルスを知っているか?、人間は蚊という小さな生命体に今もなお苦しめられているか弱き存在だ。まぁ日本人にはせいぜい血を吸われる可愛い虫にしか見えないだろう」
重盛の血液に流れ込んだ´´神蚊´´の唾液に含まれるウィルスが体全体に回ろうとしていた。
重盛の手先から徐々に体温が奪われてゆく。
重盛(心の声) 「なんだ?冷や汗が…」
橘 「安心しろ、すぐには殺さん。じっとしていれば30分はもつだろう」
´´神蚊´´は橘の影から蛆の様に湧き始めると上空にまたたく。
橘(心の声) 「その後。電磁ウイルスが誘導電磁波を発すると人間の行動を偶然かのように操る。例えば旅先で職場の人間と偶然会うかのように無意識に思考をコントロールする。これが誘導の段階」
その直後、一瞬にして冷気が上空に流れ込んだ。
大谷は両手をすぼませて合わせながら中に空気を入れていた。
大谷 「´´零風´´」
´´零風´´。上空間に瞬時で零度(-196℃)の一颯を吹き流し生物を凍らせる(その生物は能力を維持した状態のまま大谷に服従する)。
橘が発生させた大量の´´神蚊´´は大谷の零風によって一瞬で氷と化した。
ハタ、パタ、ポトト
地面に落ち行く神蚊。すると落ちる寸前、神蚊は氷を纏った状態で再び飛び上がると今度は橘に向かって飛び速度を上げた。
大谷 「私、虫、嫌いなの」
橘は両頬を手で擦りながら戦況を見つめる。既に重盛に撃たれた頬は治っていた。
橘 「ほう…面白い技だが。興ざめだな、陽炎´´呼吸´´」
すうぅぅぅぅ。
橘は鼻から大きく酸素を吸い込むと喉を瞬発に開く。
橘 「オオォアアアァアアッッッッッ!!!!!」
橘の咆哮に含まれる飛沫が空気の波動とともに前方へ放たれる。目に捉えられない飛沫にはウイルスが含まれている。全身にそれを浴びた神蚊は霧となって消えて、大谷は体が入るほどの大きな氷の球体を現し防御体勢をとった。
ピキィッ、バリリイィイィイィインンン!!!!
分厚い氷の膜はあっという間に割れ落ちた。
大谷 「うぐっ!!」
橘(心の声) 「最終的には体内の酸素濃度を下げるウイルスを追加で人間に入れ込めれば反抗者は現れない。まぁ現に我々が人間から怒りを奪う事によって、その町や地域の犯罪や事故等が既に減少しているのも事実。酸素濃度を下げずとも問題はないが」
ガゴ、ゴバキ、ガン!
橘 「起きたか」
ひしゃげたアスレチック遊具から体を引き剥がし立ち上がる柳田。
柳田 「橘。お前の目的はなんだ」
橘 「端的に言えば人間から怒りの感情を奪う事だ」
柳田 「お前がやろうとしている事は生身のロボットを作る様なものだぞ」
橘 「いや違う。俺は新しい人類を作ろうとしているだけだ」
柳田 「自惚れるなよ小僧。人間とはな感情を味わう生き物だ」
橘 「気持ちの悪い、だからいつまでも進化出来ずにもがいているのだろうが。俺が楽にしてやる」
柳田 「お前の心の根っこごと改めるには充分な時間が必要そうだ。…これが私の最後の使命だと思って戦うぞ」
ゾクンッ
その場にいる全員が柳田の闘気が変わった事に気が付いた。
そして柳田の影から赤い道着を纏う体長2メートルの化身が現れた。
ズズ、ズズズッ
橘 「良いぞ、それがお前の極か」
橘は武者震いに似た感覚に襲われ、興奮する声で答えた。




