ep10.影の英雄編・3話
柳田は背中へ右手を伸ばすと、自身に刺さる刀の柄を握り鈍い声を出しながら引き抜いた。
ガッ!
血濡れた刀を床へ突き立て左手に持つ受話器に声を入れる。
柳田 「…わかった。もしかすると、それは橘の可能性が」
沈黙が1秒あった。
丸茂 「間違いないと僕は考えます」
カチイィン
柳田は静かに受話器を下ろした。奥の部屋から白いサラシを持ってくると、それを丁寧に胸部から腹部に巻き付けて行く。血は既に固まりつつあった。
柳田は最低限の持ち物で山を下りた。そしてタクシーを拾い行き先の渋谷を伝えるとしばし睡眠をとり傷口の回復に当てた。
柳田は眠りに落ちると夢を見ていた。
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一柳田哲・幼少期一
夏休みにおじいちゃんとおばあちゃんの家に泊まりに来た僕には秘密の蔵を調べると言う楽しみがあった。
今の僕ならその蔵の鍵まで手が届くはずだと信じていた。なぜなら毎日家の柱に自分の身長を計っていたからだ。去年おじいちゃんの家に行った時から5センチも伸びている。
その蔵の扉は白く大きな棒が横に通されていた。この棒こそが鍵の役割になっていた。僕は指を伸ばして棒に触れようとした。
届かない。体を扉にくっつけて背伸びをする。
届いた。中指と薬指が白い冷たい棒にかかった。それを左へ動かすと扉が開いた。
ガコッ
思ったよりも重い扉を片方開けて急いで中へ入った。
柳田 「お、涼しい~」
蔵の中は外より空気が冷たかった。壁伝いに置かれた古びた木の棚。埃の被る箱に着物の様な衣類が所々に置かれていた。
柳田 「ちょっと見るだけ~」
僕はイタズラ半分で入った蔵を荒らす気はなかった。ただ、物珍しい何かがあるのではと好奇心で覗きたかったのだ。
すると、
突き当たりの壁側に棚とは別に置かれた僕より背丈の高い黒い箱が置かれていたのを見つけた。
近寄るとそれは一層存在感があった。左の側面を覗くとどうやらこの箱は左から右へ開ける様になっていた。
ガボッ
砂埃が舞ってガサガサと箱が擦れる音がしたあと、箱の中身が僕の目の前に現れた。
大きな兜に甲冑が納められていた。
柳田 「すげぇ…」
言葉を飲んでしまう程の武士の甲冑だった。僕は兜を被りたいと思いすぐ手に取った。
重い。
そしてゆっくりと頭を兜の中へ入れる。
当たり前に大人のサイズに圧倒された僕の視界の半分は黒い兜に支配される。
でも格好よかった、ふと顔が痒くなった。
よく見ると髪の毛が顔にかかっていた。それは僕のではなかった。長さが女性程あったからすぐに僕のではないとわかった。
じゃあ、これは誰の。
ガチャ!
柳田の祖父 「ワリィ子ダ!(笑)」
急に後ろから扉が大きく開きおじいちゃんの声が聞こえると、僕は手に持った髪の毛をポケットにしまった。
柳田 「なんもしてないよ!」
柳田の祖父 「ちゃんと戻しといてな。ほれ、今ばあさんがスイカ切ってくれたぞ!」
柳田 「スイカ!食べる~!!」
僕は雑に兜を戻すと箱を閉じておじいちゃんの腕の間をすり抜けて外へ出た。
・・・
その後、おじいちゃんに蔵の中で見た武士の甲冑について聞いてみた。
それは、昔々戦国の時代に武術と剣技を極めた武将がいた事、そして蔵にある甲冑が当時その武将がつけていたとされるとおじいちゃんが言っていた。
僕はそれをきっかけに武術と剣技について調べる事に専念した。
ポケットにしまっていた髪の毛は、綺麗な手拭いに包んで箱にしまって引き出しにずっと入れていた。
・・・・
一柳田哲・高校時代一
俺は空手部に入部すると、今までに溜め込んでいた武術の知識が一気に溢れだした。中学時代に肥えた体はあっという間に強靭な肉体となった。高校1年の秋には上級生だけが出る試合に参加させてもらえる様になる。
スポーツ推進校である事が決して良い環境であるかと言われると首を傾げるものであった。
俺は俺の事をよく思わない先輩達から時折暴力を振るわれた。面白くない奴等だと相手にせず、空手が出来ない怪我を負わない程度に受け身を取っていた。
だが、たまたま暴力のうちの一打が俺の肩の腱に当たった時に思わず右蹴りが出てしまった。
軽くのつもりが先輩は吹っ飛んだ。その時、部室に入ってきた顧問に目撃され、あたかも俺が先輩達へ暴力を振るっているように勘違いされた。
それ以降、顧問からの指導と言う名の体罰が多くなった。
強き者は弾かれる。厳しくも悲しい現実を感じた俺は孤独にならざる得なかった。
そんな俺にいつも絡んでくる変な同級生がいたのだ。
山田だ。こいつは俺が空手部に入る前からずっと俺を空手部に勧誘していた。その時は、ただひとりで入部するのが気恥ずかしくて仲間が欲しかったのだと思っていたが。
後にずっと高校生活を共にしたのは山田だけだった。
俺は山田に救われたのだ。
山田 「俺はお前や周りに何と思われようが何をされようがずっと友達でいるって決めてんだよ(笑)」
その時俺は、そんなクサイ言葉を吐いて笑う山田の口元に痣が出来ているのを見つけた。
部活で出来た痣ではない。
俺は何も聞かず、山田も特に気にしてない様子だ。
今日は一緒に帰れない。と山田に珍しく下校前に言われた。
俺は山田の後を付けた。いつもとは違う帰り道。そしてスーパーマーケットの暗い駐車場に山田がたどり着く。そこには見ない顔が並んでいたが、俺の知った顔もあった。空手部の先輩達だ。山田はポケットから何かを手渡し、その後その男達から暴力を受けていた。
ザッ!
山田 「なんで、哲ここに、」
柳田 「気付けなくてすまん。あとは任せろ」
視線を集めた俺は、煮えたぎる感情が口から爆発した。
柳田 「オオォオォオォオオオオオ!!!!!!!!!!」
その瞬間、怖じけついたのか、奴等は俺に視線を送りもせず、ただどこか違う場所を一点に見つめると慌てたように逃げ去った。
俺は何もかもを奴等にぶつけられず、ただ呆然と立ったままとなってしまい行き場を失っていた。
ガッ
柳田 「…ん?」
山田が俺の足を蹴ったのだと時間差で気付くと山田が口を開いた。
山田 「オーイ!俺の後つけてたならもっと早く出て来てくれよ(笑)」
柳田 「すまん」
山田 「で、どうやったらさっきみたいにデッケーバケモノ出せんだよ」
俺はさっぱり山田が何を言っているのか理解出来なかった。とにかく、俺の親友が無事であった事にいたく安堵していた。
山田と出会えた事が俺の大きな財産となった。
・・・・
一柳田哲・50歳の頃一
昔から御守りの様に持っていた木箱。その中に入れていた一本の髪の毛。幼き日にくすねた髪の毛が、じいさんとばあさんとの思い出をよく思い出させてくれた。
何気なくその木箱を開けて髪の毛を見ていたとき、その髪の毛が不規則に揺らいだ様に見えた。
ヒヒュンッ
見間違いかと思った矢先、その髪の毛が木箱からいなくなり部屋の床に落ちた。
風など吹かぬこの部屋で。
すると
ブウウワアッ!
突風が体にぶつかってきたと同時に目の前に浮かぶ先程の髪の毛と、黒い靄が人影の様に姿を現した。
柳田 「夢か、夢、、じゃないぞ」
頬ベタを摘まむとかなり痛かった。
声が聞こえた。
小さな声だった。
マゴイチ 「某の名はマゴイチ…この髪の毛一本に残る思念となり生きておる」
柳田 「…なんと」
マゴイチと言うフレーズに衝撃が走った。じいさんから聞いたあの武士の甲冑の持ち主の名がマゴイチだった。まさかとは思ったが疑う間もなく声が聞こえた。
マゴイチ 「…たかが思念、そう長くは生きられん。ならばお主の影の中に居候させてはもらえぬか?」
柳田 「私の影の中。…」
スルル
浮かんでいた髪の毛は私の影の上にふわりと滑り落ちた。
ズズズッ
私の影の中から黒緑色の日本刀が現れた。
柳田 「…?、日本刀」
マゴイチ 「某の息が続いているのも、どうやらお主の影の中にいる者の力のおかげのようだ。呼応する力があるのであろう。協力する。某を刀として使え。ただし、道理を外れた目的と手段に使わば首を斬る」
その時、まだ私は自身の影の中の者とは面識がなかった。
そしてマゴイチを影に忍ばせる事となった。
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一現在・渋谷スクランブル交差点付近一
柳田は居眠りから覚めると人気のない渋谷スクランブル交差点付近の状態に気が付き急いで止めてもらった。
バタン
柳田 「どうなってる…」
渋谷スクランブル交差点を歩くのは警察とSBTのジャンパーを着た人間のみ。規制線がはられた交差点には大きく窪んだ穴と異様な空気が漂っていた。




