ep10.影の英雄編・1話
ノイズ混じりの音声がスマホのマイクから発していた。机の上で響くその音を、橘は静かに立って聞いていた。
鷹取 「ザザザ…ザザ…見つけました。貴方の影に…ザザ…見劣りしない。…ザザザ…電磁ウィルスを可能にする子が…ザザ…風春と言うガキがね♪…ザザ、ブッ」
スマホから発していた音はブッとして終了した。
橘 「お前の伝言。しっかりと聞いたぞ。…そして、鷹取お前は何処へ消えた」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
一新宿・鴉山の森一
柳田は1ヶ月ぶりに自身の小屋へ帰って来た。誰もいない部屋に荷物を置き、薪の在庫を確認に出かける。不在の間、森に異変は無いだろうか。野生動物に荒らされた形跡はないか。一歩一歩確かめながら歩く。
柳田 「ううん…」
到着した薪置き場に積み上げられた在庫の薪。十分にあった事を確認すると、柳田は洗濯をすることにした。近くの川辺に移動し、背負っている籠から使った衣類を取り出す。
ザザーーー、ザザァーーー
森の中を流れる澄んだ川。柳田は洗濯板を使い使用済みの衣類達を擦る。冷たい川水に動じず手を動かし続け、洗い終わった衣類を再び籠へ戻す。その繰り返しのなか、柳田はふと鼻を開いた。
柳田 「?、何の臭いだ?」
ここでは嗅がない臭いを感じ取ると、ゆっくりと辺りを見回す。気のせいかと思った柳田は残りの洗濯物を片付けて籠を背負った。
グッグゥ、グッ、グウッ!
小屋の側でロープを引っ張り、小屋と太い枝木の間に3本のロープをくくりつける。そのロープに柳田は、タオルや上着、ズボン等を丁寧に干して行く。
次に風呂を沸かして来ようかと空の籠を取ろうとした時。川辺で嗅いだ変な臭いが再び鼻を掠めた。ふと前に干された大きな白いタオルを見つめた柳田。
その時。
濡れたタオルを横切る鋭い刃が柳田の前に現れた。
ヒュビュゥォオオッッ!!!
退ける柳田。
柳田 「!?!?」
ザザアァ!!
柳田(心の声) 「あの時の違和感、人の気配だったか」
横に一直線で綺麗に切り落ちる干されたタオルと衣類の一部。その洗濯物の隙間から金髪を一本に結んだ男が姿を現した。
ケビン 「サスガハニホンジン。ヒトタチデシトメソコネタ、マケノインヲツクッテシマッタカ」
男の身長は柳田よりも高い事が明らかだった。
柳田 「青い瞳。異国の者。…そんな言葉を吐ける弱者は見たことがない」
そう返す柳田の腕には傷が付いていた。その傷口から血が滲んでいる。
柳田 「丸腰を襲うとは卑怯者よ。名を名乗れ」
刀を構えた異国の男は答える。
ケビン 「キシュウノテッソクデショ?ワタシハ、ケビン。ケビン・マシュエルツ」
柳田 「俺は、柳田だ」
空の手で構える柳田。
森は静かに木々を動かしていた。
柳田は一瞬だけ小屋を見る。
柳田(心の声) 「小屋の戸を開けたままにしておいて良かった。刀は中に、この距離では簡単に追い付かれるな」
カランッ
ケビンは右手で白い鞘を腰から抜くと地面に落とした。
ケビン 「サア、ドウタタカウ」
上段で構えたケビンの刀は、青みがかった刃を光らせる。柳田との距離は僅か3メートル。にじり寄るケビン。
スバズバンッッ!!
ケビンは一瞬で背後と柳田の側にあるロープを2本切り落とした。
バサリと落ちる洗濯物。
柳田は瞬時に身をこなして更に後ろへ下がると残された1本の洗濯ロープを背にした。
柳田 「フーーーッ」
ケビン(心の声) 「ハヤイ、60サイニハトウテイミエナイウゴキダ。コウフンスルネ!」
するとケビンの影からシャドウが現れた。
ズズズズッ
柳田 「ん?」
プシューーーーーッ!!!
ケビンの横に現れたシャドウ。スチーム・ロックは10本刀を支柱に収めた蒸気機械。人間の腰程の高さの鉄丸太は周りに蒸気パイプを巻き付け、圧力計と噴出口が取り付けられている。この世では見かけない異質さを放っていた。
カタカタカタ、
キリリッ
ケビンはスチーム・ロックの支柱から傾いた一本の刀に近づくと、鉄丸太の蒸気ダイヤルをひねる。
モクモクと蒸気が噴出口から出始めた。
ケビンは左手に持つ青みがかった刀を肩にかけ、右手にスチーム・ロックの刀の柄を持った。
ケビンは体勢を低くして構えた。何も語らない。
柳田(心の声) 「…あれは蒸気刀か。蒸気圧力を利用した抜刀術。強力な圧力と刀の噴出速度が異常に速くなる事から、並の人間では取り扱えない代物。異国ならではのフィジカルがそれを可能としたと言うことか」
ケビンは気圧計のメモリが赤いゲージに達したことを確認した。
ケビン 「´´空斬´´!!」
柳田 「カモンベイビー?」
柳田は片目を見開き背後のロープを左手で掴む。
ガチャ
ケビンが右手に握った柄を少し手前に動かした瞬間。
ブシュウウウウウッッッッ!!!!!
気圧が放出すると同時にケビンの右腕と抜き出た刀身は地面を斬りながら掬い上げるように柳田に向けて斬り上げる。
柳田の瞳はケビンの震える右腕を凝視した。
柳田(心の声) 「凄まじい勢いだ。噂以上の速度と威力。だがこの地を作ったのは私だ。お前が深く斬り込んだ地中に、私は無数の岩石を埋めている。その粒の大小は様々、更に土と砂利と砂を入れた岩石の地はどんな鋭利な刀でも一直線には進めまい。故に今お前の右腕は筋肉がふるふると震えているではないか」
柳田はケビンの斬撃のブレを見抜き、斬りかかる刀身を避けると背後に張られたロープに目をやった。
ズバァアァアァアアンンッッ!!!
ケビン(心の声) 「ナンダコノジメンハ?」
ガバシッ!
柳田はケビンの斬撃で切れた背後のロープを両手で掴み引っ張った。
ググンッ!
すると、小屋へ取り付けられたロープがほどける。柳田は洗濯物が干されたロープを巧みに引き寄せ、カウボーイよろしくのロープ使いで頭上で回すと戸が開いた小屋へしなり投げる。
ズヒュンッ!
ロープは小屋の中へ洗濯物を付けた状態で一直線に進む。
その時ケビンは斬り上げた刀を見つめる。
ギザギザと刃こぼれした刀身。
ケビン(心の声) 「タッタヒトフリデナゼハコボレシテル?コノジメンノセイカ?」
ズドッ!!
柳田はケビンの脇腹に突き蹴りを入れる。
ケビン 「ングッ!」
ズザザッ!!
ケビンは両手に持った刀をクロスしてしゃがみ防御の体勢をとった。
シュヒュンクルッ!!
小屋へと伸びたロープの先が戸側に立て掛けられた刀を巻き取ると柳田はロープを引き寄せた。
グンッ!
パシッ!
柳田は引き寄せたロープに巻き付いた刀の鞘を掴んだ。そして柄に結ばれたマスクを外すと顔に付ける。
武将の面頬を模した黒いマスクが柳田の口元を覆う。
柳田 「単身敵地に踏み入った事は褒めよう。ただ、念が足りなかったな。異国の者よ」
黒緑色に光る鞘を目の前に掲げ刀を引き抜こうと正面に構えた柳田。
ジャリ
立ち上がるケビン。
ケビン(心の声) 「アレガ、バンブツトウ。キョウミブカイガ、ココデカタナヲヌカセルワケニハイカナイ!」
ケビンはすぐさま柳田に近付き2本の刀を使い刃を振りかざす。
ケビン 「´´二刀流´´!」
振りかざされたケビンの刀のしのぎ部分に、ダイヤモンドの様に光る小さな鉱石が刃先から刃元まで現れていた。
ケビンの手数の多さに柳田は目を瞑りながら鞘の状態で捌いていた。ケビンの体格と筋力、そして刀を扱う技術が低い訳ではない。ただ、それ以上に柳田はケビンの心を読み解く様にして無駄の無い太刀さばきを展開していた。
柳田 「万物刀を知っているな?」
ケビン 「ワタシハソレヲモライニキタ!」
柳田 「フオンッ!!」
柳田は力強い鞘使いでケビンの刀と体を弾き返した。
距離が離れるふたり。
柳田 「では防ぐ支度をしておきなさい」
ケビン(心の声) 「ドレダケシュギョウシタトオモッテル」
スウゥ…
刀を鞘から抜いた柳田。その刀の柄の部分に人差し指を掛ける。そのまま刀を前に掲げ、時計回りに回転させ始めた。人差し指の力と遠心力を使い、更に速度が増して行く刀が大きな盾に変わった。
柳田 「土竜刃…」
シャリシャリシャリ、ジャリジャリリィ
風が巻き起こり柳田の周りで渦巻く。刀の回転力によって地面の土や石が引き寄せられ、大きな盾の表面は動物のサイ肌の鎧と化した。
ケビン(心の声) 「ワタシノゴージャスノナノモトニ」
カシャンッ
ケビンは2本の刀を正面でクロスさせた。
ケビン 「´´二刀流´´!!」
バキバキバキバキインッ!!!
すると一瞬にしてケビンの持つ刀に青い鉱石が水の結晶化の如く現れ、ケビンの姿を隠す程に広がった。
柳田は開眼した。
柳田 「´´砕散々(サイさんさん)´´」
ケビン(心の声) 「ワタシノタテハサイキョウダ」
柳田は回転させている柄を左手で瞬時に持ち代え、柄を先端にして構えた。その姿は正しく天敵に突進をする直前のサイの構え。柳田の持つ柄と左手はサイの鋭い角へと変貌していた。
ジュダッッッ!!!!
柳田の太い下半身がバネの様に地面を蹴り出す。
ケビン(心の声) 「ミエナイ、ヤツノケハイガキエタ」
無音。
ズバギイィイィイィイイインンンンンンッッッッッッッッ!!!!!!
青い鉱石の盾で防御を構えたケビンの刀が、その中央ど真ん中から柳田の変貌した鋭い角によって粉砕された。
ケビン 「バカナッ!!?」
ケビンは両手を刀から解除すると地面に転がり避けに転じた。




