ep1.雨の街編・7話
吉祥寺駅の立ち食いラーメン屋で、SBTの山田と新井が、醤油ラーメンと味噌ラーメンを啜っていた。ふたりが食べ始めた頃、獅子頭が乗る観光バスが爆発し、その爆発音が駅の方まで響いてきた。
山田 「んん?、何だー?、どっかで花火でも上げてんのか?」
新井 「ゲホッ!、違いますって!早く行きましょう!事故か何かですよ!」
山田 「んなもん、吉祥寺署の奴らに任せとけー」
新井 「ちょっと!シャドウかもしれないんですよ!、最近吉祥寺近辺でシャドウの情報が上がってきてるから我々が来たんじゃないですか!」
山田 「だって、今ラーメン食べ始めたばっかだろうに」
そう言って山田は、箸を持ち麺をすすり始める。
新井 「行きますよっ!!!」
山田 「ブッフォォゥウウ!!!」
新井が山田の耳元に大声で叫んだ為、山田は口から麺と絡んだスープを吐き出した。新井が爆発音を聞いてすぐ、チームに車の手配をしていた為、駅を出ると、ぬるりとふたりの元に黒塗りの車が横についた。山田は指で耳を掻きながら後部座席に乗り込み、パトランプを鳴らして現場へ向かった。
・・・
雫は、ぼーっと煙を上げる観光バスを眺めている獅子頭に向かって声を掛けた。
雫 「ピエロを連れたならず者よ」
獅子頭 「んん?、、あれぇ、眼帯娘じゃん」
雫 「お前は陽炎のメンバーか、それとも陽炎に関わりのある者か?」
獅子頭 「だったら何なの?」
雫 「聞きたいことがある」
すると、空から霧雨が降りだしてきた。そして、獅子頭がいる方向から山田と新井が乗る車が猛スピードで現れた。
キイィィイッ!キキイィィイッ!!
車のドアを盾にして、ゴーグルを付けた山田と新井が獅子頭に拳銃を構える。
新井 「ピエロ男!、両手を高く上げて両ヒザを地面に付けろ!」
山田 「大声で刺激すんじゃねえよー。もうすぐSBTが来るんだから焦るな」
獅子頭 「あーー、あんた等知ってるよ。でも今は邪魔しないでくれるかな。レッドチェリー」
するとレッドチェリーは、両手を後ろに隠して再び両手を前に出すと、それぞれの指の間に赤い玉を挟んでいた。その玉を山田達のいる車目掛けて投げた。
ヒュンッ!、コロンコロンコロコロッ!
その赤い玉は、山田達の足元まで届き止まった。よく見るとその赤い玉には、ピエロの顔が描かれていた。
山田 「逃げろっ!!爆弾だっ!!」
山田と新井、そして運転手の3人は黒い車から全速力で離れる。赤い玉に描かれたピエロの顔にヒビが入り、その間から白い光りが覗く。
バゴォオオオォンン!!!
黒い車が噴煙をあげて横転する。巻き添えとなった山田達は、爆発の勢いで吹き飛ばされた。
雫 「なってないなー」
そう言うと、雫は付けていたクリアマスクを外し、黒色のマスクに付け替えた。その黒色のマスクには、ハンカチ程の大きさの白い生地に黒と赤の隈取りが施されていた。
獅子頭 「なんだぁ、それはぁ」
雫のマスク姿を見て獅子頭は言葉を漏らした。
霧が降る中、微かな光が地上を明るくしていた。雫は自身の影の中から出てきた、1本の藍染め傘を取った。その傘を獅子頭に向けて開き、人差し指を口元に当てた。
雫 「しーーーっ、、二傘流、沈黙の霧」
獅子頭からは、雫が藍染めの傘に隠れて見えなくなった。すると、その傘の中から別の傘が1本、空に向かって投げられた。その傘は空に上がるとゆっくりと開き、藍染めの可憐な柄を見せる。ふわりと上がり、落ちてくる傘を掴んだ雫。そして獅子頭に向けていた傘を持つ雫。獅子頭の視界には、柄違いの傘を持った、ふたりの雫がそこにいた。
獅子頭 「なんだぁ?双子か?」
フッ!
すると獅子頭の視界から、ふたりの雫が消えた。獅子頭は鼻で笑い、雫のいた方に背を向けてしゃがむ。レッドチェリーが獅子頭の背中側に現れて、膨らんだ大きな赤い鼻をギュッと押し潰した。
獅子頭 「破ぜろ」
レッドチェリーが潰した鼻から手を離すと、1センチ程の無数の赤い玉が前方に拡散した。そして黄色く光り出したその玉は爆発する。
バチバチッ!バチバチバチバチッ!
ひとりの雫は、傘を開きレッドチェリーの爆弾を防ぎながら現れた。そして、もうひとりの雫は、レッドチェリーの反対側から現れ、獅子頭の前方から走ってくる。
獅子頭 「接近戦はやめときなー」
獅子頭に向かって走る雫は、藍染めの傘を開き、力強く両手で振った。すると、傘が円盤状に平たく変形した。
雫 「円傘!!」
ヒュンヒュンビュンビュンビュンッ!!
雫が思い切り獅子頭に向けて持ち手を振り切ると、持ち手の支柱部分が外れ、円盤状の傘だけが高速回転で飛んで行く。
獅子頭 「ハハッ!おもしれえっ!」
笑いながらブリッジで円傘を避ける獅子頭。だが、背中合わせで立っていたレッドチェリーの首が円傘によって切られた。
スバンッ!
獅子頭 「レッドチェリーは首切られても死なねえよ」
アンブレラ・レイン 「雫、今、銀傘のエネルギーが30%程だが、どうする?」
雫の持つ傘から声が語りかける。
雫 「それで充分だ。降ろせ」
すると、レッドチェリーの前方にいる雫の上空から、銀傘が降りて来た。
レッドチェリーは、円傘に切られて少しずれた首を両手で元の位置に直す。その時、レッドチェリーの前方で、雫が光を帯びた傘の先をレッドチェリーの方へ向けて構えていた。
雫 「一傘流、、銀傘光」
猟銃を構えるように、銀色の傘を両手で持つ雫。閉じられた銀傘には、バチバチと音を立てながら電気が帯びる。雫はレッドチェリーと獅子頭に照準を合わせ、左目を見開いた。すると、銀傘の先に眩しく光る玉が現れ膨らみ始めた。
雫 「こんな天気でも、陽の光は稲妻を起こす」
バチバチバチバチッ!ビキビキビキッ!
チュィイイイイッ!!!!
雫の構えた銀傘から、稲妻を纏う銀傘光が放たれた。その閃光は、レッドチェリーの左太ももを貫き、獅子頭の腹部を貫通した。
獅子頭 「ぐぅふっ!!、、てめぇ、偽物か!?」
獅子頭の前方にいた雫は、銀傘光が当たると、黒い霧となって消えた。立ち上がろうとする獅子頭は、口から血を吐き出し仰向けに倒れた。
雫 「心配するな、威力は弱い、致命傷にもならん」
雫は、銀傘を影の中にしまい、藍染めの傘をさした。霧はいつの間にか、小粒の雨に変わっていた。
雫 「さてと、心配なのは傘を預けたお前さんだな。ピエロ男と距離が近い。気づかれる前にシャドウを狩りたい所だが」
雫から預かったビニール傘を開いて身を隠す風春は、獅子頭を倒す機会を伺っていた。
風春 「絶対許さねえぞあの爆弾男!バス爆発させて沢山の人達を怪我させやがって!俺だって、、やれる、、この距離ならナックルの打撃が当たるはず」
風春は、獅子頭からわずか5メートルの場所にいた。
風春(心の声) 「この傘、眼帯姉さんの言うとおり、爆弾男に気付かれてない。只のビニール傘だと思ってたのに、傘を開くだけで周りの景色と同化するなんて。これならあいつを倒せる」
その時、左太ももを負傷したまま立つ、レッドチェリーの身体のあちこちに黒い線が入る。すると、その線がまるで鋭い糸で大根を綺麗に切るように、レッドチェリーの身体をバラバラにしてゆく。そして、バラバラになった身体は黒い液状へと変わり、獅子頭の血が出ている腹部へと移動する。
雫 「お前、十色だな?己のシャドウと融合する事で延命する力。そんなおかしな力を持っているのは、お前らしかいない」
黒い液状となったレッドチェリーが、獅子頭の腹部へと入り込んで行く。すると、腹部から出る血は黒色に変わり、銀傘光で貫かれた穴は黒い液状で塞がれた。
ドクン、ドクン、ドックンッ!ドクッ!!
腹部に入ったレッドチェリーは、脈を打つように、獅子頭の身体へと浸透してゆく。
雫 「やめておけ、もしシャドウが消滅したら、お前の身体に後遺症が残るんだぞ」
風春 「、、何なんだあいつ、」
ゆっくりと目を開いた獅子頭。
獅子頭 「へへへ、、延命、、それは違うなー。俺はレッドチェリーとひとつになって、強靭な肉体と力を手に入れた。いわば復活だ」
そう言って、ゆっくりと立ち上がり、雫の方を向いた。獅子頭の姿は、先程とは違い、ピエロの形相へと変化していた。
雫 「あのバカ、今出るんじゃないよ」
風春は、獅子頭が立ち上がり、雫の方へ歩き出した瞬間。開いていた傘を閉じて、全速力で獅子頭に向かって右の拳を繰り出した。
獅子頭(心の声) 「あ?なんだこいつ、いつの間にこんな近くに来てた?、、なんだその目は、気に食わねえ」
風春が、獅子頭に走り出したタイミングで、歩道の脇道から緑色のLED電球を光らせた6台の自転車が現れた。
雫 「お前達!」
佑都 「わりぃー眼帯の姉ちゃん、遅れた!」
佑都達6人は背中に金属バットを掛け、雫の前方に現れた。
風春 「行くぞナックル!隠し拳!」
風春は、獅子頭の顔面を狙って飛び掛かる。右の拳を繰り出し、左の頬を狙い打ち込んだ。
獅子頭 「遅えよパンチ」
そう言うと、獅子頭は顔を後ろに引いて風春の右拳を避ける。だが、その風春の中からシューズ・ナックルが分身するかのように現れて、ナックルの太い右腕が伸び、その右拳が獅子頭の顔面を捉え、ぐしゃりと変形させた。
獅子頭 「!?、、だから何だよ」
風春 「!?」
獅子頭は顔を殴られても、顔の位置を微動だにせず、そしてズボンのポケットに右手を突っ込み何かを手の中に入れた。
獅子頭 「お前は爆竹でも食らっておけ!」
ドッバチバチバチバチッ!!!
風春 「かっはぁああ!!」
獅子頭はポケットから出した爆竹を右手で握りつぶし、風春の胸部に拳をねじり込んだ。打撃の勢いで風春は、山田達が飛ばされた方へと吹き飛ぶ。
佑都達は獅子頭に向かってマウンテンバイクを走らせる。
佑都 「待たせたな弱虫!遊びに来てやったぞ!」
獅子頭 「次はお前等か、地雷、おぉうらぁっ!!」
ズガガンッ!!
獅子頭がそう言って、右拳で地面を殴ると、拳から黒い影が地面の上を散り散りに動き、様々な場所で止まり染み込むように地面に消えた。
獅子頭 「よそ見すんなよ」
雫 「お前達!戻れっ!!」
ドガンッ!ドガドカンッ!!
獅子頭が地面に仕掛けた地雷を、佑都達のマウンテンバイクが通ってしまう。大きな爆発音と共に、佑都達はマウンテンバイクもろとも吹き飛ばされた。だが佑都達は、地面の上に落下する直前、雫が現した大きな傘にキャッチされるように着地した。佑都達は所々怪我をしていたが、何とか意識だけはあるようだった。
獅子頭が風春と佑都達を吹き飛ばし、前方にいる雫の方へ視線を移すと、大きな3本の赤い番傘が開いた状態で地面に突き刺さっていた。
雫 「三傘流」
すると、地面に突き刺さる3本の番傘がゆっくりと回転し始めた。番傘の上空から降る雨が、粒を大きくしながら番傘の上をぐるぐると回り始めた。
獅子頭 「あっはー?、本気になったのか?、、じゃあそれに応えねえとなー」
すると獅子頭は、両手を影に深く突っ込むと、その中から深紅色に染まる2本の大筒を持ち上げ肩に担いだ。その大筒の中に、レッドチェリーの両腕が獅子頭の腹部から伸び、赤い大玉を2つ装填した。
獅子頭 「よそ見すんなよー!」
3本の番傘の上でぐるぐると回る雨粒は銀色へと変わり、小魚の大群へと姿を変えた。雫は、1本の番傘を引き抜いた。すると、残り2本の上の魚群が、雫の持つ番傘の上に集まり、巨大な鰯トルネードとなった。そして、雫は赤い番傘を両手で後ろに引き、野球よろしく全力スイングした。
雫 「梅雨鰯!!!」
番傘の上で渦巻く鰯達が、銀色に輝く巨大な魚となって獅子頭の方へ突き進む。
獅子頭 「ハッハァーーー!!、氷花火!!!」
すると、獅子頭の構えた2本の大筒から大きな赤玉が雫の方へ発射された。その赤玉は、回転をしながらカウントダウンの数字が表れていた。その数字は、3から2へ、そして、2から1へと数字を減らすと巨大な魚に丸飲みにされた。
ピキピキピキピキッ。
すると、赤玉に亀裂が入った。
バァアァアァアアアアンンンン!!!!
大きな爆発音と共に赤玉は、花火のように弾け飛んだ。その赤玉の中からは、鋭く光る何かが飛散した。雫はすかさず振るった番傘を盾にして身体を守る。
獅子頭 「美しい、絶対零度の氷は爆発の勢いにより鋭く、そして硬い弾丸へと変化して飛び散る」
2つの赤玉を丸飲みにした巨大な魚は、爆発の勢いで分散する。そして、弾け飛んだ氷の弾丸が周囲を破壊し、雫にも襲いかかった。
バチバチバチッ、ブスンッ、バチバチバチッ!ブスンッブスンッ!!
雫 「くっ!?、これは、氷か!?」
氷の弾丸が番傘に当たり激しい音を鳴らす。そして、その弾丸の数発が番傘を貫通し、雫の腕や足を傷付ける。
獅子頭 「そんなもんか眼帯小娘」
雫 「いや、まだ終わっちゃいない」
すると、赤玉の爆発により分散した小魚達が再びうねりを上げながら、銀色から金色に色を変えた。再び大きな魚群となった塊は、物凄い速さで獅子頭にかぶり付いた。
ドゴォオォオオオオオオオオオッ!!!!!
獅子頭 「ガッハァッ!!、ゴボッ、、ゴボボッ!!」
鰯に丸飲みにされた獅子頭は、大量の雨量の塊に飲み込まれ息が出来なかった。そして、その直後、獅子頭の両足首が雫の放った円傘によって切られた。
雫 「、、あいつらは大丈夫か?レイン」
アンブレラ・レイン 「大丈夫だ」
雫 「そうか」
・・・
風春は獅子頭から受けた、腹部への打撃の勢いで、山田達の乗っていた黒い車の扉に寄り掛かるようにして倒れていた。
風春 「痛ってぇえぇなぁ、、クソ強いパンチ打ちやがって。っ痛っ!」
その車の向こう側から、汚れたスーツ姿の新井が現れた。
新井 「山田さん!!大丈夫です!?」
ガララッ
太ももに乗っていた瓦礫を足でなんとかどかした山田。白髪頭と同じ位の白さの粉が顔に被った山田が起き上がった。
山田 「大丈夫でねぇ。あのピエロ男は、どうした?」
新井は、山田に手を貸して立ち上がらせた後、黒い車に倒れかかる風春を見つけ近寄った。
新井 「君!大丈夫かい?」
風春 「あぁ、俺は大丈夫です」
山田 「ちくしょう、身体中粉まみれじゃねえか」
新井 「僕もですよ。あの爆弾で粉々になった地面でしょうね」
山田 「あ~、風呂だ風呂」
雫 「おい山田」
と言った雫は、山田達の元に佑都達6人を運び終えていた。
山田 「あぁ?、、小娘か、珍しいな、今日はすぐに帰らないのか?」
雫 「この子達と、あっちでぶっ倒れてるピエロ男を頼みます。お前さんは私が連れていく」
雫が風春の側でしゃがみ、肩を担ごうとすると、風春は「大丈夫です」と言い自分で立ち上がった。新井は急いで倒れている獅子頭の所へ走った。山田は、遅れて到着した救急車に佑都達6人を運び同乗した。救急車と同じくしてSBTが到着し、トラックから降りてきたSBTのメンバーは、事件現場周辺で被害に巻き込まれた人達がいないか捜索を開始していた。
山田 「かー、またシャドウにぶっ飛ばされちまったよ!」
救急車の中で苛立ちながら、咥えた煙草にライターの火を付けようとする。
救急隊員 「禁煙です」
山田 「わかってるよ」
そう言って山田は、ライターだけを内ポケットにしまった。
雫 「よく歩けるな、あれだけの打撃をもらっておいて」
風春 「何の役にも立ってない俺が、こんなところで担がれてたらダサいですから」
雫 「それはそうだな、まずは病院だ。お前さんに会わせたい人がいる」
風春 「会わせたい人、誰です?」
雫 「うちの組のトップだ」
風春 「それって、人影のトップって事ですか?」
雫 「そうだ。、、それで、お前さん、私が預けた傘はどうした?」
風春 「え?」
雫 「傘だ。無くしたとは言わせないぞ」
風春 「え?」
風春は、嫌な予感しかしなかった。風春の気のせいかもしれないが、「ふーん」と言う雫の目がどこかキラキラと光り、風春にどんなお仕置きをしようかと楽しみにしている様に感じた。
さっきまで降っていた雨は止み、獅子頭が放った氷の粒達が地面を冷やし、冷えた空気が風春の鼻元まで届いていた。戦意喪失した獅子頭は新井におんぶされて運ばれていた。
獅子頭(心の声) 「橘さん、すまねぇ」
雫は影の中から正方形のケースを取り、胸元から先程獅子頭から影移しを終えたばかりの黒く染まった紙を取り出し、ケースにしまった。