ep9.記憶の森編・3話
時刻は14時を迎えた。ガーリング787羽田空港発那覇空港行きの座席は満席となった。キャビンアテンダントがベルト着用の声かけをしながら荷物棚の扉のロックを確認する。
柳生は笑みを浮かべながら機内後方通路側の自席に座る。
柳生 「はぁー愉快愉快」
柳生は手に持っている透明な箱から残りわずかとなったマシュマロをひとつ取り口に入れる。
柳生は通路を挟んで隣に座る拓磨に向かって声をかけた。
拓磨は携帯型ゲーム機に集中している。
柳生 「ねえねえもうひとつお菓子食べない?」
柳生はマシュマロをひとつ差し出す。
拓磨 「今さっき貰ったやつ食べたから大丈夫!」
若々しい返事を拓磨は返した。
柳生 「そうか!もう食べてくれたのか!じゃあまた欲しくなったらお兄さんに言って!」
すると拓磨と柳生はふと身体が一瞬軽くなったような感覚に襲われる。
拓磨(心の声) 「、離陸した」
巻は窓から外の景色を眺めていた。鼠色の滑走路となびく芝生の地上が離れて行く。小さくなる地上の世界を見下ろし、機体は雲の白と空の水色の上へ向かう景色を見せる。
巻 「そろそろ来るぞー」
ゆっくりと高度を上げて行く機体の、尾翼に付いているエンジンに出力増加の指示が出された。
ゴオオオオオオオッッッ!!!!!
乗客の座るシートが重力の負荷によってググ、グシグシッ!と軋む。
わずか数分後。機体は高度1万メートルに達すると、座席上にオレンジ色で点灯するシートベルト着用のサインが消灯した。
キャビンアテンダントのアナウンスが流れた後、乗客はトイレに立ち上がったり、携帯やゲームを操作し始めた。
そして間もなく、客席後方から店内販売の台車をキャビンアテンダントが押して現れた。その台車にはドリンクにお菓子、おにぎりやお弁当等が積まれていた。
台車を押す鈴見はワントーン落とした声で優しい売り子を演じる。
鈴見 「お飲み物はいかがですか?烏龍茶、リンゴジュース、お酒も少量ございます。おつまみ、お菓子、おにぎりにお弁当もご用意しておりますのでご入り要ございましたらお声かけ下さいませ」
鈴見が機体中央まで来る頃。機内にキャビンアテンダントの声でアナウンスが入る
キャビンアテンダント 「只今機内にて移動販売を行っております。本日は機長より細やかなプレゼントとして、特別ドリンクをご用意しております。こちらのドリンクは栃木県産の苺を使用致しましたホットティーでございます。豊かな苺の風味を耐熱グラスに蓋をして閉じ込めております。ぜひお客様の五感を使ってお楽しみ頂けましたら幸いです」
機内アナウンスが終わると通路中央で止まる鈴見が特別ドリンクの希望者は挙手を願いますと声をかけた。
周りを見渡す鈴見。
はじめに手を挙げたのは学生服の腕だった。
拓磨 「俺飲みます」
拓磨は携帯型ゲーム機に目を向けたまま声をあげた。
それを見た風春と巻。
風春(心の声) 「さっき言ってた鈴見さんがドリンクを提供してくれるって、、この事?」
巻 「もらいまーす!」
次に挙げたのは巻だった。それを見た風春は拓磨が言っていた事の理由を理解して手を挙げる。
風春 「はい、俺もお願いします」
拓磨はちらりと柳生の方を見る。手は挙げていない。怪しまれぬようゲームに集中しているふりをする。
柳生(心の声) 「ふーん♪珍しい。こんな事があるのだろうか?まあ、味わった事のない物は飲んでみたい人間だからなー」
スッと最後に手を挙げたのは紫色のジャケットの腕だった。
柳生 「お姉さん。私も頂こうかな」
鈴見はありがとうございますとお辞儀をすると注文を締め切った。
そして台車を動かしドリンク作成の為バックヤードへと移動する。
柳生(心の声) 「僕が特別ドリンクを飲む頃。反応が出始めるのかなー。愉快愉快」
鈴見がバックヤードの狭いカウンターに着くと、口先がすぼまった耐熱グラスを5つ並べた。
拓磨(心の声) 「飛行機が高度1万メートルに達する時。機内の酸素量は地上の酸素量より20%減る」
鈴見は煮出してあるホットティーが入ったポットをグラスに傾けて注いで行く。
すると拓磨の影が後方すぐにあるバックヤードへと伸びて行く。
ズズズズ
その影が鈴見の足元で止まり、白い煙を立ち上らせるとそのまま煙はホットティーの注がれたグラスの中へ入り込む。
拓磨 「それにより、身体の血中酸素濃度は5%減る。身体に負荷がかかった状態で俺のシャドウの煙を吸引すると」
煙の溜まるグラス5つにガラス蓋を乗せた鈴見は、その内4つを黒いトレーに置いて持ち客席へ移動した。
拓磨 「潜在意識に出入り自由となる」
鈴見は前方に座る風春から手渡しで、巻、柳生、拓磨の順に苺のホットティーを提供した。
カシャンッ!
鈴見 「失礼致しました。火傷はされませんでしたか?」
鈴見はわざと拓磨に渡すグラスを床に落とした。
拓磨 「それよりゲーム機にかからなくて良かったよ!」
鈴見 「失礼致しました。すぐ新しいお飲み物をご用意致します」
そそくさと鈴見はバックヤードへ帰ると、入れ替わるように別のキャビンアテンダントがタオルを持って拓磨の側でこぼれたホットティーを拭いた。
柳生 「おやおや可哀想に。ではお先に頂きますよ」
グラスを持った柳生、風春、巻。そしてバックヤードで鈴見が出来上がったグラスを手に持ち、ガラス蓋を摘まんでゆっくりと開ける。
拓磨 「´´夢繋ぎ(エンカウント)´´」
4人の鼻腔に苺の香りが入ると強い刺激が脳髄に届く。
柳生 「うーーん♪…」
プツンと糸が切れるように、苺のホットティーを飲んだ4人は睡魔に襲われゆっくりと瞼を閉じた。
風春達を乗せた飛行機は白と灰色の混ざった雲が広がる世界へと飛んで行く。




