ep8.偽造編・3話
平成シティで行われたプロレス大会の翌日。巻と風春が水道橋駅に到着した。風春は柳田から貰った手染めのバンテージを手から肘に向かって巻いていた。
水道橋駅の駅前広場には厳かな噴水があった。その回りにはベンチがぐるりと囲んでおり、今はひとりの女性がどら焼きを片手に人間観察をしていた。
風春はバンテージをしながら歩いていた為、先を歩く巻と距離が開いていた。風春は小走りで追い付こうとして足を進める。
噴水側のベンチに座る女性がどら焼きをひと齧りする。その瞬間、女性のワックスヘアが伸びやかに揺れる。白いシャツが陽の光を浴びて白身を増した。とその後に雲の影が白いシャツをオフホワイトに変え、明るかった噴水周辺が色を落とす。
タッタッタッ
軽やかな靴音と共に噴水広場に現れたのは、ブラウンのフォルムワンピース姿にエコバックを肩から掛けた女性だった。その女性が、巻の前から横を通り過ぎようとした瞬間。
ドン!
巻とエコバックの女性の肩がぶつかった。女性の耳に付けられた大きなリングが強く揺れる。
巻 「お?…」
エコバックの女性 「あっ!ごめんなさい!」
噴水側のベンチに座る女性が紫色のマスクを付けながら立ち上がった。
斎藤陽羽里 「これって、運命?」
ドササァ…コロコロコロロ
エコバックの女性はぶつかった拍子に地面にエコバックを落とした。
中から転がるりんごとグレープフルーツ。長ネギが1束顔を覗かせる。
巻 「わりぃ…」
巻は謝ると共に溢れたエコバックの中身を拾おうと女性の側に近寄った。
エコバックの女性 「私がよそ見してたから、、、え?」
斎藤陽羽里 「´´出会い(アクション)!´´」
斎藤は映画で使うカチンコを鳴らした。
カンッ!
女性と巻の目線が合った瞬間。
フェミニンな香水の香りが巻の鼻腔を刺激する。
エコバックの女性・琉香 「もしかして高校の時同じクラスだった?、私、琉香。鯉渕琉香、覚えてない?」
巻 「ぁあ…なんだこの感じ…」
巻は琉香と目が合ってから心の臓物が鼓動を高鳴らせていた。
風春 「巻さん!」
後ろから小走りで来ていた風春が見えない壁にぶつかった。
グン!
風春 「あ!?急に、何だこれ?」
風春が見えない壁に右手を触れる。すると透明な空間に薄いピンク色がかった壁が現れた。手を離すと壁は透明に戻る。再び触れてみる。風春はこの壁が半径10メートル程のドーム状の壁となって巻を取り囲んでいることに気付いた。
風春 「巻さん!どこかにシャドウがいますよ!」
風春は急いで巻に伝えるが巻に全く反応がない。
斎藤陽羽里 「誰君?撮影の邪魔だよ…」
風春は壁の中にいる女性と目が合った。風春の声に反応したのはその女性・斎藤陽羽里だけだった。
斎藤陽羽里 「´´方向指示眼´´見えなくなるまで下がってね♪」
風春 「…んどぅっ!!!?」
突如身体をくの字に曲げながら真後ろに吹き飛ばされた風春。
ドッ!!!
歩行者通りの中央に生えた街路樹に身体をぶつけた風春は右によろめいた。
風春 「ぐってぇぇ…なぁアイツ…ん?」
風春が巻の方を向いたその時。視界の隅に入った光景に気が付いた。それは左にある建物の2階部分の大きな窓ガラスに太った男が貼り付いていたのだ。
太った男は苦しい様子だった。身体の回りを大量の一万円札が覆い窓ガラス側に押し潰されていた。
一方、巻は何故自分が今ここにいるのかがわからなくなっていた。
巻(心の声) 「わかんねぇ…なんでここにいるんだ?…何しに来たんだ?」
琉香 「ねぇそうだ!すぐ近くに新しく出来たパン屋さんがあるの。そこでお茶しない?、そこねメロンパンが有名みたいでコーヒーも美味しいって」
巻は琉香に落としたエコバックを渡すと動きがぎこちなくなった。
んぐぐ、ぐぐ、ぐぐ
巻(心の声) 「身体が言うこと聞かねぇぞ!、固まってんのか」
斎藤陽羽里 「´´布石´´…さぁ君達の恋物語の始まりよ」
琉香 「やだー!何それロボットダンス?早く行こ!混んでるかもしれないから」
巻は自分の意思とは反した身体の動きに違和感を感じながらも琉香に言われるがまま後を追うようにして動いた。
巻 「…ちょっとま、……待てよーったく~」
急に表情がほころぶ巻を見て斎藤陽羽里はにやけながらどら焼きを齧った。




