ep7.植物の都編・6話
ブクブクゥ…ブクブク…
巻の全身はバグズの消化液の中に浸かっていた。小さな空気の粒がシュワシュワと音を立てながら巻とレッドラインの回りから出ていた。巻は目を閉じ、少し口から消化液を飲んでしまったせいか意識が遠退いていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
一5年前・巻櫂斗17才の頃一
ズザアァン!、ズパァアンン、ザアァン!
巻陶吾 「…櫂斗ー!…櫂斗!!」
俺は船の揺れが心地よくてウトウトしていた。
親父が操縦席のマイクを使って俺を呼び起こすまでは。
今日は日曜日。
親父のカジキ漁を手伝い始めて1年になる。
と言っても手伝うのは決まって日曜日だけだ。
船首に伸びる2本の長い銛。
そして、ひとり分しか通れない狭く白い足場が伸び、水平線と空の間をいったり来たり揺れていた。
どちらもカジキを捕まえるのに大事な道具だ。
巻陶吾 「櫂斗!仕掛けに食い付いてるぞ!足場立っとけ!」
巻 「…ん。来たか!」
ンダダッ!
俺は頭に捻った白タオルを巻くと船首から伸びる狭く白い足場に移動した。
今日の空は雲が近くて海は青黒かった。
足場から見える海は、船内から見るより更に近く感じる。
潮風が容赦なく鼻に入ってくる。
ズバパァアアァアンッ!!
俺の立つ足場から30メートル先の海面から長いフンを左右に動かし飛び上がるカジキを確認した。
巻陶吾 「気を付けろー!すぐ近付いてくるからなー!」
海を見つめる俺の耳に親父のマイク音が入る。
俺の住む港はほとんどが漁業関係の仕事に就き、家族経営が当たり前だった。
カジキ漁を営む漁船が港にずらりと並び、その姿はそれぞれ個性的で格好良かった。
日本のカジキ漁は小型船が主で俺の親父もそうだった。
小さな船から降りてくる親父が、大きなカジキを釣って帰ってくる姿は俺にとって英雄そのものだった。
ギュルギュルギュルギュル…
船に取り付けられた特大リールがゆっくりとワイヤーを巻き取り始めた。
カジキが徐々に船に近付いている証拠だ。
あれからまだ海面に姿を現さない。
ガチャ
パンチパーマの親父が操縦席から出てくると片手にカジキのフンを切り落とす為のノコギリを持って後ろから船首の方を見つめていた。
カジキ漁に使う仕掛けとなる餌は疑似餌を使う。この疑似餌は漁船毎にデザインが違い門外不出の代物。
親父が漁に出てカジキを1匹も釣らずに帰ってきたことはなかった。
それだけカジキが本物の餌と間違える程親父の作る疑似餌は完璧だった。
だが今日の漁は違う。
今回海に投げた仕掛けは俺が考えて作った疑似餌だ。
その仕掛けにカジキが食い付いた事に、
親父が驚いて操縦席から出てきたのがわかった。
巻陶吾 「仕留める時は躊躇するな。あっちも生き物だ。毎日弱肉強食の世界の海を生き抜いてる奴等だ」
巻 「あたぼうよ…」
その時。
グルグルグルグルグルグルグルグルッッッ!!!
巻陶吾 「!?」
船内のリールが金切り音を発しながら巻き取り始めた。
巻 「銛持つぞ!、親父!」
巻陶吾 「まだ焦るなー、海全体を見ておけ」
青黒い海に大きな波が立ち始めた。
船首の先に立つ俺は左手で白い柵を掴む。
波はすぐに落ち着くとウミドリが2羽突然迷い込んだ様な飛び方をして俺の前方に現れた。
巻 「ん、、鳥か、!?」
ザパアアァアァアァンンンッッッ!!!
とその時
俺の5メートル先にカジキがフンを突き出して海面から姿を現した。
その目は黒に霞みがかった色をしていた。
カジキと目が合う。
カジキが俺と言う捕食者をロックオンしたように感じた。
巻陶吾 「櫂斗!もう柵から手離せ!波は来ねえ」
親父に反抗する余裕もなく俺はゆっくりと左手を柵から離した。
ザブン、ザバン、
波が船に当たる音。
ギギ、ギキキ
大きなリールがワイヤーを擦る音だけが船上に聞こえる。
巻陶吾 「おそらく下で旋回して体力を取り戻してる。仕留めるなら」
巻 「わかった!次だろ!」
俺は長い銛を持つ両手の間隔を広げカジキの影を探す。
あれは間違いなく芭蕉カジキだ。
長い背ビレに青紫色の肌をした強靭な魚の肌。
体長2メートルと言った所か。
初トライにしては上等な相手だった。
グ、グ、ググンッ!!!
その時、リールが数メートルだけ引っ張られた。
俺は体勢を低く構えた。
グラン
船体が少し右に傾いた。
俺は波の影響ではなくカジキがリールを引っ張った事で傾いた事を理解していた。
タッタッタッタッ
巻 「親父!」
親父が俺の側まで来るともう1本の長い銛を手に取った。
ガンッ
巻陶吾 「サイズは小ぶりだが活きが良さそうだからな。ふたりで仕留める」
その直後だった。
俺と親父の頭上に芭蕉カジキの姿があった。
そしてカジキの鋭いフンがゆっくりと俺達の方へ向いて落下してくる。
巻陶吾 「目を狙え!!」
巻 「おぉおしっ!!」
俺は右手に握った銛を後ろへ振りかぶり全力でカジキの右目に突き刺した。
ザクウゥ!
ヒットした。
赤い血が白い船首から伸びる狭い足場に落ちる。
だが目を刺した事で興奮したカジキは顔をブンブンと左右に振って怒っていた。
巻陶吾 「よくやった!尻尾を脇に抱えて絶対離すなよっ!!」
俺は興奮していた。
今まで以上に放出されるアドレナリンが俺にカジキ漁の達成感をじわじわと感じさせる。
俺は尻尾を掴み、親父はカジキのフンと頭を抱えて船上の広い所まで移動させた。
そこで俺は気が付いた。
船上の床に以上に流れる血の量を。
その血を辿ると、それは親父の左手から流れているモノだった。
巻 「…親父!手が!」
巻陶吾 「…あぁ、カジキ漁してりゃぁこんなもん日常茶飯事だ。櫂斗に刺さらなくて良かったよ!(笑)」
親父の左手にカジキのフンが貫通していた。
親父はノコギリでフンを素早く切り落とすと、右手でフンを引っ張り左手を解放した。
俺は急いで船内から救急箱を取りに行き消毒と包帯で親父の左手を応急処置した。
親父の左手はまだ出血が止まらなかった。
白い包帯を分厚く巻いたのに赤い滲みがもう出始めてる。
巻陶吾 「なぁ櫂斗、お前の作った疑似餌がカジキには餌に見えたから釣れたんだ。…あんなにキンキラキンのイカで釣れるなんてな(笑)」
俺が考えて考えて作った疑似餌。
それは全身金色に塗ったイカの仕掛けだった。
初めそれを見た親父は派手過ぎてカジキは食わねえかもって言われてた。
親父は船上に横たわるカジキを見つめながら笑っていた。
俺の気持ちは複雑だった。
でもこれが男のカジキ漁なんだと体験出来た瞬間でもあった。
何事も生半可な気持ちじゃ成し得る事は出来ない。
親父はそれを言葉ではなく背中で俺に教えたかったんだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
一現在・食人植物バグズの消化液に沈む巻一
ブクブクゥ…
バグズの消化液で巻の服は所々ボロボロと溶け崩れていた。
消化袋の中では青く光る水晶体が巻を下から照らしていた。
巻(心の声) 「……サンゴ。…あぁ…強ぇ奴が立ってたあのサンゴ礁も力強ぇ形だった……なぁ」
ブクブクゥ…
ピクピク
微かに動く巻の右手に、影から形を変えて現れた銛がズズズと手の中に伸びてきた。
巻は美術館で見た´´伝説の漁師´´の姿が記憶の中から脳内に現れてきていた。
赤い銛を握り、逞しい身体つきで立っていた場所は海の中。
その足は太く大きな珊瑚礁の上に乗せられていた。
パチン
巻の両目が開き黒目が大きくなった。
巻 「見えたぞ!、レッドライン!!」
ガシッ!!
巻は右手に滑り混んでいた新しいレッドラインを強く握ると、体勢をグルンと反転させて青く光る水晶体に照準を定めた。
巻 「´´レッドライン・サンゴショット´´」
消化液の中を貫く巻のレッドラインが右手から力強く投げ飛ばされる。
ブブウゥウンッッ!!!!!!
すると赤い銛は先端から形を変え始めた。
メキッ、メキメキ、メキメキメキメキギッッ!!!!
赤い銛の先端から、太く複雑に入り組んだ赤いサンゴが飛び出し、その勢いのまま青く光る水晶体に突き刺さった。
ズガバキブクウゥウゥゥウウゥンッッ!!!!
巻 「ここがテメェの急所だろっ!!!」
バグズ 「ギィイギャアァアァアアアアァッッッ!!!!!!!」
凄まじいバグズの叫び声が屋内に響き渡る。
その途端、バグズの身体がボロボロと崩れだし、黒い色の粉へと変化して行くと跡形もなく消失してしまった。
バグズの叫び声を聞きつけ、修栗無連合の一味がバイクで建物の中に入り仲間がいないか確認に来た。
すると、ちょうどそこに立っていたのは、
バグズの消化液に服をほとんどボロボロに溶かされた巻の姿があった。
巻 「……ぉおぉ……やったのか……あんま覚えてねぇけど……親父に会った気がする」
修栗無連合・茜 「水色坊主か、隠すもん隠せてねえぞ。…ここはいないね!次行くよ!」
ブウンブンブンブウウウウンンンッ!!!!
修栗無連合の一味は巻を置き去りにすぐにその場から去っていった。
ブチッ
巻は近くにあった大きな葉っぱを1枚ちぎり取ると股の上に乗せて胡座をかいて座った。
巻 「葉っぱ1枚あれば良い…」




