ep6.フロストフラワー編・5話
僕は数少ない医師経験の中、救えない命に直面する度に心を壊し何度も後悔した。
役立たずの医者だと痛感する度に、医者としての正しさや正義感の様な見えない固定観念に押し潰されていた。
人を救う職にいながらも、命を救えない結果を招いた自身の未熟さへの怒り。それでも人を救いたいと言う強い覚悟が僕にはまだ足りてなかったんだ。
エリートとは程遠い存在だった。
´´医師人生に待ったなし´´
shadowを消滅するためにチームを作る事を考えながら、僕は再び檜原村の訪問診療を再開した。
そんな時。
訪問診療先で独り暮らしの65歳の女性の頭に大きな脳腫瘍が急に現れた。
ステージ4。
腫瘍のサイズは子供の握り拳程。
僕には出来ない。手遅れだ。
そう思った。
でも、、心の奥底で誰かに右下腹部の内臓を等間隔でぎゅぅと握られる様な痛みを感じた。
また後悔する。
また患者を救えない。
また医者を辞めたくなる。
僕の中に棲む悪い自分が、善い自分を食い殺そうとしていた。
強く歯を食いしばる。
ギリッ
強く拳を握る。
ギュゥ
諦められる訳がなかった。
ズズズッ
僕はその時、まだshadowの存在やshadowが持つ能力について充分理解をしていなかった。
ただ、明らかに人に見えざる何かが僕の背後に現れたことはわかった。
´´オペレーション・メス´´
図体が大きく僕の身体の2倍のサイズを有する彼が、僕のシャドウとして姿を現したんだ。
手にはメスを。
千手観音の様な手の数を持って。
オペレーション・メスは、僕の拙い作業を事細かにサポートし、脳腫瘍を抱える女性患者の手術を難なく成功へ導いた。術後麻酔が弱まってきた女性患者は、おぼつかない口元からか細い声で´´ありがとう´´と発する事が出きるほど回復をしていた。
救えた。
取りこぼす事なく患者の命を救えたんだ。
涙が溢れる。
それから僕の医者人生はシャドウによってガラリと世界を変えた。
今まで諦めていた難しい手術もシャドウのサポートで乗り越えた。
僕はこの力を手術や診療だけでなく、人間を害する未知のウイルス研究にも注いで行く。
消えた橘さんの一件以降。
世間を襲うshadowの存在。
急ピッチで同志を募る必要があった。
・・・・・・
一2022年4月一
深田みくるは丸茂の診察室の患者専用の丸椅子に座り、丸茂のデスクに自分の腕を枕にしてうっかり寝ていた。
ンバッ!
深田 「(…やっばぁ寝てた~。うそ!先生まだしゃべってる。目瞑ったまんまだし…どうしよう。話が一切わからなくなっちゃった…)」
丸茂 「フー。…ん?深田君?」
静かな診察室に違和感を持った丸茂は深田がいることを確認した。
深田 「は!先生疲れてるんですよ~!ちゃんと休まなくちゃ」
丸茂 「ハハハッ。そうかもしれないね…」
深田(心の声) 「あっぶねー!何とか乗りきった~」
ガタッ
と立ち上がった丸茂は、診察室のキッチンの奥へと姿を消してしまった。
深田は寝ていた事がバレてしまったかと思い丸茂が消えて行った方へついて行く。
キッチンを通って奥へ行くと、診察室とは壁一枚仕切られて部屋がもうひとつ用意されている。後からその部屋に入った深田がテーブルの上で黒い正方形の紙を折る丸茂の姿を見つけた。
深田 「そう言えば折り鶴作ってましたね~」
一折り一折り丁寧に紙を折って行きながら丸茂は再び話し始める。
丸茂 「この紙は人影の皆がひとつひとつ、人間の内に潜む悪い怒りの部分だけを吸収し集めてくれた結晶」
深田 「元々白い紙だったのに。真っ黒ー」
丸茂 「この一枚を折れば、千羽鶴が完成するのを忘れてたんだ」
丸茂は折り終えた黒い1羽の折り鶴を、壁に掛けられた束の鶴の一番下に紐で繋ぐ。
そして、ズボンのポケットからマッチ箱を取り出すと、先端が白色のマッチ棒を箱の側面に擦り火をつける。
丸茂 「危ないから下がっててね」
丸茂は後方に立つ深田に横顔を向けて声をかけた。
壁に掛けられた千羽鶴の一番下に、丸茂の持つマッチ棒の火がかざされる。
チリ、チリチリリ、
ボッ、ボワ、ボワワァ
深田 「千羽鶴燃やすの見たの2回目ですけど…やっぱり不思議な気持ちになります~」
丸茂 「…」
燃える千羽鶴。
その色は淡い緑色。
燃える折り鶴は白い灰となって受け皿として用意されていた銀色のバケツの中へ散り積もる。
丸茂 「この灰を使って新たな白い正方形の紙を作る。白い紙は人間の怒りの中にある悪い部分のみを吸収し黒く染まる。僕達´´人影´´は人間の怒りの感情も尊重する考えを持っている。……地球環境を汚した罪は、今も…そしてこれからも人間が償って行かなければならないからね」
ボワワアァ…
ものの数十秒で千羽鶴は燃え落ちた。
深田 「うわぁ…。あっという間」
丸茂 「僕達が付けるこのマスクは、この灰を少し混ぜてハニカム構造にして作ってあるんだ。この特殊マスクが外気の酸素を身体の中へ適切に取り入れ、かつshadowウイルスを完全カットする。戦闘と防御に特化した代物なんだ」
深田 「先生~今日ほ~んとによく話しますね~。私もう頭チンプンカンプンです」
丸茂 「深田君にはいつも助けられてるからね。大事な話なんだ。……shadowに感染してしまったならば、善と悪を分け隔てずに全員の治療を行う。悪の怒りを取り除いた´´陽炎´´の組織メンバーも僕が治療を請け負いその後必要な者には警察へ届けている。全員が被害者なんだ」
深田 「先生。神~」
丸茂は話しながら白い灰の入った銀色のバケツに蓋をした。
深田 「先生…今日は先生の話よりもshadowの話の方がた~くさんあった気がします。私は先生の事が知りたくって聞いたのに~」
丸茂 「ハハハハハハッ!ごめんごめん!それはまた今度。今日は帰ろう」
深田 「はーい!帰りまーす!」
診察室のドアを開けて颯爽と退勤する深田。その後ろから続き丸茂が診察室の電気をパチッと消してドアを閉めて出て行く。
・・・
一とある部屋にて一
´´助けて……助けて……´´
誰かの声が遠くでしている。
その声はベッドの上に丸まり眠る大谷相子の頭の中に呼び掛ける。
シルクのシーツにシワが寄り、ピンク色のタオルケットにくるまる大谷相子。
タオルケットから覗かせる白い肌。肩上までの銀色の髪の毛はふわりとシーツの上に乗り、銀髪の内側からはブルーのメッシュが見え隠れする。
ツーーッ
眠る大谷相子の目尻から流れた一筋の涙。
ツー…ピ…ピキキ
その涙は顔を伝う途中で氷になって固まってしまった。




