ep4.赤い刀編・7話
三条は朦朧とする意識のなか、覚田の運転する車の後部座席のシートに仰向けで横になっていた。
三条 「…あぁ。…あっけねぇ」
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一今から3年前。2019年・夏一
三条は親戚家族一同で毎年恒例の川辺でBBQをしている最中。家族とは少しだけ離れた場所にある大きな石を椅子代わりに座り焼きとうもろこしにかぶりついていた。
ガブリ、ガブリ。
モグモグ、モグモグ。
首に巻いた水タオルが心地よく熱い身体を冷やす。三条は甘じょっぱい焼きとうもろこしを堪能しながら川で遊ぶ見ず知らずの家族連れ何組かを眺めていた。
炎天下の川辺に日陰等在る訳がなく、どんどん三条の体内から水分を奪って行く。焼きとうもろこしで更に喉が乾いた三条は、ロックアイスと川水でキンキンに冷やされたクーラーボックスまで戻ると、その中から瓶ラムネを一本取り出す。すると、どうやらそれが姉夫婦の子供の次男坊が取っておいたヤツだったらしく、三条に向かって´´それ俺のー!´´と言われたのだが。
ドシュッ!
と蓋代わりのビー玉を力強く押し込むと、次男坊から睨み付けられながら三条は目の前でゴクゴクと半分程飲んでから、残った瓶ラムネを次男坊に投げ渡した。
パシッ
瓶ラムネを不服そうに受け取った次男坊は、三条の姉から水鉄砲を背中にくらうと直ぐに瓶ラムネの事等無かったかのようにして姉を追いかけていった。
三条 「フッ、かわいーなー」
´´だれか!!助けて!子供が溺れてるの!!´´
川辺全体に女性の鋭い声が響いた。
三条 「ん?」
川辺に背を向けていた三条は、女性の声に反応して振り返ると、まだ左手に持っていた食べかけの焼きとうもろこしを熱い小石の上に落として走り出した。
夏になるとレジャースポットとして集まるこの川辺には、三条以外にも沢山の人達が利用していた。ただ、気を付けなければいけないスポットがひとつだけあった。
三条(心の声) 「この川のほとんどは浅瀬だが、山の木陰になっている大きな石の窪み付近だけは違う…」
子供達が崖のような山の斜面を登り、2メートル程の大きな岩石に到着すると、何人もの子供が続いて川に飛び込める程の深さがその川辺には存在する。
ゴボッ….。o○ゴボッ
その岩石の窪みに飛び込んだと見られるひとりの少年が、水面から顔を出し入れさせながら苦しそうにもがいていた。
三条 「離れて!今行く!!」
三条は溺れる少年の周りにいる人達に声を掛けると走って浅瀬に踏み込んで行く。
ジャッバシャ、バシャバシャッ!
夏と言えども大人の身体には少し冷たい川水。水飛沫をあげながら三条は段々と少年との距離を縮める。
ズボンッ
三条(心の声) 「分かっててもやっぱり深いな」
少年の半径3メートル圏内に入った三条は、水深が深くなった所に足を踏み入れると身体が一気に沈んだ。三条はクロールで近付くと、少年の足に木と草が絡まっているのを水中で確認した。
先に少年の足に絡まる木と草を手で千切る。そして水面に上がった三条は少年の脇を掴んで引き上げようとした。
少年 「かはっ!助けて!!だれか!!助けて!」
パニック状態の少年は大人の三条ですら制御するのが難しい程力強く抵抗していた。
三条 「助けに来た!大丈夫だ!力を抜いて息を吸え!」
少年 「…息が、出来ない!っかは!苦しい!助けて!」
三条に抱えながらも抵抗を続ける少年は、呼吸が荒く、三条の声に反応しない。三条は右腕で少年を抱えながらがむしゃらに左腕と足を使って浅瀬へ向かう。
三条(心の声) 「暴れるな、右腕だけで支えるのも厳しくなる。もう少し、もう少しで浅瀬に足が付けば…」
ガッ
すると三条の左足が浅瀬の砂利の上を捉えた。三条は力を振り絞り左足を踏み込む。
三条 「上がるぞ!」
ガゴッ
三条 「!?」
少年 「!?」
浅瀬に足を掛けた所が急に崩れ落ちた。
バランスを崩した三条は、少年を抱えたまま川の中へ沈んでしまう。
ゴボボ、ゴボゴボッ
三条は強くもがく少年を離さないように持ちながら浅瀬の縁に左手を何とか引っかけた。そして、前へと進もうとする。
三条(心の声) 「…くそっ!川の流れが…」
周りで見ていた男性の大人数名が、いてもいられず三条達の元へ走ってきた。
ガッ!
三条の左手を掴む大人の手。
ザバシャ!バシャバシャッ!
三条は水面から身体が出た事を理解すると、抱えていた少年を前に押し出した。
大人の声 「早くしろ!兄さんは大丈夫だ!子供は!水から上げて毛布かタオルで暖めてあげて!!」
三条は強く咳き込み、大人達の声を耳で感じながら、少年の安否を確かめようと前を見る。だが、視界には既に川辺に集まった大人達の姿ばかりで少年の姿は見えなかった。
三条 「ごほっ!、少年は…」
三条は川から身体を抜き出すと、濡れた髪を後ろにかき上げながら少年を囲む大人達に近付く。
大人の声 「…人工呼吸だ!」
男性がひとり、川辺に仰向けになる少年の胸を強く規則的に押し込んでいた。
大人の声 「私救急車呼んでくる」
女性がひとり携帯を耳にあて川辺から近くの道路に向かって走り去る。
三条 「…顔が、白い」
三条がさっき見た少年の顔色とはまるで別人のような白い顔に血の気が引いた。
川辺に立つ三条の足首は、まだ川に入った状態だった。
大人の声 「…残念だが。…これ以上は」
ガッ
三条は両膝を砂利の上に付いた。
立っていることが出来なかった。
膝が震えている。手が震える。
身体が冷えているからでは無かった。
助けることが出来なかったからだ。
三条 「…なんで」
三条は毎年の様にこの川辺で家族との時間を楽しんでいた。姉夫婦の子供達がまだ小さかった頃。水難事故を恐れた三条は、一番危ないとされる岩石のスポットを見ながらバーベキューの料理をいつも食べていたのだ。
全ては安全に川遊びをしてもらうため。
三条 「…この水がいけないのか、、水さえ無ければ救えたのか。……っちくしょうっ!」
ガボンッ!!!
三条は手に握っていた石を、足元の川の水底へ力強く手ごと叩き付けた。
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一2022年・現在一
日本女子医学付属病院にある病室の一室にて。ベッドに寝ている三条の姿があった。
ツーー。
ベッドに仰向けで寝ている三条の左目から一筋の涙が流れた。
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今から少し遡り。
風呂場で新井から連絡を受けた山田は、ホテルからタクシーに乗って猿橋組ビルに向かっていた。
山田は口に咥えたタバコを火を付けずに動かしながら夜の街を眺めていた。
山田(心の声) 「困ったら警察に任せれば良い。なんて言われて素直に動くような連中が警察にいたらこんなに苦労する事は無かったのにな。…夜の街なんかは特に難しい問題が多発する。そんな時、俺達警察の代わりに影から悪い奴等を監視してくれる存在が昔の暴力団だった。猿橋組には今でも大分世話になってる。警察だけではさばききれない事故事件を警察よりも迅速に解決してくれる影のパトローラーだ。警察は光、暴力団は影。日本を表と裏から守る表裏一体の組織だった。それが、今じゃあどうなってる?…メディアに脚色誇張された暴力団のネガティブな姿に国民は良いイメージ等持つわけがない。テレビのニュースで流される暴力団絡みの事件を取り上げては悪い表情だけを切り取って中身には言及しない。…ご都合主義のメディアのお陰で、素晴らしい暴力団像が出来上がっちまった。警察も暴力団も、元は国を守る大切な機関のはずなのに。…この温度差が気に食わねえんだよなぁ。だからって俺みたいな定年間近のおっさんが出来ることにも限りがある…せめて猿橋組の連中だけでも誤解を説いていかないとな…」
キキイィ
山田の乗っているタクシーが猿橋組ビル前で停車した。
バタン
自動ドアが閉まるとタクシーは夜の街に消えていく。山田は口に咥えたタバコに火を付けると、倒れる和仁の横であぐらをかいて待っている鈴見と、立ったままスマートフォンで誰かと連絡をしている新井の姿が目に入った。
新井 「あ!山田さん!こっちです!」
鈴見 「来た。よっこいしょ」
山田 「…おー。こりゃあアチコチと突っ込み所が満載な状況だなー」
タバコを吸いながら倒れる和仁の顔を覗こうと、しゃがんで顔を近づける山田。
山田 「この奴さんは?」
新井 「おそらく、赤羽組の和仁です」
山田 「でかしたなぁ」
鈴見 「私がこいつのシャドウを殺しました」
山田 「…そうだ鈴見。お前俺との聞き込み、ボイコットしただろ?」
鈴見 「あー。え?そうでしたっけ?」
山田 「罰として、そのバニーちゃんを俺によこせ」
鈴見 「ボトルならあげますけど、もう中身空っぽっすよ」
山田 「もぅ飲みやがったのか…お前ってヤツは。…まぁいい、この奴さん連れて本部へ帰るぞ」
新井 「鈴見さん、運ぶの手伝って下さい。僕こっち持つんで」
鈴見 「はーい」
猿橋組ビル前にはSBTと白字で書かれた黒いトラックが2台到着していた。加えて現地警察のパトカーが2台ビル前に止まり、そのパトカーの中へ猿橋組副組長の宮本と、赤羽組の組員数名が乗せられていた。
和仁をSBTのトラックの中に移動させ終わると、紺色の覆面パトカーに山田、新井、鈴見が乗車すると一同SBT本部へ向かって猿橋組ビルを後にした。
一方。カウンター席側の窓ガラスが割れたままのファストフード店で、腹ごしらえを終えた巻と合流をした風春が仮眠を終えて目を覚ましていた。
風春 「あぁ。さっきよりは大分身体の痺れが取れた…」
巻 「ハル、寝てる間にもう終わったみたいだぜ。ホテル帰るか」
巻と風春はファストフード店を出ると、少し冷たい空気の混じる夏の夜風に当たりながら、駅近くにあるビジネスホテルに泊まった。
・・・
新井の運転でSBT本部へ移動中の車内で鈴見は、尻ポケットから影移しを終えた紙を取り出すと紙の端を舌で軽く舐めると再び尻ポケットに戻した。




