ep4.赤い刀編・1話
7月の強い日差しが北千住駅前のアスファルトを照り付ける。コンビニでタバコを買ったSBTの山田は外へ出るとそこに待っていた新井と共に歩き出した。
山田 「暑い、、新井。そこの木陰で一服させてくれ」
山田はコンビニを出てすぐ側に生えていた木の木陰を指差した。
新井 「コンビニ出たばかりなのに…わかりました」
シュボッ
ライターの火をつけた山田は口に咥えたタバコに火を持ってくる。深呼吸するかのように煙を肺に押し込むとゆっくりと口から煙を吐いた。
山田 「…千住に来ると全身の肌がヒリつくんだよなー、わかるかぁ」
新井 「いや、わからないです」
山田 「まだわからないだろ。ここ北千住はな、」
山田が話している途中で新井は片手を挙げる。
新井 「山田さんスイッチ入ると話止まらないんで、ダイジェストで教えて下さい」
山田 「チッ、わかったよ。ここ北千住はな猿橋組って暴力団組織の拠点で、組長の猿橋ってじいさんには昔ッから警察組織のお偉いさん方がお世話になってるんだ。ただ最近、その猿橋組の副組長の宮本って奴が猿橋のじいさんを良く思ってないって噂が内部で囁かれてるらしい。そこで、北千住の隣の小菅を拠点にしている浮島組が、一枚岩になっていない猿橋組を狙って動き出してるって話だ。さらには、猿橋組から抜けた奴等が集まった赤羽組が北千住に潜伏しているとの情報もある」
新井 「それってつまり、抗争が起ころうとしてるって事ですか?」
山田 「そうなるな、暴力団の交差点に正しく今俺達は立ってるって事だ」
新井 「だから山田さん、さっき肌がヒリつくって。緊張状態がどの組でも起きてるって事じゃないですか」
山田 「組織ってのは色んな思惑があるから先が読みづらい。さらに俺達がここにいるって事は…」
新井 「北千住にシャドウの反応が出てるから…ですね」
山田 「嫌な事は常に重なるもんだ。…俺も若手の頃は、猿橋組にちょっとだけ世話になっててな」
新井 「…え?どういう事です?」
山田 「まぁ、別にお世話になりたくて行った訳じゃねえけどよ。その頃、先輩と仕事終わりに近くの銭湯のサウナに通うのが日課になっててな。その日も先輩に誘われて後からサウナ室に俺が入ったら、そこに長い縄を束ねて持った先輩が2人笑って立っててな」
新井 「な、なんで?」
山田 「知らねえよ。気付いたら俺は豚の丸焼きみたいに縄で縛られた状態で猿橋組の事務所前に置いてかれたよ」
新井 「そんなっ。でもそれって」
山田 「あぁ。先輩が去り際に´´猿橋組に内部調査の辞令だ´´て言われてな…頭真っ白だったなあの時は」
新井 「怖すぎますって!今だったら」
山田 「パワハラか?そんなもんじゃ済まないだろうな…。まぁ、そんな俺と比べたら新井君。君はラッキーな方だと思った方が良い」
新井 「…え?」
山田 「今話した通り。北千住が賑やかになる前に新井君には、猿橋組の門を叩いてだな。潜入捜査をお願いしたい」
新井 「……イヤだ」
山田 「なんで?」
新井 「…イヤだイヤだイヤだイヤだ、いやいやイヤイヤいやいやイヤイヤ!」
山田は急に駄々をこね出した新井を見て頭を掻いた。これだったら何も言わずに新井を銭湯に誘ってサウナ室で縄を使って縛れば良かったとホトホトうんざりしていた。
そこに、
コッコッコッコッ
底の浅い靴音が近付く。
鈴見太鳳 「あのー。もしかして警察っすか?」
女の声に気付いた山田は後ろを振り返る。
山田 「ん?」
山田の目の前にいたのは、グレーのスラックスに長袖の白ワイシャツを着た茶髪のセミロングヘア前髪パッつんの女だった。白ワイシャツの正面には大きな虎顔の刺繍が入っていた。そして右手には白い紙、左手にはワインボトルを持っていた。
山田 「今の就活生はあれか、イカれてねぇと採用してくんねえのか。なあ新井」
山田は目の前にいる女の成りを見て直感で答える。
新井 「…え?」
女は山田が発した´´新井´´と言う言葉に反応し少し目を開いた。
鈴見 「ビンゴ!、、本日付でSBTの山田班に配属になりました鈴見太鳳です。以後お見知りおきを」
鈴見は「ビンゴ!」と新井に指を指しながら右手に持っていた辞令書をふたりに見せた。その辞令書を見せながら鈴見は90度の角度でお辞儀をすると、山田と新井は辞令書に近寄った。
山田 「新井、お前知ってたかこの辞令」
新井 「知ってたらさっき話してますよ」
山田 「だよなぁ…」
とお辞儀を終えた鈴見が上半身を元に戻すと、膨らみのある胸がポヨンと少し揺れた。
山田 「あっ!…お前…」
山田は鈴見が持っているワインボトルに気が付いた。
新井 「あっ!…あ、胸が」
新井は山田と同時に声を出すと、鈴見の揺れた胸に目が奪われた。
山田 「そのワイン、日本限定生産の´´バニーちゃんライジング´´じゃねえか!?」
鈴見の持つワインボトルのラベルには、茶目っ気のある表情のバニーガールが細かい電撃で所々の服が破けた絵がデザインされている。
鈴見 「あぁ、飲みます?」
山田の目の前にワインボトルを掲げる。
山田 「バカ言え。俺は自分の力でそいつを手に入れるって決めてんだ。くそッなんでお前が持ってるんだ」
新井 「山田さん、でもどうしてうちの班に鈴見さんが来たんですかね?」
山田 「知るか」
鈴見 「それは、私がシャドウ使いだからっすね」
新井 「え?」
山田 「、新井に続いてお前もシャドウ使えんのか。揃いも揃って俺の所に変なのをよこしやがる。それで、鈴見って言ったか?新入社員か?」
鈴見 「いや、キャリア採用の5年目で新井君の先輩にあたります」
山田 「そこそこ警察やってんじゃねえか」
新井 「先輩、、なんですね」
少し鈴見に親近感を勝手に持つ新井。
山田 「だからってうちの班では鈴見が一番下っ端だぞ」
鈴見 「はい。そう言えば、さっきなんかふたりで揉めてませんでした?」
山田 「それがな、今考えてる最中なんだが。猿橋組に潜入捜査を新井に頼んだんだがゴネられてな」
鈴見 「あー、じゃあ私行きましょうか?」
山田 「ぉお?」
新井 「僕が行きます」
急にキリッと表情を変えた新井。
山田 「いやさっきまであんだけゴネてたのに」
新井 「気のせいです。僕が捜査に行きます」
山田 「鈴見が行くってよ」
新井 「ただ、ひとつ条件があります」
山田 「何だよ。金なら持ってねえぞ」
新井 「……」
新井は山田にテレパシーを送るかのように、鈴見の胸に視線を送った。勘の鋭い鈴見はふたりのやり取りに直ぐに気が付いた。
鈴見 「…あぁ。じゃあ新井君がちゃんと潜入捜査で成果を上げられたら、私の胸を揉ませてあげても良いっすよ」
新井 「行きます。今すぐ猿橋組に行ってきます」
新井は無駄に敬礼をふたりに送るとスタスタと去っていった。
山田 「はぁ、、あいつがおっぱいバカで良かったよ」
鈴見 「そうっすね。飲みます?」
山田にワインボトルを見せる鈴見。
山田 「いらねえって。俺達は聞き込みだ。行くぞ」
鈴見 「はーい」
山田 「ったく近頃の奴等ってのは……鈴見」
鈴見 「はい」
山田 「何カップだ?」
鈴見 「Dカップっす」
山田 「ほぉー」
鈴見 「揉みます?」
山田 「いらねえって。俺は酒とタバコとドロッとした奴以外興味ねぇ」
山田と鈴見は、新井が向かった方向とは別の道に進んでいった。
・・・
一その15分後一
猿橋組の看板が掲げられたビルの一室には、黒いソファの前で赤パン一丁で正座をさせられた新井に対し、10名の恐ろしい目付きをした猿橋組の組員が睨みを効かせながら激しい怒号を浴びせていた。
すると、10名の組員達の後ろから赤い柄シャツに黒のスラックスを履いた男が現れた。
横山・猿橋組1番隊隊長 「どけ」
低い声が響く。10名の組員達は脇に避けて新井までの道をあける。
横山 「密だのソーシャルディスタンスだのと煩い時代になったな」
新井(心の声) 「こんな事…鈴見さんにさせる訳にはいかない。僕が…いや、俺が必ず捜査を全うするんだ…胸の」
横山 「おい兄ちゃん。何でウチの門を叩いたかは知らねえけど、今どんな気持ちだ?そんなつるんつるんの素肌見せびらかして」
猿橋組組員達 「ハハハ!ハハハ!ハハハ!」
新井の周囲で恐ろしい顔で笑う大人達の声がこだまする。
新井 「俺は…組に入りたいから門を叩いたんです。それ以外に理由なんて無い」
横山 「おぉ、そうか。…じゃあ、善ちょっと相手してやれ」
善 「はい」
横山に呼ばれた善が組員達の間からヌッと身体を現すと新井の前に立った。体格や背格好は新井とほぼ同じだが、頭の両サイドを刈り上げ、頭頂部に残った髪の毛を巧みに縛りポニーテールを作っているのを新井が見た瞬間、強者だと認知した。
横山 「軽いテストみたいなもんだ。ほら立ってみろ、あと名前聞いてなかったな。名前は?」
新井 「俺は…新井」
新井は赤パン一丁姿で立ち上がると、既に戦闘体制で構える善と向き合った。
横山 「やれ」
すると、善は瞬時に身体を回転させると右足をしならせて新井の顔面を狙った。
ブンッ!
横山 「おお、よう避けれたなー!」
新井は下に屈んで善の回転蹴りを避ける。だが善はすかさず拳を出して新井の顔面を狙う。
シュ、シュ、シュシュ
パッ、パッ、パパンッ
繰り出された善の左右の拳を新井は手の平を使って弾き避ける。
横山 「見事に弾くのう、何かやってたのか」
久々に褒められた事に気を許した新井は横山の方を向いて答えた。
新井 「空手をちょっと、んぐっ!!」
その瞬間。新井の鼻に善の右拳が入り込んだ。
ドッ
両膝を床に付けると新井は前のめりに屈んだ。そこへ横山がタバコに火をつけながら近寄って耳元で何かを呟いた。
新井 「、!?」
横山の声は新井にしか伝わらず、それを聞いた新井は少し目を開いて横山の顔を見た。
横山 「終わりだ。新井は今日からウチら1番隊隊員とする。いいなー」
パチパチ、パチ、
事務所の一室中に力の無い拍手がひとつふたつだけ鳴った。




