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shadow  作者: 新垣新太
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ep3.時の天秤編・6話

太田は怪我を負った風春に付き添い救急車に乗り込んだ。車に揺られながら雫から別れ際に言われた言葉を思い出していた。´´太田っちの能力のリスクは十分にわかってる。ただ、新人の風春をこんなに負傷させる前に能力を使わないのは先輩としてどうかな´´。震える手を隠すように太田は手を強く握った。太田は呼吸器を付けられて横になる風春を見つめていると、昔の父親の姿が重なって見え始めた。


太田 「僕は、臆病な先輩だ…」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


一約2年前、2020年・夏一


太田は人影に入る前、デザイン関係の仕事に就いていた。楽しい日々ではあったものの、就業ルールは自由そのもの、定時は自分で決めていた。太田は、いくらでも会社に残ってはほとんど自宅同様に居座る日々を過ごしていた。


太田には4つ離れた兄がいた。連絡を取るのは年に一度、正月にお互いの近況報告をする程度だった。そんな兄から珍しくメールが届いた時、太田は相変わらず会社にへばりつくように仕事をしていた。


ピロン(太田のスマホの通知音)


太田はスマホ画面に浮かび上がったメール通知に表示された´´兄´´と言う文字に目が止まり、仕事の手を止めてスマホのメールを開いた。


太田 「…え?…親父が危篤(きとく)って…」


兄からのメールの文面には´´親父が危篤状態だから病院に来てくれ´´の一文と入院先の行き方が記載されたホームページがリンク先として添付されていた。


太田はメールに添付されたリンク先をタップする。入院先の病院は太田のいる東京から電車で1時間以上はかかる埼玉県にあった。太田はスマホ画面を見つめたまま、しばらく硬直していた。


仕事場は社長が使うデスクに、すぐそばの島に太田を含む4人の社員用デスクをギュッとくっつけなければいけないほど狭い場所だった。朝の7時、仕事場のエアコンは既に疲れ果てたような音を通気口から吐き出している。太田はスマホをデスクに伏せて置くと、忘れていた呼吸を再開してから上を向いて目を瞑る。


太田 「この暑さで体調でも崩したのか…入院なんて…あんなに元気な親父が」


だが、太田には締切を明日の朝に控えた案件を抱えていた。今それを全て投げ出して、仕事場を出てもいいのだが、何故か太田の中に潜むやりきらずに仕事を終える事への気持ち悪さが心をムカムカさせていた。


太田 「…10分…急げば大丈夫だ。デザインの雛型まで作ってから出よう」


まだ誰も出勤していない仕事場で、ただひとり太田は光るパソコン画面を凝視しながら両手を動かし続けた。


・・・


太田がパソコンからふと目を離し、壁掛け時計を確認する。時刻は7時10分。


太田 「よし、これで保存して終了…」


太田が再びマウスを握りカーソルを動かそうとしたのだが、画面に表示されている矢印のマークは反応しなかった。


太田 「あれ…おい、」


太田がマウスとキーボードを何とか動かしても画面はフリーズをしたまま、もちろん上書き保存はされていない。太田の額には暑さのせいかわからない汗が一粒垂れる。


太田 「こんな時に限って、何の時間だったんだろうかあ…」


ポチ


太田は深いため息を口の中で飲み込み、キーボードに付いている電源マークが記されたボタンを長押しした。画面は真っ暗になり、その画面には太田の煮え切らない表情が映る。その表情を自分で意図せず見てしまった太田は、無性に苛立ち頭を掻きむしった。


太田 「ああぁあっ!!…」


ふと我に返った太田はゆっくり時計を見る。時刻は7時20分を差していた。


ガタタンッ!


太田は身の回りのものをカバンに突っ込むと鍵もかけずに仕事場を飛び出した。


・・・


太田がタクシーから飛び出し父親の入院する病院に着いたのは8時30分だった。受付で聞いた部屋番号まで走り引戸の扉を開けると、初めに太田の兄・卓弥(たくや)と目が合った。その瞬間、兄の卓弥が太田の胸ぐらを掴むと顔面を強く殴った。


ガンッ!


卓弥 「この、バカ野郎が!!」

太田は殴られた勢いで廊下に倒れる。口の中で血の味がした。痛みは無かった、おそらく変なアドレナリンが分泌されているせいだろうと太田は感じていた。そこへ卓弥の妻・紗耶香(さやか)が止めに入る。


紗耶香 「ちょっと何やってんのよ!」

卓弥は右腕を紗耶香に両手で押さえられたが力ずくで直ぐ手を払った。

卓弥 「うるせえっ!、タバコ吸ってくる…」


太田は紗耶香に腕を持たれながら立ち上がった。


紗耶香 「びっくりしたでしょ。すぐカッとなる癖は相変わらずで、ごめんね」

太田 「いや、、遅れた僕が悪いんで」


そして太田は電気が消された病室へ入った。部屋の暗さは気にならなかったが、それよりも中にいる親戚の皆が何一つ言葉を発していない事の方が怖かった。その理由を確かめたくなかったが、目の前のベッドに静かに眠る父親の姿が全てを物語っていた。


太田 「親父…」

紗耶香 「10分前くらいに息を引き取ったの。…お義父さん、皆の顔を見てから最後に、ずっと(まもる)さんの名前を呼んでいたの」

太田 「…え?」

紗耶香 「守、守、って。だから卓弥が病室に入ってきた守さんの顔を見て、何でお義父さんが生きてるうちに声掛けてやんなかったんだって殴ったんだと思うの」


父親にゆっくりと近寄り両膝を床に付ける太田。

太田 「親父…俺だよ…守だよ」


父親の手は驚くほど冷たく感じた。その直後、太田の頬に流れるモノは自分の手の上に落ちた。その涙は太田が握る父親の手よりも暖かかった。太田は、何故兄からの連絡をもらって直ぐに病院に向かわなかったのか。それだけが頭のなかをぐるぐると回り続けていた。


太田(心の声) 「俺は……仕事に時間を食われていたんだ。家族との大切な時間を失ってまで、する仕事だったのか……」


太田は気付くとひとりで病院の廊下にある緑色のシートに座り、ツルツルと光る薄緑色の床をじーっと見つめていた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


風春を受け入れてくれた救急病院の待合室で、太田は大きな古時計の振り子を眺めていた。


太田(心の声) 「風春君…申し訳ない」


太田は右手の中に何か握っている事に気が付き右手を開くと、そこには倒れた熊鉢の影から影移しを済ませた黒い正方形の紙がくしゃくしゃになって現れた。


太田 「忘れていたよ、君の存在」


太田は正方形の紙から右手に少し染み移った黒い手の平を顔に近付けマスク越しに臭いを嗅いだ。

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