ep1.雨の街編・2話
渋谷街の道路を、黒塗りの大きなトラックが2台、速度をあげて走行している。そのトラックには白字で´´SBT´´と書かれていた。サイレンを鳴らして大通りに2台のトラックが入り込むと、先に到着していた警察官とパトカーが豚トコトンの店の前と、道路にかけて広く通行止めをしていた。2台のトラックは警察官に誘導され広く空けられた道路にトラックを止める。荷台の扉からは、濃紺色の武装服を着る隊員約20名が現れた。横2列に編成を組み、豚トコトンの店を正面に20メートル程間隔を空けた所で銃を構えた。
キキイィイィィ!
タイヤが強くコンクリートを擦る音と共にシルバーの乗用車が封鎖された道路に滑り込んできた。運転席の窓から右手が伸びて、持っているパトランプを車の上に置いた。運転席側と助手席側のドアが開き、中から男性2人が出てきた。
新井響 「ちょっと山さん運転荒いですって!、あとランプ今さら出さないで下さい!」
山田裕二 「たこ焼き食いながらの運転は難しいんだよ」
新井響 「当たり前ですよ!なんで刑事がながら運転するんですか!」
山田裕二 「ぉおぉおー。焦るなよー、まだ銃降ろしとけー!」
SBT総括の刑事・山田が先に到着したSBTの銃を降ろさせた。その指示を受けると直ぐに隊員全員が銃を真下に降ろした。山田の後ろから部下の新井が現地警察官に丁寧に挨拶をしてから山田について行く。
すると、
バリイィイィイインン!!
豚トコトンの店の中から、男性らしき人が店のガラス張りを割り、投げ飛ばされるように外へ出てきた。
山田 「やっぱり銃構えとけー。新井、シャドウはあの店の中で間違いないんだな?」
SBTは再び銃を店側に構える。
新井 「はい。15分前からこの店から強い反応が見られてます」
山田 「わかった。スコープ掛けるぞ」
新井 「はい」
すると、山田は内ポケットにしまっていた黒いスコープを目に掛けた。山田と同じ物を、既にSBTチーム全員が掛けていた。新井は山田がスコープを掛けたのを確認し、左目をウインクする。
新井 「見えるようにしました」
山田 「あぁ、遠くてまだ良く見えないけどな。なんか黒い藁人形みたいなのがいるなー」
新井 「見えてれば大丈夫です」
末好は、割れたガラスを足で踏みながら外に出た。その先には、額と肘から血を流して倒れ込む中森の姿があった。
末好 「なんだよ、もう警察さん来てんのかい。今はそっちに構ってらんないんだよ。後で遊んでやるよ」
中森 「うぅぅ、、痛ってぇ、、何が」
末好の背後には、黒いツバメが飛び回り、末好の影からは黒いツバメの巣が人形となって現れていた。
その時、店内にいた風春は恵里を必死で止めていた。
恵里 「何なのあのハゲ親父!私本当にああいう事する人許せないの!」
風春 「待って恵里!危ないって!見てたでしょ?何か変な化物みたいなやつが出てきてたじゃん!」
恵里 「なにそれ!?そんなの見えなかった!たぶん店長さんでしょ投げ飛ばされたの。私行ってくる!、離してっ!!」
風春 「ちょっとちょっと待てって!」
そして、恵里と風春は店の外へ飛び出して行く。
恵里 「ちょっとそこのオッサン!!なに考えてるのよ!」
末好は後ろから聞こえる怒鳴り声に反応し、恵里の方に振り向いた。
末好 「なんだよ、次から次へと邪魔だなー。けっ、女じゃねえか。浅はかだなー。ルフラン、あの女邪魔だ」
ルフラン・スワロー 「ぁあ、わかった」
その瞬間、恵里の右腕に注射で刺されたような痛みが走った。すると、恵里の右腕に細い黒い線が入る。そして、コンクリートの地面に散らばったガラス片の上に、恵里の右腕の二の腕辺りから綺麗に切り落ちる。
ドタ
恵里の右腕が鈍い音で地面に落ちる音がした。その直後、恵里の右腕に強烈な痛みが襲う。
恵里 「いっ!!??」
風春 「恵里!大丈夫か!?」
しゃがみこむ恵里を抱えた風春は、咄嗟に落ちた恵里の右腕を自分の後ろに移動させ、恵里の視界から外した。そして、風春は自分が着ているダボっとしたシャツを脱ぎ、恵里の右腕に巻き付け止血を試みる。
風春 「なんなんだよ、、あのオッサン!」
末好 「はーい。店長さん、だいぶ遠くまで飛んじゃったんだね」
そう言って末好は、店から6メートル程離れた所で苦しむ中森の方に歩を進めて行く。
新井 「山さんどうします?怪我人が2名も出てますよ。射撃しますか?」
山田 「ちっ!いつ見てもシャドウは気色悪いな」
と言い、山田は手に持っていたたこ焼き用の串を振り上げて、SBTに射撃開始の指揮を振るった。
ババババババンッババババババンッ!
横2列に編成したSBTが、末好とシャドウを狙って射撃した。銃口から飛び出した弾丸は、うずくまる中森の上を通りすぎ、末好の方向へと集まる。
キキイン!、バラバラバラバラ、
だが、末好の回りを飛んでいたツバメ達が弾丸の方向へ旋回すると、黒い両翼がまるで鋭い包丁かのように弾丸を全て真っ二つに切ってしまう。地面には鉄屑となった弾丸が金属音をたてて落ちる。
山田 「あらーお見事」
新井 「感心してる場合ですか!?」
山田 「してねえよ。今のは只の麻酔用の弾。次はモノホンの特殊弾で度肝抜かせてやるんだから見とけって」
新井 「特殊弾って、そんなの聞いてないですけど」
柳田は食べ掛けのメガ豚トコを申し訳なさそうに見つめ、合掌した。懐から財布を出してお金をカウンターに置いて店を出た。そして、財布をしまい、マスクを取り出す。柳田が付けたマスクは、昔の武将が面頬に使う物に凄く似ていて、黒光りした口元の造形が妙に恐ろしい。柳田は、左手の方向でしゃがんでいる恵里と風春を見つける。恵里は少し身体を震わせて下を向いている。風春は恵里の肩を横から抱きながら、腕を切り落とした末好を睨み付けていた。柳田は、風春の影から黒く揺らめくモノが少し立ち上っているのを見逃さなかった。すぐさま柳田は風春に近づき肩をポンと叩いた。
柳田 「これを彼女の腕に巻いて、きつく縛っておきなさい」
風春 「え?、あ、はい」
手渡されたのは麻色の布とタコ紐だった。風春は、受け取った物を直ぐに恵里の右腕に付け替えて、恵里が痛がるのを承知で紐できつく縛った。
柳田は恵里と風春から離れ、少し前に進んだ。そこで立ち止まり末好を見つめる。
そのまま末好から視線をそらさずに問いかける。
柳田 「青年よ、名前はなんだ?」
風春 「あ、城戸です」
柳田 「いや、下の名前だ」
風春 「風春です」
柳田 「風春、、、良い!」
山田は末好の奥に立つ柳田を、顔を突き出し細目で眺めていた。
山田 「んー?、、柳田?、、久しぶりだな、あいつがいるって事は」
そう言うと、射撃用意をしていたSBTに、怪我人の救護と店内にいる客の避難に直ぐ動けるよう準備をしておくようにと伝えた。
柳田 「そこの者!」
末好は、また後ろから声を掛けられたと思い、ダルそうに振り返った。
末好 「ん?、今俺に何か言ったか?」
柳田 「お前以外に誰がいる。無銭飲食、物を壊して人を傷つけ、何があったか知らないが」
末好は柳田の話を遮る。
末好 「おっさんも浅はかなんだよ!、この店長さんはなー!ツバメを殺そうとしたんだよ!それを俺がわざわざツバメの巣を安全な場所に移してやったんだ!そのお返しに飯をご馳走になっただけだっつーの」
柳田 「今、ツバメの話と店長さんに恫喝した事は別だろ!」
末好 「、、はー、なんでおっさんに説教されなきゃなんねえんだろ」
柳田 「はははっ!おっさんはお互い様だろう。まぁ、やって良い事と悪い事の区別くらいおっさんでもできるよな?」
末好 「うるせえな、まずお前からやってやるよ!」
柳田 「そうか、ならば性根から叩き直さないとな」
すると、末好の回りを飛んでいたツバメ達がツバメの巣の人形に入って行く。
末好は次から次へとくる邪魔者に苛立ちを隠せず、末好の額には青筋が光っていた。
柳田 「おおぉおおおぉおおぉおおおぉおおおおぉおおお!!!!!!!」
全身に力を込めて雄叫びを上げると、柳田は影のある後ろに手を伸ばした。すると、柳田の黒い影の中から刀の柄が徐々に姿を現した。右手でその刀を掴み目の前に持ってくる。
末好 「けっ、チャンバラかよ。ルフラン、一撃で決めるぞ」
黒いツバメの巣の人形が末好に答える。
ルフラン・スワロー 「容易い」
末好 「黒き翼」
ツバメの巣の人形から再び姿を現した無数のツバメ達。末好の頭上で大きく旋回すると、黒い一塊となって形を半月状に変える。
柳田は正面に刀を持ち、左手で鞘を抑え、右手で刀の柄を握る。そして、1センチだけ刀身を見せた。
カチャ
小高い刀の音がした瞬間、柳田の影から侍姿のシャドウが現れた。
柳田 「行くぞ、孫一」
風春は、柳田と末好のシャドウの姿を驚きの眼差しで見ていた。
風春 「なんだよあのメガ豚トコのおっさん、影から何か出せんのかよ」
その時、
ポツポツ、ポツ、ポツポツ
末好 「あ?、雨か」
晴れ間から雨が地面に降り始めてきた。線状の雨が、陽の光に当たり白い糸のようにも見える。すると、黒い半月状に変化し鋭い刃となったツバメ達は、末好の上空から高度を一気に下げ、地面スレスレを飛びながら柳田に向かって行く。
柳田は鞘から刀を抜いた。刀を水平にして、右腕を真横に伸ばした。雨粒が時折、柳田の刀に当たって跳ねる。その雨粒が透明色から蛍光色の緑に変わった。それは、闇夜を舞う蛍の光の様だった。
柳田 「螢刃、天泣」
低空飛行するツバメ達の黒い刃が、柳田の手前から競り上がって来た。その瞬間、柳田は両手で柄を握り、刀を一度下に振り下ろし、掬い上げるようにして斬撃を与えた。
ヒュンギイィイィンッ!!
その斬撃は、白い閃光となって猛速で末好のシャドウの両足を切り裂いた。
末好 「かっ、はぁあっ!」
突然末好は気を失い、そのまま前に倒れた。
ルフラン・スワロー 「なんだあの刀は、、弾き返される、なん、、て、」
そして、末好のシャドウは黒い霧となって消えた。
山田 「出動!」
その号令でSBTと警察官が、怪我人と店に残る客の避難救護、警察官が末好の確保に動いた。
柳田は刀を鞘に収めて影の中へ入れた。そして足早に末好に近づき、懐から出した正方形の白い紙を末好の影の上に置いた。
柳田 「ツバメの話、聞かせてくれ。影移し」
影の上に置かれた紙は、徐々に黒く染まる。柳田はその紙を正方形のケースに入れた。柳田は紙を摘まんだ指先を擦り、その指を鼻先で嗅いだ。
・・・
柳田は、恵里と風春が刑事の新井に連れられて、シルバーの車に向かおうとしている所に声を掛けた。
柳田 「風春、彼女の腕は警察の方が信頼する病院で治療してくれるから安心しなさい。ただ、君がもし今回の事件で何か知りたいと思ったのなら、私の処に来なさい」
風春 「俺は、あの化物にビビって…」
柳田 「鴉山の森で待ってる」
そう言葉を交わして、柳田は風春達と別れた。風春は目の前で起きた事に混乱しながらも、恵里と共にシルバーの車に乗り込み、その場を後にした。