ep3.時の天秤編・3話
歌舞伎座が聳え建つ銀座の大通りでは、太田から話を聞いた井森刑事が中心となって警察による通行止めが行われていた。その大通りの中央で肉まんを頬張りながら白塗りの歌舞伎座を眺める太田。
犬童 「蔵屋。何も此処でやらなくてもいいじゃねえか?」
蔵屋 「…逆っすよ。俺はどんな事があろうとも、逃げも隠れもしない。墨絵を描き続けることが俺の生きる道なんす。犯人にビビってる時間なんてないっす」
大通りには警察官だけでなく、報道陣や野次馬達があちこちから歌舞伎座周辺を固めていた。蔵屋は、大通りを挟んで歌舞伎座が正面から見える歩道に陣取り、新たな作品を描き始めていた。蔵屋の筆先から落とされた墨の流れに迷いは無く、細く流れる様な線から力強い太い線まで次々と白い紙の上に描かれて行く。
犬童 「、、鷲か」
一警察が歌舞伎座の大通りを封鎖してから10時間後一
肉まんの絵が2つデザインされたアイマスクを付けてパイプ椅子に座っている太田。時刻は夜の21時。昼間の時間帯とは違い、人だかりは減り、辺りも静けさを取り戻しつつあった。
太田(心の声) 「被害範囲を最小限にする為に、井森さんに頼んで大袈裟に動いてもらったから、そう簡単に犯人は出てこないよね。、、巻君と風春君には、ここの大通りが見える所に待機しておくよう伝えてあるから、僕が万が一ミスしても多少の時間稼ぎはしてくれそうだ。ただ、我々の忠告に一切応じなかった蔵屋さんは、未だにあそこで作品を描き続けているし。不安要素としては、蔵屋さんに何も起こらないように見ておかなければいけない事位かな」
夜の銀座を街灯が照らす。警察の指示によるものか、本来夜間に歌舞伎座を照らす照明器具は点灯していなかった。薄暗い歩道に広げられた大きな紙に向かって蔵屋は筆を止めることはなかった。
タ、タ、タ、タ、タ、
おしゃぶり昆布を咥えながら、封鎖されている大通りの歩道に入ってきた熊鉢。黄色と黒色の規制線の前で夜間の警備をしていたはずの警察官が1名、熊鉢の攻撃により黒焦げになって倒れていた。
熊鉢 「あれー、今日は暗いよ歌舞伎座」
おしゃぶり昆布を口から外して辺りを見回す熊鉢。そして、墨絵を制作する蔵屋を見つけると絵の前に来て立ち止まった。
蔵屋 「…ん?」
蔵屋は作品に映った人影に気付き顔を上げた。作品の前に立っていたのは半袖半ズボンの茶髪の少年だった。
蔵屋 「どうしてこんな所に?家出でもしたのか?」
熊鉢は蔵屋の言葉に真顔で応える。
熊鉢 「あそこで見た絵。おじさんの絵だったんだ」
蔵屋 「おじさんって!まだ31歳だぞ、」
ズボアァッ!
少し笑いながら蔵屋が言葉を返した瞬間。目の前に赤く揺らめく炎が舞った。時差で訪れた炎の熱さに蔵屋が両腕で顔を隠した後、今まで描いていた作品が目の前から消えてなくなっていた。
熊鉢 「儚いな。俺からしたらあんたおっさんだよ」
蔵屋 「…お前、」
蔵屋が熊鉢に鋭い目付きで睨んだ。
その時、
ズザザザァァアアアッ!!
封鎖された大通りの中央に、風春が片ひざをコンクリートに付いてブレーキをかけながら滑り込んできた。
風春 「お前が火を使うシャドウか」
風春の後ろから巻が歩いて来る。
巻 「幼い顔して悪いことが好きなんだなお前」
現れた風春達と熊鉢の間には5メートル程の距離を空けて向き合っていた。
熊鉢 「何だおっさん達、そこから一歩でも近付いたらこのおっさん燃やすよ、」
太田 「zzz…。、、ん、臭うなぁ」
アイマスクを付けて眠っていた太田が焼け焦げた臭いで目を覚ます。太田がパイプ椅子に座る位置は、蔵屋がいる反対側の歩道だった。親指でアイマスクをクイッと持ち上げると、すぐに状況を理解した太田はアイマスクをおでこまで押し上げた。
太田 「クドウ」
バシュウゥッ
太田の右側に煙りと共に現れるクドウ。
太田 「時計を見ろ」
クドウ 「はいよ」
太田 「行くぞ」
と言うと、太田は右腕に付けた腕時計を見つめ、クドウは首からぶら下げた懐中時計を左手に持って見つめた。
太田・クドウ 「静止」
カチッ
太田とクドウは発言と同時に腕時計の横に突起するボタンを押した。
タッタッタッタッタッタッタッ!
太田は蔵屋達を目指して大通りを走る。
太田 「よっこいしょ。ちょっと蔵屋さんは移動しましょうね。、どこがいいかな、、ここにしましょう」
太田とクドウが発言した瞬間、全ての時が止まり、その世界を動いているのは太田ひとりだけだった。太田はすぐさま熊鉢を睨む蔵屋の元に着くと後ろから抱え、ひょいと持ち上げて細い路地に移動させた。
太田 「これで心配はないね」
クドウ 「おしまい」
カチッ
クドウは懐中時計の横に突起するボタンを押した。
熊鉢 「?、、おっさん、寝てたんじゃなかったのかよ」
太田 「残念。僕は眠りが浅いおっさんでねー」
と太田は風春達の横に移動していた。
熊鉢 「まぁいいや、おっさん達警察には見えないな。道路が封鎖されてるから、警察が何かやってるのかと思ってたんだけど」
太田 「こう見えて僕は警察なんだけどね」
熊鉢 「へー、そうなんだ」
風春 「だったら何なんだよ」
熊鉢 「邪魔だから燃やしとこうと思ってさ」
巻は視界の上にキラリと光る何かを見つけて顔を上げた。
巻 「おい、上から何か降ってくるぞ」
巻の言葉を聞いた太田と風春も上を見上げた。すると、地上5メートル程の高さに10個の金色の卵が、分散した位置から落ちてきていた。
太田 「さっき君に触れておいて良かったよ」
熊鉢 「?、なんか言った?。散れ、卵火」
熊鉢は太田達に気づかれる前に上空に金色の卵を投げていた。そして、熊鉢が言葉を発すると上空から落ちる10個の卵にヒビが入り小さな嘴が顔を覗かせた。
ピキ、ピキ、、パキィ!
太田 「時鈍。風春君、巻君!なるべくここから遠くに離れるんだ!」
太田が熊鉢とほぼ同時に言葉を発すると、熊鉢と上空から落ちる卵の動きがゆっくりになっていった。
風春 「あいつだけ、動きがゆっくりだ」
巻 「スロー再生ってやつか。、ん?」
太田と風春が卵と熊鉢がゆっくりと動いているのを確認すると、その場から走って離れて行くのに対し、巻は薄暗い路地に何か異変を感じ視線を移していた。すると、その路地には蔵屋が両手で顔に付けられた白い仮面を外そうと必死にもがいていた。
巻 「わりぃハル、強ぇ奴あっちにも見つけたわ。先にあっち倒してくるわ」
風春 「巻さんこっちが終わったら応援に行くんで!」
巻 「おぉ」
と言うと巻は自分の影に手を突っ込み、青く長い銛を抜き出して蔵屋のいる路地へ向かって行った。




