ep3.時の天秤編・2話
銀座にあるアトリエ´´ピース´´では、風神の墨絵を制作していた蔵屋達弥が2階で寝転がって休んでいた。
ダッダッダッダッダ
大きな足音がアトリエの1階と2階を結ぶ階段から聞こえてくる。階段から顔を出したのは、アトリエ´´ピース´´のオーナー・犬童だった。
犬童 「蔵屋、お疲れさん」
蔵屋は右手の甲をおでこに乗せたまま目を瞑っていた。
犬童 「どうだ、絵の方は?」
蔵屋は薄く目を開けて口を開いた。
蔵屋 「屋上に」
犬童 「上か」
と言って犬童は3階建てのアトリエの屋上を目指し階段を登って行く。
ガチャ
犬童が屋上の扉を開けると、朝日とビル影が映る大きな白い紙を見つけた。
犬童 「おぉ、、。まだ途中だな、」
犬童はスマホを開き日付を確認する。
犬童 「明日の個展には出せそうにないな。まぁ、未完成作品として出しても良いけどなー。良くできてる」
犬童が眺める蔵屋の風神の墨絵は、頭部から腰の辺りまでは描き終えていたが、下半身が空白のままだった。
・・・
犬童が屋上から2階へ戻ると蔵屋は既に起きており、テーブルの上に置かれたハガキサイズの白い紙に筆を入れる所だった。
犬童 「昨日も徹夜だったんだろ。明日は久しぶりの個展なんだし今日は早く帰って寝ろ」
蔵屋 「いや、それがやっべくて。まだ来場者に渡す手書きメッセージ書いてなくて、これから書こうかなって」
犬童 「じゃあ先に風呂入れ、臭っせえぞー」
蔵屋は犬童にそう言われると、すぐに自分の身体を臭った。首を傾げると持っていた筆を置き、3階にある風呂場へ向かった。犬童は蔵屋がお世話になっている人達に渡す菓子折を買いに行ってくると蔵屋に伝えると階段を降りていった。
ビシャーーーーー
暖かいお湯がシャワーヘッドから吹き出し、臭う蔵屋の身体を包んだ。身体のあちこちに付いた墨がお湯で流され排水口に吸い込まれて行く。
・・・
深夜2時。蔵屋はアトリエにいると徹夜してしまうと反省し、明日の事も考えて手書きのメッセージカードは自宅で書く事にした。蔵屋はアトリエの鍵を閉め、誰もいない暗闇をひとり歩いて帰る。
・・・
ジリリリリイイイイイイィィンンン!!!
蔵屋 「ったはあぁっ!」
けたたましいスマホのアラーム音に起こされた蔵屋は、ベッドの枕元に置いてあるスマホをタップしてアラームを止めた。身体を起こしてスマホを開くと、オーナーの犬童から何件もの着信が入っていた。蔵屋は目がボヤけているせいかと目を擦ったが、着信履歴に嘘は無いことに気が付くとすぐに犬童へ電話をした。
・・・
犬童 「、、全焼だと」
蔵屋 「え?」
朝7時。蔵屋の個展が行われる当日、アトリエ´´ピース´´の前には個展を見に来たお客様ではなく、銀座警察の刑事と鑑識が大勢来ていた。先に来た犬童が警察から聞いた話だと、何者かによる不審火だろうとの事だった。
犬童 「お前が家に帰ってて良かったよ」
蔵屋 「いや、、でも、、絵は、、」
蔵屋の言葉に犬童は何も答えず、ただ黙って下を向いていた。
アトリエ´´ピース´´の建物は全焼、周りへの被害はほとんど無く、怪我人等もいなかったと言う。ただ、蔵屋の作成した墨絵の数々は、ほとんどが跡形もなく黒い灰になってしまっていた。
犬童は蔵屋を連れて警察に事情を話すとアトリエの中に入れさせてもらえた。ただ、入ることが許されたのは2階部分だけだった。大きな部屋では無かったが、画材や作品が焦げ落ちて元の姿を思い出せないほど朽ち、部屋が広く感じるほどだった。2階には鑑識が2名と刑事2名がいた。そのうちの刑事ひとりが部屋に来た犬童達に気が付き近付いてきた。
銀座警察署・井森刑事 「犬童さん先程はお話ありがとうございます。こちらは?」
と井森は蔵屋の方を手で指すと犬童が答えた。
犬童 「蔵屋、こちらが先程話を聞いた井森刑事。今日ここで個展を開く予定だった蔵屋です」
蔵屋は頭を下げ、井森は「銀座警察署の井森です」と挨拶をした。
井森 「あと、後ろにいらっしゃる方もお連れ様ですか?」
犬童・蔵屋 「え?」
と犬童と蔵屋が後ろを振り向く。そこには、巻と風春の姿があった。
巻 「朝からパトロールしといて良かったなハル」
風春 「勝手に入ったら怒られますって」
井森 「お連れ様ではない?」
犬童 「あ、ええ」
井森 「部外者は帰ってもらえますか?」
巻 「敵じゃねえよ、手伝わせろ。犯人は影を使った奴なんだろ?ハル、何て言ったっけ?」
風春 「シャドウです」
巻と風春の言葉に反応した井森達。
井森 「素人が来る場所じゃない、警察に任せなさい」
巻 「だから、」
風春 「俺達、シャドウを使えるんです」
井森 「何なんだお前達」
すると、井森の後ろで現場を確認していたもうひとりの刑事が風春の言葉に反応し井森の横まで近付いてきた。
太田守 「もしかして君、人影かい?」
風春 「はい、重盛さんに銀座に向かえと言われて」
太田 「ほーう」
と太田は何か口に含むようにして考える表情を見せた。
井森 「じゃあ犬童さんと蔵屋さんは、私と一緒に下へ降りましょう。被害状況を確認したいので蔵屋さん詳しくお話聞けますでしょうか?」
犬童 「あぁ」
蔵屋 「はい」
井森は犬童と蔵屋を階段の方へ振り向かせ、去り際に「あとは頼んだぞ太田」と告げて階段を降りていった。
太田 「では初めまして。こう見えて僕は人影のメンバーで刑事の太田と言います」
風春 「刑事に見えない」
巻 「さっきっから言ってる´´人影´´って何だよ」
風春達の前にいる太田は、オレンジ色の癖毛にポロシャツ、綿のズボンを履いた一般的な格好をしていた。
太田 「人影は簡単に言えばシャドウを滅する者達、かな。はい、ふたりの名前を教えてくれるかな?」
巻 「俺は巻」
風春 「風春です」
太田 「よし。長話してる時間は無いんだ。今から僕のシャドウの力で今回の犯人を探すことになった。くれぐれも邪魔だけはしないでくれ」
巻 「おお、あんた影使えんのか?強ぇな」
風春 「犯人を探すって、何か手掛かりでもあるんですか?」
すると、太田はズボンのポケットから小さな金色の玉を1つ取り出して風春達に見せた。
太田 「その手掛かりをこれから見つけに行くんだ。巻君と風春君は、そこに立って待っておきなさい」
そう言うと太田はふたりに背を向け、丸焦げの部屋中央へ移動する。
太田 「ブリッジ・タイム・クドウ」
言葉を発した途端、太田の右側に薄煙りが立ち上った。その薄煙りの中から白髪の老人が現れた。
太田は不織布のマスクを取ると、ズボンの尻ポケットから別のマスクを取り出して付けた。そのマスクは、時計の内部に取り付けられる細かな歯車が全体に施されていた。
風春 「え、おじいちゃんが、シャドウ?」
巻 「えぇえ(笑)」
太田 「時の天秤」
ガチャアァン
太田が言葉を発した後、太田とクドウの目の前に高さ150センチ程の大きな天秤が姿を現した。その天秤には、左右に大きな皿が設置されていた。
巻 「何だよあれ」
ブリッジ・タイム・クドウ 「はいよ。じゃあ切符を用意するよ」
白衣を着たクドウは、白衣のポケットから巻き尺になったクリーム色の連結切符を取り出した。
太田 「過去へ向かうよ」
太田は持っていた金色の玉を、天秤の左の皿に乗せる。
カンッ
ピリ、ピリピリピリ、
するとクドウは連結切符から1枚の切符を切り取り線から剥がすと、天秤の右の皿に乗せた。太田とクドウが左右の皿に金色の玉と切符を乗せ終わると、天秤はゆっくり左右に揺れながら徐々に左右の均衡が取れると左右対照になって止まる。
グ、グググ、ギギギギギィイイ、
すると、釣り合っていた天秤が左に傾き始めた。左の皿に乗っている金色の玉がコロコロと左に転がる。
風春 「何をするつもり何ですかね?」
シュッ
その瞬間。風春達の前から太田とクドウの姿が消えてしまった。部屋の中央には大きな天秤が左に傾いたまま残されていた。
巻 「おーいハル!、どうなってんだよ天パと博士が消えたぞ」
風春 「シャドウ、でも、何の力ですかね」
・・・
天秤が左に傾き始めた瞬間。太田とクドウは逆再生するアトリエの景色の中にいた。
太田 「昨日の今日の出来事だ、建物の燃え方が一番酷いこの部屋が出火元に違いない」
クドウ 「ひどく燃えましたな」
時を遡り始めると、黒く焦げた各所から赤く熱々とした火の手が現れ始め、あっという間に部屋の中は火の海と化した。すると、太田の立っている左側に人が現れた。
太田 「クドウ止めろ、何か話していた。ここから5分間だけ再生したら時を戻せ」
クドウ 「契約は5分間。後悔の無いように」
太田がクドウに声を掛けた時、左側に現れていたのは半袖半ズボンの少年だった。遡っていた時が止まり、クドウの合図で時が前に進み始めた。
熊鉢英介 「…こんなに綺麗に焼けちまうんだぜ。沢山あった絵も、火が触れたら消えてなくなる。悲惨だよなぁ。、、でも、こんな火力じゃまだまだだ。明日の歌舞伎座はもっと豪華に燃やさないと、なぁファイア?」
ひとりで話していた熊鉢が、右にいる太田を見上げてファイアと声を掛けた。太田は少し面をくらったが、ちょうど太田がいる場所に重なるようにして、銀色の人型液状物体がいることに気がついた。
太田 「こんな少年が、」
クドウ 「時間だよ」
・・・
シュッ!
風春 「ぉおっ!びっくりしたぁ」
風春は太田とクドウがいない間に、大きな天秤を近くで見ていると、風春の真横に消えた太田とクドウの姿が現れた。
巻 「わかったぞ。お前、瞬間移動するんだろ?」
巻は半笑いの表情を浮かべ、戻ってきた太田に声を掛けた。
太田 「うーん。惜しい」
風春 「それで、何かわかったんですか?」
太田 「あぁ。今日、歌舞伎座が燃やされるかもしれないね」
巻 「歌舞伎か、何か強ぇ奴がいそうな所だな(笑)」
風春 「巻さんそれ、名前で決めてません?」




