ひかりKATU
「落としちまった。逃がした魚は大喜りだっけ。オヤジ怒るよなあ」
人影の消えなったを町の瓦礫を踏み越えて、少年は探し歩いていた。中学生くらい。
金になりそうな恩恵隕石を拾ってこいと言いつけられていたのだ。例の巨大異星人から落ちた”重く黒い塊”をゲットできたが、注意散漫だったとしか言いようがない。そこは怪物の真下。優良物件を拾得することに気を取られ、暴れ動く怪物の足の間にいたのだ。
どこかのおせっかいな誰かが、助けに駆けつけた。
「バカやろう! なにやってんだ!」
言われて焦る。さすがにヤバいと。逃げようとした。だが塊があまりに重かった。走るどころか歩くのもノロノロ。
「お、重くて走れない……」
「捨ててしまえ!」
捨てたりしたらオヤジが怒る。
そんなときだ怪物の3つの黒い眼球と目が合ったのは。死の恐怖はなかったが、悪寒が背中を走り抜けた。男が、少年をおもいきり押してきた。怪物の足の危険な圏内から、その外へ強引に押してきた。おかげて助かりはしたが、ブツを落としてしまった。男は動かない。立ちあがって拾おう捜そうとしたところに、白い怪物が登場した。
巨大同士の大乱闘。ブツは動乱の瓦礫の下敷き。完全に見失しなってしまった。
黒い怪物は白いのが倒した。ついでにヘリも壊したが。その後、まぶしい光を放射して行方をくらました。デカい2体がいなくった直後、突き飛ばした男と同じ制服を着た大人たちがやってきて、少年を邪魔者あつかいに。落とし物を探したいと説明したが「避難所へ行け」と放り出された。
「『逃がした漁船は大きい』とか……黒のがダメとなると、白のか」
白が消えたのはみせかけだ。少年の目はごまかされない。あの光は目くらましのフェイク。宇宙に飛翔したのでも、消えて転移したわけでもない。眩しさで目をつぶってる瞬間、人のサイズまで身を縮め、走り去ったところをシカと見ていた。あっちの方だ。
白いヤツを見つける。ヤツは隕石生物。サイズを変えられる巨大異星人だ。ならばなにか良いブツを落としてる可能性がある。大きさが人くらいなら、もしかしすると殺れるかも。倒せれば一体まるごとゲットだ。いつもの小遣いとは比べようもない稼ぎになるが。
「なるが……ムリだな。黒いのを倒したくらい強いヤツだ。大人しく残骸捜索にしこと」
落とした体だけは絶対に見逃さなと決心。神経を視力に集中させつつ、白いの方向を追いかける。ブツは必ず高値で売れる。それは間違いないが、少年の胸は、それとは別のなにか。高まる期待のようなものを感じていた。
カンはわりとあたる。不思議なことほどあたる。
「ノド乾いたな。こっちだ……」
新築住宅。といっても2階のない壁と床だけの踏みこんだ。横倒しで扉があいた冷蔵庫から、硬質ガラス片と混じって、中身が散乱していた。転がったコーヒーのペットボトル、と瓶入り牛乳。喉が鳴った。
「むらまち農園産か。やるな」
農家直産をたたえてビンのフタをはずし、まだ冷たい牛乳をゴクゴク飲みほす。ついでに、手作りチーズもかじった。
「工場産とはちがうな。ごちそうさん」
ありがたそうに手を合わせた。衣服がちらかってたので、そこから洗いたてのTシャツをいただいた。うす汚れた汗だくシャツを着替える。同じく散らかってる宝石には目もくれない。
一礼して家を後にする。少年のフットワークは軽い。くの字に折れた信号機の下をくぐると、建築過程を捲き戻したような、コンクリート壁のみの低層マンション。”24時間”の看板ポールがなければ建っていた痕跡すらないコンビニ。爆弾が落ちたように西東の棟が分断されて数メートルくぼんだグラウンドにサッカーゴールが横たわる小学校、横転した体育館が押しつぶした逆さになった屋根。
道路は寸断されて敷地境目も不明。障害物に足をとられ、歩くのさ困難な町を軽く踏み越えて、”白いの”が去った方向へ一直線に駆けていく。
声のしない昼の住宅地。避難状況を伝えるラジオ、犬の遠吠え、ヘリのホバリングを除けば、町はとても静かだった。閑静な住宅地というのはちがう。町の営みがおよばない森の閑かさとも。
老朽化した家屋は生き、隣の新築が破砕。工事完了したばかりの黒々アスファルトからは路盤と雨水桝がむき出しに。奥まった私道の砂利道は現況のまま。津波や台風がひきこした一様な被災とも一線を画す被災。共通する点があるとすれば、歩くこともまならない無秩序に散らばった破片群であろうか。あらゆる災害に慣れてしまったこの国の歴史に、新たな史実が刻まれた。
広島県の隕石集中地帯ではロクな対応ができなかった反省から、政府は、大胆な避難指針を法制化した。USAにならい監視衛星のデータを基にしたAI予測を導入。落下が予想される座標の広域に立ち入り禁止と一斉避難を強制実効するというものだ。はじめての実例が豊平区で、地域住民を素早くかつ適切に退去させることができた。人的被害は数えるほどだ。
その緊急避難命令は、巨大異星人騒ぎにも活かされる。豊平区を越える被害規模にしては、住民の退去はうまくいったといっていい。自治体や警察はほっと胸をなでおろしているだろう。復興という大事業が待ち構えている。
道路はどこも雑然とゴミだらけだ。もはや道とはいえない道を、障害物をよけて進んでいくと、奇跡的に壊されなかった造園屋までやってきた。
「こっちだったんだけど足速いな……戻って別のを探したほうが」
「そこの75%の少年! 将来イケメンの有望株な人材なヒト!」
かん高い声に、ふり向いた。広い庭の外れ。この辺じゃ見かけない種類の、高さ背丈ほどの常緑樹が3列に植えられてる。そんな木の間。枝と葉に挟まるように、少女がいた。ハダカだった。
「ぷプリーズ! 着るものをめぐんでくれないスか?」
漆黒の瞳に藍の瞳孔。横顔だが、太め眉にやや吊り目は、どこかおもしろがってるふう。艶のある黒髪は肩に触れるくらいのショートで、後ろのひと房だけ三つ編み。
「服! お礼はたくさんするっス。着るものよこして!」
葉っぱの間から頬を赤らめる。視線が低いから少女だと思ったが、隙間から見えた身体つきは大人の女性だ。胸が大きい。
「女性用が好ましいけど。この際、作業服でもなんでもいい。ガマンするッス」
「がまんて」
人にモノを頼むときの態度とは。この、常識の欠如した女性のカラダは、傷だらけのようだった。避難が間に合わなくて、服が破けるくらい怪我したんだなと想像する。パジャマとか、上も下も失うくらい薄い服を着てたってことか。造園屋の人かな。だったら家の中に入って自分で探せばいいのに。
傷はみるほどにヒドイ。とくに腕は……。
「う……で!?」
左腕は怪我という言葉に納まる傷じゃなかった。ないのだ。肘から先が。昔に切断した古い怪我とかでは、絶対ない。白い骨と紅い肉がむき出しで、赤い血液がとめどなくほとばしっていた。いましがた、なにかに食いちぎられたような痛々しさ、見ているほうが気を失いそうだ。
「ああこれ?」
女性が右手をふってみせた。持ってるのは千切れた左腕だ。無造作にぐいっと、血まみれの肘へとあてる。口をゆがめるが、「いたいなー!」と気の抜けた台詞を吐く余裕。言うほど痛がってはいない感じだ。転んだ擦り傷をぺろりと舐める「痛いなー」だ。
腕を接触させた。とたんに女性は白く輝きはじめる。白かった肌がより白い。とくに眩しく輝くのは傷の部分。切り傷、えぐり傷、そして腕の切断位置。傷という負を、光の正でまかなっているようだ。数秒くらいだろうか光が終息していく。光が消えると傷も消えていた。
少年のカンが働いた期待とは、彼女との遭遇だったのだろうか。
回復し、傷がつるりとキレイになった姿の神々しさに確信する。
このひとが”白い”のだ。
「じろじろみない! それより、あわれな子羊に愛の1枚!」
「あ……あぁ」
ぽかんとみとれていた顔をあわててそむける。あたりを服をさがすが、なんでもいいと言われても、女性用などもってない。造園屋宅に物色するのもなんか違う。
服なら着ているのがゆいいつ。さっき交換した新しいTシャツだ。歩きまわったせいで汗だくだし、ほこりで汚れてるが、しかたなしに脱いだ。女性をハダカにさせておくわけにもいかない。痩せ気味の上半身をはだける。
女性が伸ばした手に放り投げた。女性はスンスン嗅いで「青春の匂い!」とうなづく。ためらいなく頭からかぶった。期待値が、いくばくか減った気がした。
「あたしは巨大七光。お礼はちゃんとするから期待しといて。これでも公務員っスから」
巨大と名乗った女性が、”どーん”という効果音をつけて、木の間から飛びだしてきた。中学生くらいのKATUより、なお小さい。靴も靴下もはいてない素足だ。
「公務員。働いているのか。隕石の化け物のくせに?」
巨大は、天真だった顔つきを反転。少年を視る眼がスッと細くする。
太陽がまぶしいと日中だというのに空気が冷える。
黒いのに見つめれたときのように、背筋が凍りついた。
「見たの?」
「……見えた」
「人間の瞳孔の許容を越えた光で撹乱したというのに?」
「俺の目には視える」
「……そう。訊いていい? キミはなに?」
「なにっていわれてもな。意味がわからない」
「誰かに言ったりするつもり?」
「べつに。何かくれたら黙ってるよ」
大ぶりのTシャツから延びた白い手足が、華奢ななかにエロさを醸し出してる。じーっと見つめられると、落ち着かない気分になってくる。
「つかさ。腕」
「腕?」
「光どーとかいうなら、人の前でアレやっちゃへんだろ」
「あーーーっ!」
「きづかなかったのか?」
「うん。。。バカね。ふふっ」
「バカだな。ははは」
目をあわせると、笑いがとまららくなり、腹をかかえて笑い合った。
「ふー、こんなに笑ったのは久しぶり。シャツと合わせて、きちんとお礼をするわ。あの姿だけど……なんというか、アレよ。わかるわよね? 仕事してるお姉さんのほうが、あたしの素だから。えーとキミ、名前は?」
元の調子に戻った巨大。何が”アレ”だというのか。少年はツッコまない。命拾いをしたという気分もあり、すでにいろいろオーバーフロー。ツッコむどころではない。
「名前。カツ」
「カツ。カツ君ね。さすがわ有望イケメンかっこいい。どう書くの? この辺に住んでるの?」
「英字でKATU」
「えー帰国子女お?」
KATUは漠然と考えた。お礼というなら、なにをもらおう。黒を獲り損ねたんだから、代わりの隕石関係が妥当だろう。あるなら、さっきちぎれた指がいい。欠片でも、もっていけばオヤジが喜ぶだろう。
「……くれるっていうなら」
「おいぉ?」
ガラの悪い男が、割ってはいっってきた。肩を斜めにゆすってポケットに片手だけ突っ込んでる。そのランウェイが生き様を表す。あちら家業の人間、どちらかといえば本物ではなく、落ちこぼれっぽい感じの。
因縁をつけられると、とっさに身構えた巨大――には目もくれず、KATUのほうへと迫った。
「カツゥ!! 裸になってどこほっつきやがってんだ! 獲ってきたんだろうな?」
前傾アゴをつきだての威嚇。オーソドックスなメンチ切りで、KATUの鼻先に鼻先をくっつける。
「KATUくんのお父さま?」
「おとうさまだぁ? オレあ、月島って個人事業主だ。カツ、てめえ女連れたぁいい身分だ! さぞ、いいブツ獲ってこれたんだろうなぁ。あぁ?」
「獲った。けど落とした」
「落ぉとした? 落とした?? あんだけでっけぇく動く隕石からぼろぼろ落ちてたモノを、拾って。んで落とした? ボケ語ってんじゃねーぞてめぇ。誰がメシ食わしてやってるって思ってる! ああ? 食扶ちくれぇ稼ぎやがれやっ」
「まって。ブツが何かわか……る気がするスけど、後にして。KATU君には服をもらったから、お礼するっていってたところっス」
「礼だぁ?」
上から下。つま先から頭の天辺まで巨大をジロジロ値踏みする月島正司。
ケっと唾を吐き出した。
「避難所にでも行けや。被災ガキにたかるほど落ちぶれちゃねぇ! 来いカツ行くぞ!」
「ん。ああ」
カツを連れ、怪物の爪痕著しい住宅のほうへと歩き出す。待ってと止める巨大に、ケツをガシガシかきむしってシカトだ。
「ったく、笹川のアニキに、なんていえばいいんでぇ」
「落としたって言えば」
「ぼけか。そういやてめー、デケエヤツの足んとといやがったろ! アニキの言葉まにうけすぎんな。命おとしちゃあ、マズ飯も食えねえぜ。俺んとこのは不味くねぇがな。その辺、未確認生物でもないか探せや。フリートが目ぇつけるまえに拾ってズラかんぞ」
月島とKATUは、下敷きとなってる巨大異星人を見つけようとした。つま先でゴミをつついたり持ち上げたり。ガラス片、千切れたトタン、バラバラの軽量瓦に、サイディング外壁の石膏、紙切れのような防水シート。片っ端からひっくり返していった。目ぼしいものは何一つ見当たらなかった。
「オヤジ。あれ」
「オヤジじゃねぇ正司さんでよべっていって……チッ、フリートだ。しゃーねー行くぞ」
 




