36最終話 3年後……
相崎がひとりごちる。
「本日の札幌も別段の異常なし。平常運転と」
そんなリーダーの態度に、サブチーフのエリカが不満を述べたまうた。
「アラートが鳴りっぱなしじゃないの。どこをどうみて異常なしよ」
「いつものことだろう。全域が隕石集中地帯、いや異生物地帯なんだから」
あの日。ガーディウスが雁刃先七輝を倒した日。新千歳空港から浮かした大量の生物が悪しき命を得てしまった。
拡散したタマゴは、なぜか北方面。現地に急行中の対人外生物異物対処班の頭を飛び越えて流れ、豊平区の隕石集中地帯方面を中心を目指す。札幌全域に隈なくもぐりこんだ。その数知れず。
戦術ディスプレイの数センチ上には隊員たちの3Dアイコンが並ぶ。善行は、指をくるくる回しながら、呼びかけた。
「半端孵化生物が発生した。南区方面に近いヤツいるか?」
アイコンがスライド、中央の小窓――慰霊写真の枠にみえる――にひとつが停止すると、中で元気な少年が手を挙げた。
『こちら臨時のバイト職員。石山にいます。11足ですか』
「カツか。香暁もいるな。3手の頭だ。イケるか」
『問題ありません。そう沙也加先輩が申してます』
女性の「誰がさーちゃんよ」と声がして、右から出た足がKATUを蹴った。小窓からKATUが消えた。エリカは頭をかかえた。
「香暁てあんな子だったかしら。カツ君は驚くとフグとか足デカになっちゃうこと知ってるのよね。また、車が破壊されなきゃいいけど」
利益を生み出すフリートには潤沢な予算が組まれている。後付けの決済も大幅に認めらてはいるが、隊員による車両破壊がなんども承認されるはずもない。つい先月も大破したばかりなのだ。
「なんとかするさ平蔵が。キミの心配は紙のほうだろ」
「いよいよ入手が難しいのよ。A4用紙一枚が20年前のタバコより高いって。ホーマックで298円で買えた時代に戻りたい」
「何歳のころだ。社名もとっくに違ってる」
「はあ。とっとと北海道を離れておくべきだったわ」
「俺を選んだエリカが悪い」
「ふふ。そうね。図に乗らせてあげるわ」
相崎エリカが善行の肘あてにもたれかかる。妻の腰にそえる善行の手は夫のそれであった。
フリートのコンテナが東京への移送を撤回されて、3年の月日が流れた。2棟のコンテナ事務所は5棟に拡張された、数か月後には、新造ビルへと本部は移った。いまや仮本部でも支部でもない。ここが対人外生物異物対処班の統括本部であった。
装備も一新される。バックヤードの手で改良に改良を重ね、人体に影響およばさず害悪だけを狩り獲る、対隕石生物に特化した武器誕生した。
組織の改編。人員も新たに加わった。
「モーニン相崎! 朝からアツいねっ」
「なにがモーニンだチャーリー。高給取りのヒーローさまは、重役出勤のクセが抜けないんですかね」
「言うな若造。老体に朝はキツイんだぜ」
「老体ていえる歳かよ」
陽気な男は、米国から派遣された監察官だ。この地に残された隕石生物の看取りに名乗りをあげた、もの好きなヤンキーだ。ソルトレイク管制塔員として、当時世界をにぎわせたヒーローのひとり。軽量隕石行く末を見守りたいと、雪深い北にやってきた。
「それで、ぼくのヒーローちゃんは?」
「ああ……巨大いるか?」
『……』
返事がない。ビューに映ってるのは、夜店で売ってるガーディウスのお面だ。車載カメラの前にぶらさがってるのだ。
「出現さきは盤渓なんだがな。だれか――つーか、応答しろ巨大! 南区で油売ってるのはナビでバレバレなんだぞ」
お面の隣りの画面で若い男が謝った。者星ハヤトだ。
『申し訳ありませんチーフ。あいつ焼き窯職人に会いに行ってます。渋いイケメンがいるとかなんとか』
「者星。手綱をしっかり握っておけよ。お前の女だろうが」
『その件に関しては、ぼくも多少なり後悔しているわけでして』
エリカが深く、赤べこみたいにうなずいた。横目でみる相崎の顔が渋い。
「同感するわ。東京へ戻ろうと考えたりしてない。行こうか? 私と一緒に」
『それはごめんなさい』
すかさず断る者星に、相崎の顔が複雑なものに代わる。
南区の北ノ沢トンネルの果て、盤渓窯という焼き物工房にいた。強引な巨大に引っ張られて、者星もそこにいた。碧海波釉の青 とかいう、珍しい色合いの陶器があるので、休憩のついでに見に行こうというのだが、まちがっても目的は違う。
側には上質なコーヒーやランチが楽しめるキッチンカーもいて、辺鄙な場所のわりに賑わっていた。
「せんぱーい! 嘘でしたっスよ嘘。イケメンなんて真赤な偽造ビザ。ウェブにあった写真を信じた自分がバカでした。あたし、先輩一筋ですから。うヴ……」
勢いよく戻ってきた巨大の口に、者星はソフトクリームを突っ込む。
「それでも食べていろ。わかるだろうが抹茶ではない」
「ふぐぐ、女性の口に物を入れる。んま。そんなプレイをお望みとはつゆ知らず。ぐが」
者星はあごを押さえ、彼女の咀嚼を手伝ってやった。冷たい頭が頭痛すると騒ぎながら、ようやく食べ終わる。ちなみに者星は、巨大が来る前に美味しくいただいてる。
「この近くに半端孵化生物が出没した」
「3手の頭っすか? それとも11足?」
半端孵化生物とは軽量隕石の成れの果て。目を輝かせた巨大は、三つ編みを振りながら、サイドシートから乗り出す。
未確認生物恩恵隕石隕石生物の3性から生まれた生命体は、非常に短い孵化の後、大量のエネルギーを必要とする。摂取しなければ成長しないのだが、ひな鳥や人間と同じに生まれたときはひ弱だ。自らエサを獲れないので、誰かが与えつづけることになる。
それが、未確認生物や隕石生物、ほかに物質生命体という知性型使役物質がいる。雁刃先七輝がそうだった。
孵化した生命体は小さくその数こそ知れないが、ほとんど食べ物のない状態で、孤独にひっそり成長。大きくなって姿を現したヤツを半端孵化生物と呼んでいまに至ってる。半端孵化生物は3タイプある。
手あたり次第に融かして食べる11足。
8メートル射程の火魔法を使う3手の頭。
とにかくあたりかまわずぶつかりまくる羽根つき。
「羽根つきだ」
肩を落とした巨大がシートに座りなおす
「……嫌いなんスよねあれ。ぶつかってくるし」
半端孵化生物は数日おきに見つかる。多いときは日に数匹。ヒグマすら捕食する怪物退治を生業にしてれば、いつしか得意不得意がでてくる。もちろん始末はできるのだが、苦手意識はつきまとう。羽根つきが好きなのは卯川や恵桐。
巨大や者星は意外に手こずり、巨大化しないと倒せないこともあった。七光は、変身するのが好きではない。者星は、ポジティブな提案をする。
「燃鉱物の恩恵隕石を内包してることがあるから。ボーナスは高いよな?」
「そうっすね」
隊員の育成には時間がかかる。だが、半端孵化生物がいなくなり、明日にも収束する可能性がある任務だ。人員を増やる予定はないと、倭沢は議会で断言していた。その対案で、現隊員には、討伐に応じたボーナスが支払われる。
「七光はあのカフェを買い戻したいんだろ」
「……うん」
「まったく。超のつく金持ちなのに。資金の融通を嫌うとはな」
「個人と会社は別なんです。それにあそこは育った家。自分の力で取り戻したい」
「それなら行くしかないよな。羽根つきの討伐に」
「レッツゴーっすよ。”あんぶれら”に先を越されるまえに」
者星がアクセルを踏む。ピックアップトラックは緩やかに走りはじめた。
空は雲ひとつなく青かった。隕石が落ちてくる兆候は、もうない。
おわり
これで物語はおわりです。長いあいだお読みいただき、ありがとうございました。
次回作を楽しみにしてください。




