33 終わりの始まり
見知った顔。歯に衣を着せぬ語らい。仲間たちとの心地いい談笑は盛り上がったといっていい。世界の滅亡という身もふたもない議題であっても、硬くなった巨大の心も少しばかり緩んだ。
パンッ!
大きく手を打ったのは雁刃先七輝。からかったり、むっとしたりと、本音をつかませない彼女に、全員が目を注いだ。
「お話し楽しかったわ。政治向きの腹芸がないのっていいわね。こんな時間がずっと続いて欲しいんなんて、感傷的になっちゃったりしたけど。お別れの時間が来てしまった。心苦しいけど。お・ひ・ら・き、ね」
話に没入してた巨大は、いきなりの切り換えにとまどい、目を丸くする。大ぶりな女性は変わらず椅子に座したままだが、考えてみればおかしなことだった。巨大は隙だらけである。逃げたり反撃するつもりなら、いつだってできたのだ。
「巨大ちゃん。いえガーディウス。あなた私に勝ったつもりじゃないかしら」
雁刃先が動かないには理由がある。それを察した巨大の首筋に汗がつたう。
「……トドメをさして勝つ。それで終わらせるつもりだけど」
「暢気なものね。あれみても、まだそういえるかしら?」
雁刃先が大型パネルを指さした。映ってるのは隕石集中地帯の入口の定点カメラの映像。押しかける市民や増員された警官たちでひしめていた。雁刃先パチンと指を鳴らす。画面が暗転した。
巨大は、次が映される前に動いたが、雁刃先がさえぎる。
「とおせんぼ。行かせるわけないのよ」
パネルは地元局のニュースへと代わった。両手首をつかんで巨大を壁に磔する雁刃先。アナウンサーが緊張をおさえた声で原稿を読み上げた。
『新千歳空港の模様をお伝えしております。30分の間に立て続けに2つの軽量隕石が落ちました。局の詳しい者の言葉では、この2つは恩恵隕石、未確認生物にあたります。また、空港は対人外生物異物対処班に通報してますが通じないとのこと。隣接する航空自衛隊と陸上自衛隊にも出動要請をしたと……新しい映像が届いた模様です』
「……通じるはずがない」
倭沢と相崎は顔色を失ない、ほかの隊員も大同小異。いつも留守役を買って出る、バックヤードチーフ馬宿や、次期入隊がきまってる香暁も誰もいない。軽量隕石に対応する人員は、バックヤードをふくめ、札幌豊平地区隕石集中地帯に集合していた。連絡がはいる拠点コンテナは無人なのだ。
うなだれるばかりの仲間を尻目に、ひとりテレビに見入ってた卯川がぽつり。
「こいつが副官の仕業ってことか」
『軽量隕石が降ってきました。先の2つに続く3つめです。落下位置は三角をつくってます。これは新たな隕石集中地帯の出現でしょうか』
ワイプになったアナウンサーが興奮を演出する。メインの映像は、落下したばかりの軽量隕石を映していた。強制的バンザイの巨大がうめいた。
「時間稼ぎをしたね」
ニタリ。雁刃先の口元が上がる。
倭沢の指がスマホをタップ。状況を確認しようと、フリートのポータルサイトにログインしようとしてるのだが。
「繋がらない……。仕掛けたかナナ」
巨大をみつめる雁刃先。その口が裂けんばかり大きく開かれると、収納限界の押し入れが開かれたように舌が零れ落ちた。ベろりんっと垂れた舌は床まで達する。首が真後ろを向いた。
「ひっ!」
「ナナ……それが本当のキミなのか」
「ほほほ。みたいの平蔵ちゃん」
妖艶なボディがとつぜん大きくなる。ぷくぷく膨らんで、2メートルある天井に頭がぶつかったところで膨張が止まった。誰もが、巨大並みの10mを予想が外れて安堵したが、別の変化がはじまる。背中といっていいのか、身体の、巨大に向いてない面から、ずぶぶと昆虫を思わせる触手が生えてきた。
「……」
「クイズよ」
「クイズときたか。場違いにもほどがあるが。それで?」
触手はしなやかな女性の腕へと変化すると、指を3本つき立てた。
「三つ目の軽量隕石って、なんでしょうか?」
「それのどこがクイズだ!」
倭沢はスマホを投げつけると、雁刃先が舌で絡み取った。
「チーフ……恩恵隕石と未確認生物が落下してるってことは」
「ああ。3つめは巨大異星人だよ」
射妻と相崎は、逃れるようにそっと部屋をでていく。雁刃先はそれに干渉しようといない。面白そうに倭沢を見るだけだ。恵桐と卯川が、続くように出て行った。 カンカンカン、鉄製階段を降りる音、ピックアップトラックのスターター音、道をあけろと卯川の悲鳴のような怒鳴り声。音がたえ続けに窓から入りこむ。
ラストの者星がドアでふり返って、巨大にガンバレとエールを送る。押さえつけられれた親指で巨大はサムズアップ。
「俺もいくよナナ。キミのことは上に報告しておく」
「よろしく平蔵ちゃん。退職金は赤十字に寄付といて」
「退職金はない。キミは懲戒免職だ」
「世知辛いわね」
倭沢もいなくなると、千歳の状況を得たらしい報道陣が潮が退くように減っていく空気をゾーン内に感じられた。そうした喧騒も消えてしまう。ニュースを繰り返すアナウンサーの声が静かさを増長してくる。
「みんな間にあうといいわね。私せめて、あなたたちの神様に祈るわ。幸せな滅びを迎えられますようにって。きゃは、きゃはっ。はがッ」
雁刃先はつかんでた手を引っ込めた。巨大が腕に光をまとったのだ。
「ひどいことするわね」
掌に紅い火傷を負った雁刃先は、それを舌でなめて治す。巨大も光で握りつぶされた手首を回復させた。
「ひどいのはそっちのほう。いまどき時間稼ぎなんてズル手は流行らないよ」
「頭脳的戦術っっていうのよ。生き残りに流行を語ることこそ、ナァ~ンセンスゥ」
「地球から出ていかない? ほかの星にいくなら手をふって見送るよ」
「論外ね。繁殖地をみつけるまで何万年も彷徨ったのよ。安定した気温。ほぼ穏やかな気候。豊富な食糧。こんな楽園なかなかないわ」
「楽園が聞いてあきれるよ。繁殖のたびに環境を破壊してるくせに」
「そこがこの星の素敵なところ。ほかと違って復活するのは、歓迎してくれる証だわ」
「再生は危篤からのやむを得ない処置。あたしには断末魔にしか聞こえない」
「素敵。良い声で鳴いてほしいわ。私たちはそっちのほうが燃える」
さや当てのさ中。ふわあっと、大きな息が漏れた。
「あ、ごめん」
欠伸をもらしたのは、KATUだ。これまでじっと、みんなのやり取りを聞いていた。長い舌を噛みもしないで話せるもんだと感心さえしていたが、だんだん意味が分からなくなって退屈になり。とうとう欠伸がでてしまったのだ。
「ひかりさあ。ほらこういうのなんていったっけ。“モチがつけない。豊胸戦”」
反射的に元がなにかを考えた巨大だが、言葉の原型は浮かばなかった。雁刃先が間違いを修正した。
「埒があかない。平行線」
「それ。頭いい」
「キミ、カツくんっていったっけ。ちゃんと学校へ通ってるの?」
「通えることになった。者星って人のおかげで」
「そうなの。通えるといいわね。キミも学校と街が壊れないことを祈るといいわ」
「あたしが通わせてみせるよ。カツくんが学校へいけるように平和を守るんだ」
「ふうん。それなら決裂――でいいのね。ファイナルアンサー?」
「歩み寄るつもりなんか最初からないくせに」
「そんなこともないわ。とお~っても残念に思ってるのよ。でもがんばって邪魔してごらんなさい。この私を倒せるのならねっ」
 




