TVウォッチャー
札幌に拠点を置く5つのTV局すべてが、同様の中継を流したが、視聴率でSSテレビ放送局が圧勝した。バラエティに重きを置いた分かりやすい番組つくりをモットーとする社風。被災者の心を傷つけないよう細心の注意をはらいつつ、見ごたえあるアクションバトルに仕上げるという、アクロバット的な平川トークが功を奏したのだ。
不謹慎だという声は当然ながらあった。降格させろと頭に血がのぼらせた役員もいた。だが、そこが社風。数字を稼いだ人気アナを番組から遠ざけるのは適切ではないと。経営陣が手を叩いて、むしろもっとやれと、前線へ押し出された。
再度起こったデスドリアンVS守護巨人では、平川アナウンサーを主軸に据えた、万全の態勢でむかえた。2度目の巨大バトル実況は、前回以上に他社を圧倒。ウィークデーの午前という時間帯にはあり得ない視聴率をたたき出した。ニュースソースは好評を博し、インターネットの動画サイト再生回数は臆に達した。
ウハウハのSS局は、巨大異星人の実況ニュースに熱意を注いだあまり、CMを忘れるとう失態を演じる。飛ばしたCMのスポンサーからのお叱り電話が鳴り止まず、受けたスタッフは平身低頭、受話器にむかって頭を下げていた。
現在。定時放送を終えたスタジオ。番組を変更して。知識人を集めた討論会がはじまる。
ここでも平身低頭、頭を下げてる男がいた。
「先ほどの映像は、CGではありません。繰り返します。お送りしたVTRは、1時間前、札幌の北20丁目から24丁目にかけて発生した隕石生物同士の戦いを撮影した正真正銘の映像です。証明するために時間延長してノーカットでお送りしています。目の当たりにした市民が多数おられますので、疑う方はどうぞお知り合いに確認してくだい。繰り返します。CGではありません!」
これがウソついてる目ですか。平川アナウンサーは真剣なまなざしをカメラに向ける。地元で指折りの人気アナは、あり得ないほど、汗だくだった。
テレビでは、視聴者が投降したSNSがテロップになって流れていく。
“本当かなー”
“平川さん! 乗せるのうまい!”
“さすがバラエティの名手。わたし信じそうになった”
「乗せてねーし ここでバラ名手言われてうれしくねー。テロップ選んだディレクター、覚えとけ」
隕石生物の登場は2度目。危険な生体をデスドリアン、討伐に立ち塞がる正義の味方をガーディウスが、定着していた。また現場に居合わせなかった市民や道民の多くは、直接的、間接的な被害者。そもそも国営放送でさえ同様ニュースを流している。
「皆さん信じてくださいよ」
平川アナは、道民に愛されるいじられキャラだった。リアクションすればするほど、投稿は的外れなものになっていき、ディレクターはそのたびに、拳をグッと握る。
「平川MC! いちいち気にしてないで、お始めてしてください。みなさん忙しいのに集まってきやがったんですよ。腕の見せどころを見せてください」
「落ち着いて話そうか後輩ちゃん」
後輩アシスタントが笑顔で場をとりつくろったが、不用意な言葉を連発。かえって進行の足をひっぱる。集められた5人は威厳と名誉に煩い。平素部下には、嫌味ねちねちいう顔ぶれだが、鳴りを潜めてる。テレビ出演は慣れてるが、急遽という準備不足で緊張してるのだ。
コメンテーターたちが座るのは大きな円卓の席。平川と後輩のアナウンサーは俯瞰する位置だ。背後に設置された100インチディスプレイでは、守護巨人がデスドリアンに苦戦してる。昼間の映像だ。
TVカメラ10台。駆けまわるスタッフ。指示をとばすディレクター。機材と人と照明の熱気。広いスタジオがいつもより狭く熱かった。
平川が、マジメ仕切りモードで、テレビの前の視聴者に5人を紹介。いよいよ番組は本題にはいる。
「えーでは、このたびおこった隕石生物の暴走はおびだたしい被害をもたらしました。私の知り合いも何人が被災にあってますが、こうした恐ろしい事態は過去になかったのでしょうか。軽量隕石騒動について意見をお伺いしていきます。学術的なことを扱う番組ではありません。肩の力を抜いて、そうですね、堅さ30%減量くらいで、本音コメントお願いします」
マイクがスタッフの笑いを拾った。コメンテーターの頬をゆるんでスタジオの空気が和む。
「生田鍋さん、いかがです?」
「そうですね。我々みんな、恩恵隕石だの未確認生物だのと、当たり前に受け止めています。でもそもそもですね。軽い隕石についてわかってることは、少ないのですよ」
「ありがとうございます。その耳に下がってるピンクのリング、いいですね。イヤリングではなく未確認生物ですね」
「かわいいでしょう~? 遠くの音を拾って伝えてくれるのよ。イヤたんっていうの。おかげでわたしは情報通っ。コホン。そうではなく。懐いてくれるクリプチだけなら歓迎するけど、そうは限らない。手に負えない軽量隕石の制御を政府はもっと考えなければいけないと、わたしは思いますよ」
髭のコメンテーターが横を向きで口をはさんだ。
「当たり前のことをもったいつけて。これ見よがしに金持ちアピール。成り上がりの美人ベンチャー社長は、ウケがよくていいね」
生田鍋はおもしろくない。イヤたんを揺らし「なんですって?」と立ち上がる。すかさず平川が、なだめにはいる。
「まぁまぁ。恩恵ばかりに気を取られ、危険をないがしろにしてきたツケを払ってる、ということですね。生田鍋さんありがとうございます」
生田鍋はむすっと着席。対面の髭をにらみながら、ウーロン茶はいったコップを持った。あやうく投げつけるところを、謝罪にはいった男性スタッフがとめる。カメラは2台向けらてるが、ライブ放送はされない。
“生田鍋さんかわいそー”
“イヤたんて……”
“社長ぼくを雇って”
背後ディスプレイにの画像が替わる。青い大きな地球が映し出された。感嘆の声がおーっと、もれる。
「人間も無策ではありません。みてください。アメリカと中国の人工衛星が、ゾーン侵入する隕石を捉えた映像です。これについて――博下さん」
小さく挙手した博下が、椅子にもたれかかり発言する。
「軽量隕石がきまった方角――星系から飛来してくるのは、当初から知られていた。だが地球は自転してるのだよ。太陽を公転もしている。つまり一時として同じ位置にはいない。にもかかわらず、北半球の限定した地域に落下してる。16年にもわたってだ」
「隕石集中地帯ですね」
「そうだ。自転速度はとてつもなく速い。24時間で約4万キロ、時速に直せば、赤道上で約1700キロ、地上にいるぼく等が注意をむけることはないが、秒速だと約460m。音速より速い」
「それはスゴイ。音速より速い地面の上で、私たちは暮らしてるんですね」
平川アナが相槌に、博下は椅子から身を乗り出した。
「そう。スゴイことだ。その地球に、宇宙のどこかから直径1200メートルの的めがけて、落ちる正確さは、我々の科学技術のはるか上だ。離れて落ちるイレギュラーもあるが、天文スケールでは誤差にもならない。控えめに言っても神の所業だ」
“そういえばそうだな”
“プロのピッチャーより正確”
“秒速460m!? 地球、私を置いていかないでー”
おおっという平川アナの大げさな同意と、同音異句のテロップ。コメンテーター博下は鼻の孔を膨らます。
「そんなこと調べれば1分でわかる。ギャラをもらうコメントじゃない」
髭がまたもや、ぼそり。博下がキレた。
「さっきからなんだ南野宮! 既成の事実を分かりやすくまとめるのもコメンテーターだ。実際、現状でわかってるのはそれくらいだろう。新しい事実でもあるのか」
「いうまでもない。そのためにここにいる。研究を弟子任せにして遊びまわってるアンタらとは違う」
「そ、そ、そこまでいうなら、さぞかし優れた事実を発見したんだろう」
「だから、ここにいるといってる」
「どうせまた、ピラミッドの底辺地盤は溶岩ドームだたとか、日本列島は地中海の底が移動した島だとか、そんなのだろう。あんな研究、よくも胸を張って世にだせるものだ」
「独自調査から推理して導きだした結論だ。少しも恥じるところはない。弟子の研究成果の横取りばかりのあんたよりは、誠実だ」
「弟子に研究をまかせて何がわるい。あれは、お、俺の研究成果だ!」
「その弟子が、こっちに泣きついてきたがね」
博下が、南野宮に殴りかかろうと、円卓に足をかけた。スタッフは取り押さえることができたが、番組の展開上、いきさつを伏せることはできない。今度はすべてを垂れ流した。後輩アナはおろおろするばり、スタッフも、収拾のすべが見つけられずにいた。
“マジで怒ってるこれ?”
“演出だろう??”
“怖いです。テレビ消します。もうみません”
「ふんぎゃーーーー!!!!!」
平川が雄叫びをあげて、円卓に跳びあがった。卓上に用意された飲み物や、コメンテーターのメモなどをばたばた蹴散らす。お遊びにもほどがある。もはや狂態だ。
「デスドリアンのマネですが、似てます?」
呆然とするスタジオ。向けられたカメラにピースして、なおもテーブルをぐるぐる。3回ほど怪走してから、すとんと床に降りて、パンパンパン。博下と南野宮へ、拍手してみせた。
「お二方。さすがみごとな白熱の議論、大歓迎です。もっともっとみていたかったんですが、テレビ的には止めました。次からぼくも是非、混ぜてください。じゃないと、あっちのディレクターに怒られちゃうんで。あ、気づいてないかもしれませんが、ぼくは平川といって、この場のMCをやってます」
二人に名刺をさしだすふりが、スタジオの笑いを誘った。申し訳なさそうにする博下と、面白そうに目尻をさげる南野宮が、交互に映される。
「では、続けましょうか」
“すげー平川”
“番組を軌道修正した”
“永久保存版の神回!”
“しまった! 録画してねー”
「10メートルもの巨大生物同士が死闘といっていい闘いを繰り広げた結果、甚大な被害がもたらされ、北20丁目から24丁目の地域は、瓦礫の山といっていい惨状になったわけですが。環境NPO法人の代表でいらっしゃる北海さん、番組のご意見番として、今回の事件をどうみてます?」
「悲惨の一言に尽きますね。これまで人類は宇宙に関する数々の仮説を立ててきました。UFO侵略者説。地球は動物園説。宇宙人はすでに滅んでしまった説。唯一の生命星という説。もっとも有力なの最後の知見。地球唯一説です」
「ほほう。ほかに生命は存在しないと」
「はい。人類というのはありえないほどの奇跡の積み重ねで誕生した生命体であるからして、宇宙がいかに広大としても同様の奇跡を期待することは、砂漠に水田が誕生するより困難であると考えたわけです。しかしこのほどの隕石ラッシュと、それに伴う禍が、がすべてを薙いでしまいました」
「といいますのは」
「怪獣映画が実体化したような現状が、あまりにバカバカしすぎたおかげで、これまで科学者が辛抱強く積み上げてきたあらゆる実験や研究が、陳腐なものになり下がってしまったってことです」
“最初の生命が生まれる確率は10の40,000乗の1”
“50~80兆分の1ってきいたが”
“それは人がカップルから生まれる確率”
“人類全部どころじゃねーんじゃね”
“生まれたきてありがとー”
「興味深いですね。伺いたいことはまだまだありますが、特番にも時間というものがありまして。では最後。番組を荒らした責任をとっていただきましょうか。南野宮教授」
南野宮は、ぺこりと頭をさげてから語りだした。
「大人げなくて申し訳ありませんでした。では……豊平区の隕石集中地帯ではイレギュラーが2回ありました。そのどちらも巨大異星人が出現しています。過去16年の事例でも、イレギュラーが巨大異星人、あるいは小型の隕石生物となるケースはありましたが、この二つは例外というより異常きわまりない収束となりました」
「それは、守護巨人の登場ですか。8本の肢をもつ黒い爬虫類デスドリアンと闘っていたのは、9日前にも現れた白いメテオクリーチャー……守護巨人でしたね」
「守護巨人にデスドリアン。期せずしてつけた名が、私の想像以上に認知されたことに、少々戸惑ってますが、平川さんのいう通りです。我々はそろそろ、意志をいうものを感じ取ってよいのではと、思いませんか」
「意志ですか。守護巨人の」
「いえ軽量隕石のほうです」
「さきほど神がかりというお話はありましたが、隕石は天体現象にすぎませんよね?」
「博下さんと北海さんが言わんとしたことに通じますが。軽量隕石と隕石集中地帯は、自然というには精密すぎるんですよ。神の意志とまではいいませんが思惑を感じます。何者かのなんらかの目的をもった所業。そんなものを感じませんか」
「意志と目的。それはつまり地球外生命体がいるということになりまけど、よろしいのですか。バラエティ寄りの回答は、報道番組で披露するには不向きですよ。教授のお名前に傷がつくことになりはしません?」
「ご心配なく嘲笑くらいへでもありません。ピラミッドの件で慣れてますし」
はっはっはと、南野宮が笑う。最後に後輩アナがまとめ、平川がしめくくって、番組は終了した。
☆☆★☆☆
東京のフリート本部。局長室、もとい大臣室でテレビのライブを鑑賞してた倭沢平蔵は、札幌の仮事務所にて相崎から受け取った書類を凝視していた。
「紙もなかなかいいものだな。複数ページを比較しやすい」
雁刃先事務官は、秘書官が淹れてくれたコーヒーを倭沢のデスクに置いて、自分腰をそのデスク載せた。苦いブレンドをすすって、ほっと息をつく。
「真剣なことだわね。どう? 大臣の椅子の座り心地は」
「看板が変わっただけで部屋や椅子は同じだ。それも忙しさ倍増で、温まる暇がない」
「あらら。それで次に視察する国はきめたのかしら?」
「今夜。札幌に戻ろうと思う。手配をたのむ」
「え?」
雁刃先は、ニュートラルフェイスの瞳を丸くした。札幌から、本部に戻ったのは今朝のことなのだ。 全隊員の行動表のうち、ひとりの動きに注視してる
「何度みても者星ハヤトの挙動は不自然だ。ヤツを調べ上げる」




