9.明らかな悪意
さわやかな風が吹き抜ける。動くと汗ばんだりする季節。
季節は日本よりも冬が多めだが、ちゃんと四季っぽいものがある。
僕らは自然にできた洞窟を目指す。
ダンジョンではない洞窟は普通の人でも気を付けていれば危険なことはない。
野生動物が住み着いていることがあるけど、定期的に管理してればたいしたことないはずだ。
動物が魔素で進化したものは魔獣。魔素のかたまりで進化したのは魔物。
なので魔物はとても強い。
あれ?僕って魔物枠なのかな?
それにしては弱すぎな気がするんだけど。
どうでもいいことを考えつつ山をのぼっていく。
渓谷にある古い祠よりも、もっと先の山にある険しい崖下にその洞窟はあった。
ダンジョンでもないのにギルドに依頼する理由がわかった。
危険な場所にあったからだ。
「あんなとこどうやって入るのよ」
「あそこにある縄梯子をつかって降りて入るみたいよ」
大きな岩に縄で結ばれている、心もとないほど細い縄梯子を降ろしてみた。大丈夫なのかこれ?
慎重に洞窟まで降りていく。
中は本当に自然のままで、かがんで移動する場所もある。
デイジーが光の玉を魔法で作ってくれたので、そこそこ視界は明るい。
すこし進むとやはり奴らがいた。
コウモリである。
可愛そうだけど弓矢や氷槍でどんどん倒す。
僕届かない。役立たずだ。
ある程度倒したらレッドが火魔法を投げ込む。
「ふはははは。見よ!わが呪いの消えることのない炎を!」
「あーはいはい。消化するからどいてね」
魔王レッドはあっさりどかされてしまう。
火葬場のにおいがたちこめてくる。
臭いので急いで出口に戻ってくると、帰りの縄梯子がない。
「「「ええー-----!?」」」
「レッドあんたまさか燃やしてないわよね」
「冗談だろ」
崖を見回してみても細い蔦が数本、上から垂れてるくらいだ。
さてどうする?登れるのか?
クライミングの講習は受けてないし困った。
下はもちろん崖。かなりの高さだ。かなり下のほうに集落が見える。
叫んだから聞こえるだろうか?
コウモリに紐でもつけるか?
いやもう全滅させたし。
こういう困ったときに頼る人は決まってる。このチームの秘儀『困ったときのデイジー頼み』だ。
「え?何でみんなしてこっちみるのよ」
「その無駄な器用さでなんとかならないか?」
戸惑うデイジーを見ながら、こんなときでもレッドの軽口は変わらない。
ちょっとほっとする。
洞窟の中に何かないか探してみる。
確かこの近くに鍾乳洞があったのだから、石灰岩はある。
「うーん。何かできないかな?土魔法なら石も変形できるんだろうか?」
「あ!ショウそれよ!岩場に階段を作るのよ」
「えええ?階段?」
「縄梯子のように縞々・・・じゃなくて横に削っていったらできそうよ」
「手すり。あの蔦」ケイトも細い蔦を指さす。
削るだけならできそうだ。
僕は足場になるよう岩を横に削ってみる。
何段かは入り口のそばなので軽くできたが、上のほうは見えない。
しかたなく蔦を握りしめながら登って削っていく。
ひぃひぃ。怖い。高い。
お尻から背中にかけて冷たい風が何度も通り抜けていく。気持ち悪い。
ペンダントからタマちゃんの声がする。
「身体強化してありますから、落ち着いてください。魔力も余裕で間に合います。がんばって。」
「は、はひっ!」
ガリガリと岩を削りつつ、一段一段進む。
よし!もう少しだ。
がんばれショウ。大丈夫だ。僕はできるんだ。僕はきっと主人公だ。主人公は死なない。
いけいけいけ~~
意味不明な掛け声を自分にかけつつ進んでいく。
やっとの思いで手をつきながら登った。
「おーい!みんな上に登れたぞ」
そのあと3人はさくさくと登って戻って来た。ものすごく感謝された。
頑張ったかいがあったよ。ほっとして座り込むショウ。
縄梯子は偶然切れたものではなかった。
折りたたまれて岩のそばに置いてあったからだ。
僕らはしばらく無言になる。犯人は誰だろう?
「とりあえず戻ろうぜ」レッドがいう。
「そうね。このことはギルドに報告しないとね」
◇
後日、ギルドで大騒ぎになってしまい、犯人が驚いて自首してきたそうだ。
お姉さんに耳を引っ張られて、怒られていた先輩冒険者だ。
「ちょっとしたイタズラだったんだ。あいつら先輩の俺を馬鹿にしてる。」
「ふざけるな」とギルド長に一喝される。
「あいつらが助けを求めて泣き出したら縄梯子降ろそうと思っていたんだよ。本当だ」
僕たちはギルドの取調室、窓のないテーブルと椅子があるだけの部屋に通された。
正面、部屋の奥にはギルド長がおり、元犯罪者は右側のテーブルの前に立っていた。
「すみませんが一言謝ってもらいたくて来ました」とレッドが言う。
「そうか。やりすぎるなよ」とギルド長が後ろにさがった。
ふてくされる元冒険者がいた。
「謝るだと?こんな子供になんで俺が。どうせ牢屋にほうりこまれんだろーが」
「ふざけるな!
なんでイノシシを自分で狩ろうと思わないんだよ。一人じゃ無理でもチーム組めばいけるだろ。
俺たちだって弱いけど連携してなんとか倒してるんだぞ。それを横取りするとか大人のくせにアホなのか?
しかもその子供にたかろうとか頭湧いてんのかよ」レッドが止まらない。
デイジーもにらみながら言い出す。
「あのまま誰も助けに来なくて死んでしまったらと思うと怖くて怖くて。冗談じゃすまないわよ」
ケイトは震えながら「すごく・・怖かった」と言い出す。
こともあろうに犯罪者のやつはニヤニヤしてる。
「そうか・・・こわかった・・・・ひひひひひ」
ふざけるな!
ふざけるな!!
ふざけるな!!!
僕は切れたようだ。
犯罪者の前にあるテーブルの上に飛び乗って、襟首をつかんで奴を持ち上げていた。
「あがっ・・・・・ぐ・・・」奴は逃れようと手足をバタバタさせてもがくが、さらに高くもちあげてやった。
「あ・や・ま・れ」
見かねてギルド長が「降ろしてやってくれ」というので、僕は「ハッ」と冷静になった。手を離した。
背中からおちたのかうずくまっている。
元冒険者は真っ青で、鼻水とよだれと涙でぐちゃぐちゃだ。きたないな。
ギルド長が奴の横に立って「言うことあるだろう」と催促すると、「ぐっ・・・す・・・すびっましぇん」と奴はつぶやく。
けとばして正座させて、奴の頭を床に乱暴にぶつけて土下座の姿勢にする。「謝る姿勢はこうだろ」と言うギルド長。
あわわわわわ。
テーブルに土足であがっちゃったよ。
それにしても僕って言葉より手がはやかったんだね。反省。
食べ物の恨みは怖いってことなんだろうか。
奴は冒険者カードはく奪。牢屋行決定。その後強制労働となった。
まあ猪も倒せない弱さなら冒険者あきらめたほうが本人のためだよね。
強制労働代は迷惑料として僕らに支払われることになったようだ。
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