世界一の自転車
僕はテレビゲームを持っていない子供だったので、ご飯を食べた後はすぐ歯磨きをして物置に行く。
テレビゲームという物がある事は知っていたのだけれど、あまり良い物だとは思わなかったし、親も買い与えるような親ではなかった。
他に楽しいことがいくらでもあったのだ。
僕が向かった物置は、トタンや鉄骨でできた立派な物じゃなくて、土壁と踏み固められた土の地面のあるだけの物置小屋。元々は馬小屋だったところだと教わっていた。
そこにはいつも通り僕の大好きな自転車が停めてある。
その自転車はマウンテンバイクという車種で、近くに住んでいる子供は誰も乗っていないような珍しい自転車だった。まずタイヤからして他の自転車とはまるで違う。ひび割れた地面のようにゴツゴツとしたタイヤは僕をどこまでも連れて行ってくれる優れものだった。
ハンドルはT字で、これも他のどの自転車とも違う。ギアも六っつもあって、車やバイクと同じくらいのスピードで走ることができた。(普通の自転車はそもそもギヤが付いていないのが普通だった)泥のこびり付いた泥除けは、触るとボロボロと硬くなった土が落ちる。これもカッコ良かった。
これに跨り、家の前にある大きな杉の木の横を抜け、畑で働いている近所のおじちゃんを遠目に身ながら左に曲がると大きな木の下に出る。そこは夏でも、うすひんやりとした場所で、巨大な木の根がアスファルトを持ち上げ、表面をゴツゴツとひび割れさせている。でもマウンテンバイクは大丈夫。
その木の下を抜けると、ちょうど公園に行きつく。
最近ペンキの塗りなおされたばかりの遊具には、いつも大量の落ち葉が降り積もっていた。その落ち葉の合間に地球儀みたいな丸いのや雲梯や鉄棒、ライオンの置物など様々な物があって、近くの森から風に飛ばされてきた落ち葉が所々山となっている。
そこを僕は自転車で突撃するのだ。降り積もった落ち葉はものすごく柔らかい感触でタイヤが半分近く埋もれる。時々その落ち葉の中から枝が跳ね上がって足や車輪に当たったが気にしない。
メキメキとかプチプチとか言う子気味良い音がたまらなくいいのだった。
そして公衆トイレの横を抜けると、開けた広場に出る。
そこは、時々大人たちが野球の練習をしている広場だったが、普段誰もいないような場所なので、子供たちの格好の遊び場だった。
先ほどとは打って変わって、漕げば漕ぐほどスピードに乗っていく。まるで風になったみたい。
限界まで漕いで足を投げ出すと空転したペダルが足に当たったが、とてつもないスピードが出ていたため達成感で痛みを感じない。風が洗った綺麗な砂地に、自分だけの轍ができる。この気持ち良さは何とも言えない。
時々、周りに住んでいる小さな子供が俺を見て、羨ましそうにしている事もあった。
でも今日はその子が、補助輪付きの自転車に跨って、俺のことをじっと見ているのである。
真新しい自転車で、まだ補助輪付きだ。
そして俺がやったように公園の落ち葉の上を走っている。そして止まった。
その子の自転車はタイヤが小さすぎたし、補助輪に枝が引っかかって前に進むたびに全部くっくけてきていた。あれじゃ進めない。
「乗ってみる?」
僕がそう言うと彼女はニッと笑って鼻をすすった。
彼女に合わせて椅子を下げ、ブレーキなど教えると、力いっぱい漕ぎ出して、コケて泣いた。
僕たちはヘルメットをしていなかった。そんな物をかぶれなんて言う大人はいなかったし、落ち葉の上なら転んでもかすり傷程度で済むことを僕は知っていた。
「痛いの痛いの飛んでケー!」
と言いながらお腹をチョンチョンすると彼女は泣きながらけらけら笑って、自分の自転車の方に戻っていった。でも諦めないらしく、彼女はまた補助輪付きの自転車で落ち葉の山に突撃していった。