表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
帝国の花嫁は夢を見る 〜政略結婚ですが、絶対におしどり夫婦になってみせます〜  作者: 長月京子
第十五章 皇太子の罪と王女の恥

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

86/167

86:何もみえていなかった

 彼はそのまま甲板を進んで、さらに近づいてくる。

 自然な様子から、どうやらガラスに反射する光景を眺めているのだと気づいた。


 スーが肩の力をぬくと、ルカは甲板の柵のまえで歩みをとめた。客室の壁面ガラスに遮断されているだけで、彼はすぐそこにたたずんでいた。


 遠くで動力の稼働音がひびいている。わずかな振動が触れるだけで、外界の音は客室にはとどかない。


 波の音も海鳥の泣き声もきこえない。船室の防音効果をかんじているのに、スーはなぜか声をだしてはいけないような気がして黙っていた。


 何かを呟くと、ルカに聞こえてしまうのではないかと思ったのだ。

 それほどに彼との距離はちかい。


 ヘレナとルキアも、じっとルカの様子を見守っていた。


 ブリッジの甲板をかこむ柵に手をおき、ルカは彼方の水平線を眺めているようだった。気持ちをおしはかることを拒むような無表情な横顔に、するりと一筋の感傷がよぎる。あっと思った時には、スーの心も押しよせたさざ波に浸食されていた。


 スーは思わず立ちあがって、窓ぎわへと身をよせる。

 水平線から上空へと視線をなげ、空を仰ぐルカの端正な横顔。


 スーの視界の中で、見たこともない絶望が、みるみるうちにルカの美しい顔を犯していく。


 手に持っていた花束を、ルカは高く投げはなった。花束はいくばくかの花弁を散らしながら、放物線をえがくように舞いあがり、波間へと消えた。


(――申し訳ありません……)


 聞こえるはずのないルカの声が、スーには聞こえた。聞こえた気がした。


 目の前にたたずむルカの横顔。かすかに動いた唇が、なんども繰り返す。

 申し訳ありませんと。


 じかに触れることのできない呟き。声は何もとどかない。とどかないのに、スーは自分の視界が揺らめくのをかんじた。

 ルカの抱えている後悔と罪悪のすべてが伝わってくる。


(ルカ様……)


 飛びだしていって、彼をだきしめたい。

 こみあげた感情のやり場がなく、スーはぎゅうっと強く手を拳に握りしめて立ちつくす。


(わたしはいったい何をみてきたの?)


 帝国にきてからの月日、ルカの隣にたてるような皇太子妃をめざしていた。彼のそばに寄りそいたいと励んできたつもりである。


 出会ったばかりの頃よりも、少しずつ彼に打ちとけはじめている気がして、有頂天になっていた。


(……ルカ様のことを、何もわかっていない。わかろうとしていなかった)


 美しく気高いだけの、幻の虚像をみていたに等しい。

 優しく素敵な、非のうちどころのない皇太子。


 心をときめかせて憧れるだけの対象。


(ルカ様が強いなんて――)


 スーはうつむいて固く目をとじる。哀しくて、悔しくて、涙がこぼれた。


(恥ずかしい!)


 何も見えていなかった。


 帝国のためにすべてを割りきって立つ皇太子としの姿勢。時として人々が畏怖するほどの決意をもって、成しとげてきた功績。最善を望むための冷酷な顔。


 皇太子としてのルカのふるまいのすべて。それが仮面であることをスーも理解していなかったのだ。これでは彼に悪評を立てる者たちと何も変わらない。


 ルカは何も割りきってなどいない。犯した罪悪の全てが胸の内に残りつづけているのだ。


 後悔や悲嘆を、幾重もの仮面をかぶってかくし、みえなくしてきただけ。

 決して強くはない。特別でもない。彼も一人の人間なのだ。


(そんなことにも気づかず、ルカ様を支えたいなんて)


 自分に怒りがわく。なんて中身のない目標を掲げていたのか。


 ルカの強さは、スーの思い込みが形作っていた強靭な精神ではない。

 自身の弱さを認めて、なお強くあろうとする意志にある。


 悔いても歩みを止めない、茨の道をいく覚悟。


「……スー様」


 唇をかみしめて悔しさに涙していると、ヘレナに肩をだかれた。


 スーはヘレナとルキアの意図を理解した。


 恋に恋する少女のように、今まではルカへの憧れだけしか持っていなかった。

 おとぎ話に出てくる白馬の王子様を愛でるように。


 きれいな上澄みだけをすくっていたのだ。底に沈んでいる真実を、何もみていなかった。

 今となっては、恥ずかしくてたまらない。


「ルキア様とヘレナ様には、見えていらっしゃったのですね」


 ヘレナのさしだした美しい意匠のハンカチを手にとり、スーは涙をふいた。


「ルカ様の本当の姿が。……そして、何も見えていないわたしに、それを伝えるために、今日は見せてくださったのですね」


 真っすぐに前をむいて甲板にたたずむルカをみると、綺麗な横顔は無表情にもどっていた。もう何の感傷もうつさず、感情を読みとることもできない。


 潮風にあおられて、きらきらと金髪がたなびくように踊っている。

 もし、今スーが声をかけても、ルカはいつものように優し気にほほ笑んでくれるだけなのだろう。


「がっかりなさいましたか?」


 ヘレナの問いかけに、スーは激しく首をふった。


 悲嘆と後悔、そして罪悪に苛まれたルカの切なげな表情を、スーは決して忘れない。


 悔しさと一緒にこみあげた感情は、憧れをつき破って、新たに胸を満たし、いっぱいにした。

 駆けよることができれば、スーはルカを抱きしめていた。


「わたしはルカ様が大好きです」


 独りでたたずむ彼をみて、愛しいと思ったのだ。


 とても愛しい人だと。


 身が焦げつきそうなほど切なく、(かな)しい。

 ときめきよりも熱をはらんだ甘い激情が、怒涛のいきおいでスーの心を埋めてしまった。


「とても愛しい方だと思いました。わたしはこれまで以上に、ルカ様をささえる皇太子妃になりたいと願います」


 罪も悲嘆も後悔も、下される罰さえも、すべてをわかちあえるような伴侶になりたい。たとえ茨の道であっても、くじけることなくルカとともに歩み、いつまでも寄りそえるように。


 彼がくつろぎ、ほほ笑むことができる場所を守りたいと、スーはつよく思った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
▶︎▶︎▶︎小説家になろうに登録していない場合でも下記からメッセージやスタンプを送れます。
執筆の励みになるので気軽にご利用ください!
▶︎Waveboxから応援する
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ