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帝国の花嫁は夢を見る 〜政略結婚ですが、絶対におしどり夫婦になってみせます〜  作者: 長月京子
第十五章 皇太子の罪と王女の恥

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82:新たな扉

 リオの研究棟へ入ると、以前来たときとは様変わりしていた。どうやら新しい装置を試しているらしい。よれよれの白衣と、櫛をいれていない無造作な頭髪は、ルクスで見た時とは別人だった。ルカの到着について連絡が回っているはずだが、リオはルカとルキアの気配に気付かない様子で、端末を示しながら周りの者に何かを指示している。


 ボサボサの前髪の奥で、少年のように溌溂と意欲をたぎらせているのがわかる。彼と出会った時の淀んだ目を思い出すと、ルカはその変貌ぶりに可笑しさがこみあげる。


「リオ、順調ですか?」


 ルカが声をかけると、リオが弾かれたようにこちらを見た。


「殿下!」


 珍しい昆虫をみつけた少年のような無邪気さで、リオが二人の前にやってくる。リオの傍若無人な態度に難色を示していたルキアも、嬉しそうな様子を隠すこともないリオの様子に思うことがあったらしい。苦言や皮肉を口にすることもなく会釈した。


「お待ちしておりましたよ!」


 リオは自分に興味のあることには、とことん前向きである。反動として興味のないことには全く心を動かさず、態度の悪さも比例する。扱いにくい面があることも確かだったが、適性を発揮できる環境を与えれば、水を得た魚のように機嫌がよい。


「飛空挺の新動力に道筋が描けそうです!」


 第零都で皇帝が推し進めている、サイオン王朝に依存しない動力開発。その基盤に関わっていただけはあって、彼はいろんな筋道から新たな発動源を模索しているようだった。


「これを見てください。ルクスから手にれた新たな鉱石ですが、驚きの発動還元率です。遺跡のイグノのように半永久的な循環はできませんが、この鉱石は従来のコークスとは比較にならない効率です。私の試算では、やりようによってはまだまだ伸びるはず」


 コークスは地方や他国では主な動力源となっている鉱石だが、コークスを一と考えた場合、帝国の地盤を築くサイオン王朝の遺跡とイグノから成る動力は無限大となる。


 皇帝が推し進めてきた第零都の新しい動力炉は、コークスを元に従来よりも飛躍的に発動還元率をあげてはいるが、遺跡とイグノの恩恵には遠く及ばない。


 新たな鉱石は、サイオンの遺跡を介することのない動力源として新しい扉を開きそうだった。

 リオは面白くてたまらないと言いたげに、ルカとルキアに現在の試算と、今後の可能性を語った。


「そういうわけで殿下、飛空挺の動力源を再考することにしました」


 リオの現在の試算では、この手元にある一欠片だけでも充分に飛空挺の飛行を可能にしそうではある。けれど、ルカは飛空挺の動力だけを見つめているわけではない。


「この鉱石を土台とする場合、供給の維持が問題となりそうですが」


 ルクスのもたらした未知の鉱石については、手がかりが得られていない。ディオクレア大公が後見となっているレオンの管轄都には、ルカも簡単には手を出せないのだ。


 ルクスの情報網に期待を抱いているが、総帥であるテオドラから朗報はない。未知の鉱石に関わる道は、細心の注意と警戒をもって形作られている。そんな予測ができるだけだった。


「コルネが知り合いの地質学者にも相談をもちかけていると言っていましたよ」


「地質学者か」


 ルカも同じことを考えて伝手や専門機関にかけあっているが、今のところ目ぼしい情報は得られていなかった。問題は依然として山積みではあるが、リオの報告はルカにとって朗報だった。


 ルカが彼の報告に称賛をおくると、前髪の向こう側でかがやく黒い瞳に、さらに意欲がともった。


「殿下が予算を出してくれたので、僕は毎日楽しくてたまりませんよ」


「前にも言ったとおり、あなたには期待しています」


 傍で無言のルキアを見ると、もう険しい表情をしていなかった。リオの身なりや態度に口を出すのは野暮だと悟ったのだろう。


 人には向き不向きがある。意欲的に関わってもらうことが何より大切なのだ。


 リオからの報告を聞きおえて、ルカは一通りガイアを見て回る。動力だけではなく、ガイアで造船中の飛空挺は、これまでの三機とは異なる効率の良い船体を目指している。


 サイオンのもたらした無尽の動力は、人の創造力にも蓋をしてきたのかもしれない。

 もし得られる動力に限りがある場合、見直すべき点は多い。


「サイオン王朝には及びませんが、人の築いていく叡智は素晴らしいですね」


 ルキアがガイアの全容を見て感嘆している。ルカも同じ気持ちだった。

 いつの時代にも、現状に満足しない者には新たな扉が用意されているのだ。


「私たちもいつか、サイオン王朝と同じ世界を見られる時が来るのでしょうか」


「……どうだろうな」


 それがどんな世界なのか。幸福なのか、不幸なのか。

 ルカにはわからない。ただ、帝国はサイオンの手に余る恩恵によって、その両面を享受した。


 二人がガイアの敷地を出ると、涼しくなった風がルカの頬をなでた。

 暑気が緩むと、罪に苛まれる季節がめぐってくる。


 大木を飾るように、オレンジの小さな花があちこちで花開いていた。この季節に咲く可憐な花。

 甘くおっとりとした花の香りが、往来にも満ちている。


(ルカ……)


 亡き母の声を思いだす。彼女が愛した花の香り。可憐な花に罪はない。

 わかっていても、その甘く優しげな香りは、ルカの後悔と憐憫をあおり、罪悪を深くした。


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